弘前市内には、歌自慢が集まるカラオケスナックがたくさんある。今日は、その中の一つ、Tというお店の常連さんによる歌謡ショーに出席した。いや、”出席”ではなく”出演”である。 
 お招きいただくようになって3年目である。最初は、経営していた書店の元従業員からお誘いを受けた。彼もそこの常連の一人だった。
 行ってみて驚いた。皆玄人はだしなのである。僕にも1曲と勧められたが、かたくなに断った。あんな上手な人たちの前で歌うなんて、とてもそんな度胸はなかった。
 2回目の去年は、とうとう断りきれずに、舞台に上がって歌ってしまった。熱心に勧められて、これ以上拒むのも悪いなぁと思ったからだ。
 容姿が似ていると言われている(?)沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌った。演歌やスローなバラードだと、とても太刀打ちできないから、せめて振り付けに視線を集めて、耳から声を遠ざけようと試みたのだ。
 いやぁ、恥ずかしかった。でも、面白かった。
 考えてみれば、カラオケの恥ずかしさというものは、わずか3~4分の間の話だ。それに、自分で照れているほど、相手は聴いていてくれない場合も多い。と、考えたら、段々と気も大きくなってきた。
 そこで、今年も歌ってしまった。チェッカーズの「涙のリクエスト」だ。相変わらず、テンポで音程の不確かさをごまかそうという作戦だ。
 ただ、今回は、明らかに練習不足だ。もう何か月もマイクを握っていない。常連だった別のカラオケスナックのママからも、「最近ちっとも来ないんだから」と、冷たい言葉と視線を投げかけられているくらいだ。
 だからというわけでもないが、出来は散々だった。歌い出しが合わなかった。声も出なかった。それでも、同情か嘲笑かはわからないが、拍手をたくさんいただいた・・・ように自分では感じた。歌っている最中は、手拍子も頂戴した。それだけで、十分に、恥ずかしさを上回る悦びを感じることができた。
 こうなるともう、どうにも止まらない。生来のお調子者の血に火が付いてしまった。
 来年こそは、しっかり練習をして本番を迎えよう。「歌って踊れる市議会議員」というキャッチフレーズを確固たるものにするのだ。
 いや、このキャッチフレーズには難点がある。まずは、”踊れる”という部分。僕は、社交ダンスは勿論、フォークダンスから盆踊りまで、およそ”踊り”と名のつくものは、全く苦手なのだ。せいぜい、カラオケのリズムに合わせて、手足をバタバタさせるくらいだ。
 それよりも、キャッチフレーズの最後の”市〇会〇員”というところである。来年4月の統一地方選の結果如何では、このフレーズは使えない。ただの「歌って踊れないお調子者」ということになってしまう。
 いやぁ、こんなことばかりしていて、こんなブログばかり書いていると、なんかそれが現実のものになりそうで怖い。(12060)