”喫茶店”という業態は、今も残っているのだろうか? ”純喫茶”とか、”ジャズ喫茶”とか、”歌声喫茶”なんていう看板は、めったに(殆ど?)見かけなくなった。
 若い頃は、よく利用した。コーヒー一杯で、長時間、居座ることを、「サテンにしけ込む」なんて言っていたようにも思う。
 大学の定期試験前には、教科書を持って”しけ込んだ”。濃いめのコーヒーを頼み、眠気を醒ましながら、取り敢えず勉強をした気に浸った。
 夏休みに帰省してくると、5~6人の仲間と、昼ら夕方まで、近所の喫茶店に入り浸った。薄暗い照明の中で、日がなトランプ遊びをして過ごした。
 なにせ、あの頃は、冷房完備の喫茶店は、天国のようなものだった。外に出たら、もう夕闇が迫っていたなんてことも、一度や二度ではない。
 初恋の女性と、最初で最後のデートをしたのも喫茶店だった。生まれて初めて競馬場に行く前に、コーヒー一杯で時間をつぶしたのは「ルノワール」だった。
 さすがに、社会人になってからは、そういう機会は減った。自分で商売をするようになって、数百円で居座り続けることの無礼さをわきまえたつもりであった。
 今日、久々に、本当に久々に、同じ店に3時間近くいた。弘前文学学校の生徒さん達の作品に目を通していたのだ。明日、合評会がある。その指導をしなければならないからだ。
 語句の一言一言まで、注意深く、作品を読んだ。気になった箇所には、原稿に赤線を入れた。指導の要点を、枠外に書き込んだ。
 幸いにしてお店は空いてはいた。でも、やっぱり、ご迷惑をかけるなぁという感は拭えない。マスターには、入店する時から謝っておいた。僕も大人になったものだ。
 さすがに謝るだけでは申し訳ないとも思い、コーヒーの他にチーズケーキも頼んだ。僕も大人になったものだ。でも、大人になるということは、血糖値アップにも繋がるということも、今さらながら実感した、
 2時間余り経って、ご迷惑感が益々募り、さすがにコーヒー一杯だけというわけにいかず、おかわりをした。僕も大人になったものだ。でも、大人になるということは、出費も嵩むということだと、改めて悟った。
 だけど、そうやって、ゆっくりと、静かに、かつコーヒーを味わいながら仕事ができる場所というのは有り難い。「ド〇ール」や「ス〇バ」では、なんとなく落ち着かないと思うのは、僕だけなんだろうか? (4215)

 追伸
 今日のタイトルは、あべ静江のヒット曲からいただいた。あの頃は、美しかった。ん? あとは言わない。