弘前市議会は、一般質問の3日目。今日、午後の一番手で、僕が登壇した。任期中の最後の質問なので、欲張って5項目に渡って質問したのだが、中でも一番力が入ったのが、”名誉市民”についてだった。
 弘前市出身、あるいは縁の人で、偉大な業績を残した人を顕彰するということは、故郷への誇りを醸成し、子どもたちの夢を育てるために、とてもとても大切なことだと思う。これまでも、その観点で、一般質問の中で、2度に渡り採り上げてきた。
 今日は、”名誉市民”について質問をした。市のホームページを開いても、現在、弘前市の名誉市民は、佐野ぬいさんしかいない。
 おかしい。工藤甲人画伯や栃若時代を築いた名横綱 初代若乃花等も、確か名誉市民だったはずだ。奈良岡正夫画伯も、父と同級生だった弥富啓之助元衆議院事務総長もそうだった。
 と、その疑問をぶつけた。そうしたら、驚くべきことに、平成18年の、岩木町・相馬村との合併の際に、それ以前にそれぞれの市町村で認定されていた人は、新市の名誉市民としないと、合併協議の中で決められていたとのことである。
 そんな馬鹿な。行政主体としての市町村合併で新しい市が誕生したにせよ、それぞれの市町村には、脈々と築いてきた歴史と文化と誇りがあるはずではないか。それを切り捨てたのか! と僕は激しく抗議した。
 同じ頃、合併をした青森市でも平川市でも、現在の名誉市民条例の中に、「合併前の名誉市民もそれを新市の名誉市民とする」といったような条文が明記されている。何故、弘前市はそうしなかったのか。合併当時に係わった政治家たちの、見識と教養の無さに、心底怒りを覚えた。
 そんな合併の際の取り決めを、13年も経った今、修正することはできないのかと、さらに僕は突っ込んだ、それに対する担当部長の答弁もまた、曖昧なものだった、郷土の歴史や文化に対する認識を低さに失望をした。
 救いは、市長の答弁だった、平成18年の合併の段階で、市は新しく生まれ変わった。だから市制施行といえば、まだ13年である。だけど、弘前市には、日本で最初に市制が施行されて以来、130年の歴史がある。その歴史を大切にして、適切に対応したい。と答えてくれた。その言葉に一縷の望みを託したい。
 ただ、意表を突かれたのは、菊池俊輔先生を名誉市民にして欲しいという僕の提案に対して、弘前出身には亜蘭知子もいると返された時だ。まさかその名が出るとは思ってもみなかった。
 だって、亜蘭知子は、僕の小中高の同級生の妹さんだ。お姉さんもけっこう男子にもてていたが、妹はそれに輪を掛けたような美少女だった。彼女に憧れていた男子生徒も少なくない。
 僕の質問が終わったあとの議会休憩時間中に、市長・副市長と、彼女のことで、廊下で立ち話をした。三人とも、まぁ、似たような年代だ。共通のイメージを思い浮かべることができる。綺麗な人だねと、意見は一致した。
 調子に乗って僕は、今度は、”名誉市民”ならぬ、”名誉美人”というテーマで質問しますよと、宣言してしまった。そういう議論の方が、僕には向いていそうだ。(7113)