今日は、「弘前市総合計画特別委員会」が開催された。新年度(この4月)から実施される、新しい総合計画についての集中審査である。これまでの過程は、その都度、このブログでも報告してきた。
 この「総合計画(案)」。2月14日の議員全員協議会に渡されたのは、Ⅰ.序論、Ⅱ.基本構想、Ⅲ前期基本計画、Ⅳ.資料編からなる233ページにも及ぶ分厚いものだった。ところが、今回、議会の議決事項として上程されたのは、その中の9ページ、基本構想の部分だけ。基本計画については、明日からの予算委員会で審査するということになっている。
 その”基本構想”には、具体的な施策や指標となる数値は出てこない、将来あるべき都市の理想像が、言葉として並べられている。例えばこんな具合である。

 「人がつながり 地域が和む 幸せを感じる あたたかいまち」
  〇町会活動やねぷたなどコミュニティー活動が根付き、地域ならではの文化・生活が営まれています。(後略)
 「雪とくらし 子育てしやすい 誰もが元気で住みよいまち」
  〇子どもたちが元気で楽しく育つよう 子育てしやすい環境が整っています。

 ・・・と、ほんの一部分だけを書き抜いたが、このような、いささか抽象的な”理念”についての審査なので、いきおい質疑も抽象的にならざるをえない。そのせいか、深い議論とまではいかず、意外に早く会議は終了した。
 その中で、目(耳)を引いたのは、将来のあるべき姿についての記述の件だ。7年後のことなのに、さっきの例にもあったように、「・・・営まれています」とか「・・・整っています」と、既に実現しているかのような文末になっている。このことについて疑義が出された。僕の乏しい英語の知識で考えれば、”will" や "want to" が抜けているという指摘のように聞こえた。文章の書き方としては、確かにその通りなのかもしれない。
 しかし、僕は今のままの文末でいいと思う。
 目標(夢)を設定するときには、「大人になったら〇〇になりたいと思う」よりは「〇〇になる」と言い切った方が、それよりも「何年後、〇〇になっている」と、はっきりと断定した方が、実現への意欲が強く伝わってくる。例えば、「将来、横綱になりたい」と思ったら、綱を巻いて土俵入りをしている自分の姿を絵に描いて、いつも見えるところへ貼っておく。プロレスだったら、チャンピオンベルトを巻いている自分の姿だ。これが最もモチべーションを高める方法だと、何かの本で読んだことがある。
 弘前市の基本構想は、まさに、そういった視点でつくられたものだと思う。欲を言えば、だから、実際に”絵”があってもよかったのではないか。
 まぁ、より具体的に絵を描いて、それに色を塗っていくことが、市長をトップとする市の職員、4月に改選される新しい議員、そして市民も一緒になって行なう、いわゆる協働作業なのかもしれない。
 昨年8月来僕は、将来都市像を策定する市民会議にもお邪魔させていただいた。参加者全員が、楽しそうに、そして真剣に意見を出し合っていた。弘前の未来のことを語り合っていた。あのような雰囲気の場を、これからも是非続けていってもらいたいと願う。(7423)