こんな日を、小春日和と言うのだろうか? 白い雲が、いくつもプカプカと浮いていたけれど、一日中陽が差して、暖かな穏やかな日であった。 
 ああ、それなのに、僕ときたら、一日の大半を屋内で過ごした。書類・原稿作成に追われていたのだ。
 先ずは朝一番。町内の人が、11月5日に行なう行事の案内状を手書きで持ってきた。パソコンで打ち直して全戸配布してくれというのである。見れば、出欠の返事は11月3日までと書いてある。
 これには、さすがに”泥縄の帝王”と言われた僕も慌てた。しかしまぁ、これも町会長のお務めかとあきらめて、2つほど予定いてした仕事を終えたあとすぐに取りかかった。
 パソコンで打ち直してプリントアウトした物を持って、その方の家を訪ねた。これでいいかどうか、校正してもらうためだ。
 ところが、お留守だ。玄関には鍵がかかっている。いつ帰るのかわからないのでは、今日中の配布に真美合わないかもしれない。
 えーい、仕方が無い。見切り発車だ。校正も終らないまま、全戸数分コピーをとって、今度は回覧板担当役員の家を訪ねた。ここもお留守だった。あとは手の打ちようがない。そのまま郵便受けに入れて帰って来た。この間、狭いとはいえ町内をほぼ2往復した。メタボの僕が疲れるには充分の距離である。
 次は、所属している市民団体の会員宛の手紙を作成した。いつもの例会案内だけなら雛形があるのだが、この団体では、今月中旬に施設見学会を行なうことになった。見学するのは、環境整備センター。ゴミ減量化へのヒントをつかみたいということだったので、僕が間に入った。そういった内容も含めて、ピコピコとパソコンを打った。
 最後は、恩人から依頼された原稿作成である。ある記念誌に掲載するものだそうだ。
 別の人が書いた原案を渡された。どうにもお気に召さないという。以前、僕は、同じ方に挨拶の原稿を書いたことがあるが、そちらの要素を採り入れて書き直して欲しいというリクエストであった。
 基になる文章もあるし、以前書いたことのある内容なら、ごく簡単に書けそうだと安請け合いをしてしまった。それが甘かった。
 考えてみれば、前回書いたのは、壇上からの挨拶原稿。今回は記念誌に掲載する原稿。話し言葉と書き言葉の違いは大きい。一部を手直しすると、語順から文体まで、全体を調勢しなければならない。さらに、下手に原案があって、それを活かそうとすると、どうにもぎこちない文章になってしまう。
 そんな些細なことに、あれこれ拘りながら書き終えたときには、もう外の陽は、すっかり翳っていた。(4013)

 追伸
 「小春日和」というと、山口百恵の「秋桜」を思い出す。♬こんな小春日和の 穏やかな日は・・・♬ というフレーズだ。
 大学受験のため、夜行列車で上京した朝、行く当てもなく後楽園遊園地に足を運んだ。そこで、生百恵ちゃんと遭遇した。テレビで視るより、ずーっと華奢な感じがした。あの時の衝撃は45年を経た今も忘れられない。