昨夜は、土手町のねぷたに出た。ねぷたの先頭を、火消しの格好をして、錫杖を持って歩いた。
 土手町は、かつて書店を経営していた商店街である。倒産の時は、商店街にもご迷惑をおかけした。そんな僕でも、毎年のねぷたに暖かく迎えていただける。とても有り難いことだ。
 先日のブログでも紹介したが、現在、下土手町商店街では、「 賑わい創出事業中期計画策定会議」を設けて、街の活性化(生き残り策?)について議論を始めている。この委員会にも、僕は参加させていただいている。このように、古巣の商店街と、今も縁が切れずに、一緒に仕事をさせて貰えることを、僕は、心から感謝し、光栄に感じている。
 今日も、商店街理事長の会社を訪ねた。これからの商店街のことについて、色々と小一時間ほど話し合った。
 具体的ないくつかの施策についても話をした。振興組合員全員や隣接する町会にも絡むことなので、今、ここで詳細を明らかにすることはできない。ただ、コンセプトや長期ビジョンなどというものより、出来ることから始めて行くという姿勢が大切だと、話の方向は一致した。そのための、市とのパイプ役は、しっかりと務めさせていただく覚悟だ。
 思えば11年前、僕が最初に市議選に立候補をした時に立てた3本柱が、①中心商店街の活性化 ②読書教育の推進 ③議会改革だった。③はともかく、一般質問の内容も、①と②に関することが圧倒的に多いはずだ。
 商店街対策を重視するのは、自分の故郷であるからといった感傷的な理由からではない。地元商店街というものは、その都市の歴史であり文化であると考えるからだ。
 今や、日本中どこへ行っても、駅前やロードサイドには、全国チェーンの量販店やSCの看板が立ち並ぶ。その中で売られている商品も、全国同一の規格だ。個性も特色もあったものではない。金太郎飴状態だ。
 ところが、古くからの商店街には、その都市の成り立ちを想起させる何かがある。それは老舗であったり、建物であったり、町並みであったり、地名であったり、橋や道路の形状であったりする。その都市の人々が、長く愛してきた商品が、さりげなく売られている。それが都市の個性であり、オンリーワンとしての誇りを持ち続ける大きな要素だろうと思っている。
 「地方創生のキーワードは、農業の振興と、中心商店街の活性化だ」と、内閣府のある偉い人が言っていた。全く同感である。
 弘前の土手町にはかつて、東北では初となる、エレベーターを備えた鉄筋コンクリート建ての百貨店があった。そういった、弘前の底力、先進性に誇りを持って、中心市街地の再生に協力していきたい。
 もし、宝くじでン億円当たったら、迷わず僕は、読書人倶楽部を土手町に移転して、規模も大きく、内装もお洒落なものにしたい。と、いつもいつも殊勝なことを考えているのだが、いまだかつて、300円以上当たったことがない。(12499)