IMG_7275 (2)中央弘前駅から弘前学院大学前駅まで、弘南電鉄大鰐線に乗って出かけた。わずか2駅、時間にして3分程度の短い距離だったが、久々に電車の旅を満喫(?)した。
 しかし、悲しいかな、行くときは、乗っていたのが、僕を入れて僅か6人。帰りは15人程度。中央弘前~弘前学院大前といえば、この路線のドル箱区間のはずだ。それがこの程度だと、先行きには相当の不安を感じざるを得ない。
 実際のところ、今に始まったことではないが、この路線は存続の危機に立たされている。数年前には、社長自らが、一端は廃止を宣言した。それを、前の市長が、驚くべき速さで”支援=存続”を打ち出し、爾来、存続協議会なる団体に、毎年税金を投入して、利用促進策を様々に実施してきた。いわば延命措置を講じてきたのだが、薬石効なく、利用客数は年々減り続けている。
 昨年までの市の理事者の答弁は、「減り方が緩やかになってきている」としてきた。役所の常套手段として、決して効果が無かったとは認めてこなかった。
 それが、今年に入り、「利用促進策だけでは根本的な解決には至らない」とトーンが変わった。それだけ経営状況が悪化しているということなのだろうか?
 ふと、首都圏に暮らしていた頃を思い出す。親戚が東武東上線の志木に住んでいたので、よく遊びに行った。当時の志木駅付近は、まだ畑や空き地も多く、決して賑やかな町ではなかった。でも、既に東武ストアーがあった。いや、ひょっとしたら西友ストアだったかもしれない。
 他の私鉄の小さかった駅も似たような感じなのではないか。つまり、電車事業者が、駅を核に、商業施設を立て、周辺の宅地を開発していく。そうすることで、電車の乗降客数も増やしていった。単に電車を走らせるだけではなく、街づくりという総合的なプランを頭に描いて事業を進めて行っていったはずだ。
 僕が今日降り立った弘前学院大学駅は、沿線では唯一、駅前に小さいながらもスーパーマーケットが立っている。商店や飲食店も軒を並べている。東京近郊の私鉄沿線に、無理やり似ていると言えば言えないこともない。駅名が示す通り、近所には大学もある。
 ここだって、僕が小学生の頃は、原っぱの中にポツンと駅舎が立っているような状況だった。誰かがいつかの段階で、駅をコアとした街づくりを施したのだろうと推察する。
 死んだ子の年齢を数えるような話で恐縮だが、何故、他の駅についても、もっともっと初期の段階で、計画的な開発に努めてこなかったのだろうと悔やまれる。
 後悔ついでにもう一つ。例えば、県が弘前南高校を開設したときに、何故、沿線に建てなかったのか。市も市営住宅を増やしていった時期に、もっと沿線の各駅近くに建てなかったのか? そういうことをしてきていれば、今ほど利用客減少に苦しめられることもなかったろうにと思うのである。
 要は、「公共交通」と言いながら、「公」の方は今まで、その意味を深く考えてこなかったのではないか。それが赤字になって慌てだした。「公共交通機関」の名の下に、税金を無制限に投入する。では、いささか手遅れの感も否めない。
 中核病院問題が解決した今、弘南電鉄大鰐線に市がどのように係っていくのかは、櫻田市政の大きな課題になるだろう。僕も、テーマの一つとして、議論を深めていきたい。(4032)

 追伸
 今日のタイトルは、言わずと知れた野口五郎のヒット曲から。久々に、僕の好きな歌ベスト3(野口五郎編)を書いてみよう。
 ①武蔵野詩人
 ②針葉樹
 ③私鉄沿線
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