昨年亡くなられたH先生の奥様と、一献傾ける機会を持った。H先生を通じて懇意にさせていただいているSさんも一緒だ。
 奥様からは、今だから話せるといったH先生のエピソードや、亡くなる直前の様子などを聞かせていただいた。最愛のご主人に先立たれた悔恨の気持ちも吐露されていた。
 H先生は、病院で息を引き取られた。院長はご子息である。今日の話では、ご家族全員に看取っていただいたようだ。人の死に対して、軽々に口にするべきではないのかもしれないが、ある意味、”幸せ”だったようにも思う。
 というのは、今日、また別な方の葬儀の話を聞いた。愛情を一身に注いだ長男とも連絡がとれないまま、寂しい最期だったという。 
 そんな話を聞いたあと、あるサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を訪ねた。かつてお世話になった大先輩の奥様が入居されている。80歳代後半なのだそうだ。
 実は、今日、初めて建物に入った。大通り添いにあって、かねてから、車で前を通る度に気になっていた。
 中は、広々として、清潔で、下手なワンルームマンションよりもあずましそうだ。廊下の掲示を見ると、毎日にように行事が企画されている。退屈しなくても済みそうだ。なるほど、こういう老後の生活もあるのかと思った。
 次に、同じくらいの年齢で、いわゆる普通のマンションで一人暮らしをされている方の部屋も訪問した。高齢者とはいえ、女性の一人暮らしなので、玄関先で失礼をしたのだが、さっきのサ高住と比べて、独立したプライベートな空間を保っている。これはこれで、独立自尊の空気を強く感じた。
 はてさて、自分の終の住処は、どこがいいのだろう? いま住んでいる自宅では、なにかと面倒くさそうなのは間違いがない。
 まぁ、正直言って、今のところ、あまりこだわりはない。本が読めて、テレビが視られて、落語を聴くことができるなら、どこでもかまわないようにも思う。更に欲を言えば、近くに居酒屋があって、美味しいラーメン屋があって・・・。
 などと、他人事のように考えてはいるが、僕もあと数ヶ月で64歳だ。いつ切実な問題に直面するかはわからない。(5860)