今日も歯医者に行った。今年に入ってから3回目だ。
 今日は、前回型どりをして作成したという、僕の歯全体の実物大の模型を見せていただいた。そして医師から、「今泉さん、思ったより、歯があるねぇ」と言われた。喜ぶべきか、悲しむべきか? 「思ったより」というところに引っかかる。どう思われていたのだろうか? まぁ、ここは、素直に喜んでおこう。
 その模型を見ながら、色々と説明を受けた。ここに穴が開いている、ここの噛み合わせが悪くなっているetc。結局、そもそもの通院の原因であった、抜けた前の差し歯は応急処置のままにして、 左の奥歯から手をつけることになった。まぁ、ここは素直に従おう。今年は徹底して治療すると心に決めたのだから・・・。
 でも、やっぱり、歯医者というところは恐ろしい。「痛いですよ。チクッとしますよ」と言われれば、何やら針を打つのだろうことは想像できても、どの程度の針を、どの瞬間で、どこに打つのかは、自分で見ることができない。その点が、腕に注射を打つのとは大違いである。
 口をポカンと開けたまま、医師や看護師に身を委ねている。このシチュエーションは、床屋の理髪代に座っている時と同じだ。
 床屋が舞台だと、志賀直哉の「剃刀」や、チェスタトンの「ヴォードリーの失踪」等、恐ろしい短編小説がある。何も知らない客が、のど元を剃刀で掻き切られてしまう話だ。
 歯医者だって、そういう恐怖はある。黙って口を開けている間に、何やら薬物を投げ込まれて、ドーピングに引っかかることだってあるかもしれない。
 それにしても、歯科医は大変そうだ。僕の口の中で、細々した作業をしながらでも、隣の診察代で処置をしている看護師に、あれこれと指示を出している。手先の器用さと、頭の回転が、同時に要求される仕事だ。僕にはとてもできそうにない。
 僕は”市会”議員でよかった。あと僕に出来そうなのは、結婚式の”司会”くらいか・・・みたいな黴の生えたような駄洒落を書き連ねるなんて、今年も僕の人生は、”視界”不良だ。お粗末様でした。(6691)

 追伸
 志賀直哉の「剃刀」は、市立図書館にある全集で読んだ。弘前文学学校の教材として使ったこともある。
 「ヴォードリーの失踪」は、「ブラウン神父の秘密」の中に収録されている。
 ブラウン神父シリーズは、トリックや犯人はわかっていても、再読に堪えうる名作が揃っていると思う。