14日に告示される弘前市議会議員選挙。僕の、選挙に臨む姿勢は、これまでも書いてきたとおり、「いつものとおり、いつものことを」ということだ。選挙だからといって、事務所開きも総決起大会も行なってこなかった。淡々と日常業務をこなす中で、僕という人間をどのように評価いただけるかということを心掛けてきた。
 それでも、選挙の足音が、否応なしに聞こえてきた。
 えっ、今頃聞こえたのかって? そう、最近は耳が遠くなった。
 いやいや、喩えるならば、道路の向こうから、会いたくない人が歩いて来た時に、思わず視線をそらしてしまう。視線をそらそうがそらすまいが、相手からは丸見えなので、全く意味はないのだが、自分に見えなければ相手にも見えないのではないかという、不思議な心理がそうさせる。それと同じだ。
 あるいは、授業中、先生に当てられたくない時は、教科書を読んでいるふりをして、顔を合わせないようにする。
 要は、見たくないものは見えない。聞きたくないものは聞こえない。心のバリアーが、耳を塞いでいるみたいなものだ。
 が、さすがに告示3日前となると、そうもいかない。日々、準備に追われるようになった。
 今日は、懇意にしている看板屋さんが打ち合わせにやってきた。事務所前に立てる大型看板の件だ。
取り付ける支柱の位置や材質を確認していった。当然のことながら、隣地や歩道にはみ出してはいけないということで、思ったより窮屈な感じになりそうだ。
 ポスター掲示板の地図も、今日、配布になった。午後一時からというので、ジャストに行ったつもりが、もう大勢の陣営の人達が並んでいた。候補者本人が行っているところもあったが、大概が、事務所スタッフのようだった。皆、豊富な人員を抱えて選挙に臨んでいるのだろう。
 期間中、ポスターを張り出せる位置は、選管が設置した掲示板だけだ。これが実に、市内に466カ所もあるのだそうだ。
 前回は確か、500カ所以上だった。それに比べればかなり減った。だけど、本当に、こんなに必要なのかとも思う。3月議会で、先輩のM議員も、同様の趣旨で質問をしていた。
 このポスターが、どれほどの効果をあげているのか? 確かに、何か選挙がありそうだという、その程度の情報効果はあるのかもしれない。ただ、候補者を選ぶ際の参考には、ほとんどなっていないのではないかと考える。
 とても一人二人で賄いきれるものではない。
 そこで、告示終了後、応援をしてくれるたくさんの人達に、手分けして市内を貼って回っていただく。そのための地域割りを、明後日までに終えなければならない。
 この作業は、机上で地図を広げて考えても上手くいかない。弘前市内の位置関係を熟知したベテランにやってもらうに限る。
 ということで僕は、友人に区分けをお願いして、再び、選挙の足音から遠ざかるように、他の業務へと、事務所を後にした。(7544)

 追伸
 今日のタイトルは、石田あゆみの名曲「ブルーライトヨコハマ」の歌詞からいただいた。ついでに書けば、一昨日の”もう若くはないさ”というタイトルは、バンバンの「いちご白書をもう一度」のサビの部分から。
 頭の中には、いつでも、歌謡曲が、駆け巡っている。