♪通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 
 天神さまの細道じゃ 
 ちょっと通して下しゃんせ 御用のないもの通しゃせぬ 
 この子の七つのお祝いに お札を納めにまいります
 行きはよいよい 帰りはこわい 
 こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ♪

 珍しく、歌謡曲ではなく、童謡を口ずさんでいた。今日のお昼の事である。天神様ではなく熊野様まで、それも、お札ではなくお金を納めに行ってきたのだ。
 僕の住んでいる町会が、熊野様の氏子町会だということは、以前のブログにも書いた。町会単位で維持費(分担金?)を納めている。
 それとは別に、敬神会という組織がある。それはあくまで個人単位で、任意に参加する会だ。決して強制ではない。
 任意加入といいつつ、町内の
敬神会員から会費を集めるのは、町会長のお役目だったらしい。前町会長がやっていたことを、そのまま引き継いだ。今日は、今朝までかかって集金した会費を、神社に届けに行ってきたのだ。
 正直言って、
全体として会員数は減少傾向にあるのだそうだ。我が町会も、全町会員数の6分の1程度しか入っていない。それも、今年また2人の退会者が出た。代わりにどうにか新たに2人を加えて、取り敢えずは前年数を保つことができた。
 地域のコミュニティーの希薄化が問題となっている。町会の組織委率の低下、町会役員の成り手不足、若者の町会離れ等々、町会のことは、よく採りあげられる。
 だけど、町会とは別に、神社を中心とした地域コミュニティーもある。大祭の前日から、協力し合ってテントを組み幟を立てる。大祭の夜には酒を酌み交わす・・・昨年から参加したばかりの僕には、それ以上の詳しいことはわからないが、
敬神会では、近隣の神社を見学する日帰りツアーも行っているそうだ。そうやって、地域の人々は交流を図っている。
 といった神社コミュニティーも、近年は維持が大変になってきているようだ。共助、協調、協働という言葉が、社会から失われていく。このままだと、弘前市の将来は”こわい”ものとなりそうだ。
 僕は、信仰心は薄い。でも、宗教云々では無く、コミュニティー活動の一環として、与えられたこの会の仕事にも取り組もうと考えている。(3157)