今年度最後の、町会リサイクル活動を終えた。
 徳田町は、世帯数僅か52という小さな町会である。他の町会のように、納涼祭だ、餅つき大会だなどと、活発に事業を展開しているわけではないし、昨日のブログで触れたような広報誌も発行はしていない。
 それでも、この資源ゴミ回収活動だけは、もう随分と長い間継続している。集めているのは、アルミ缶、スチール缶、古新聞、古雑誌、雑紙、段ボール、一升瓶等だ。そこで得られる僅かな報奨金は、町会の貴重な財源になっている。
 しかし、この報奨金が”くせもの”らしい。というのも、僕自身が、これまで誤解していたのだが、いくら町会やPTA等で、リサイクル業者と直接契約をして回収活動を行っていても、市からこの報奨金が出る分には、ゴミ排出量にカウントされるのだそうだ。市が掲げているゴミの減量化には寄与したことにならない。
 それを聞いて、僕は、正直言ってがっかりした。リサイクル活動こそ、市民力でできる最大のゴミ減量運動だ思っていたからだ。
 でも、やはりこれはおかしい。だって、市の手は、煩わせていないのである。市の焼却炉も使わず、市から委託された回収車を使うこともない。それなのに、ゴミの重量にカウントし、その上もっと減量しろという。分別しても、リサイクル業者に直接手渡しても、減量にならないのであれば、これ以上は、一体何ができるのだろう。
 一つの方法は、個人で処理してしまうことである。直接、古紙回収業者やスーパー等が設置している回収ボックスに入れにいく。これだと、市のゴミの量にはカウントされないらしい。しかし、それを全市民に薦めるのも無理な話だ。近場に回収ボックスがない人はどうするんだ。車の運転ができない人は、どうやって回収ボックスまで持っていくのだ・・・?
 ♪かきねの かきねの 曲がり角 たき火だ たき火だ 落ち葉たき・・・♪ という童謡があった。今はすっかりみかけない光景だ。
 昔は、そうやって、各家庭でゴミを処理していたものだ。我が家(店)でも、僕が子どもの頃は、ドラム缶に煙突が付いたような焼却炉(?)があって、書店業で出る大量の紙くずを燃やしていた。
 家庭から出る生ごみを、家畜の餌にするといって、貰って回っている人もいた。勿論、アルミ缶やペットボトルなんて便利な物はなかった。歳末助け合い運動に、着られなくなったセーターを出した記憶もある。
 過ぎた時代を回顧してばかりいても始まらないが、昔は、社会全体が、ゴミを出さないようなシステムになっていた。しみじみとそういうことを感じる年頃になった。(2746)