弘前市民劇場が、その53年の歴史の幕を閉じた。今日の定時総会で、正式に議決された。
 市民劇場は、1966年の創立以来、日本三大新劇団と呼ばれる俳優座・民藝・文学座をはじめ、東京を拠点に全国規模で活動をする一流の劇団の演劇を弘前で鑑賞する機会を設けることで、市の文化の発展や、市民の心豊かな生活の向上に貢献してきた。今日の総会資料によれば、その公演の数は335回以上に及ぶという。
 僕も、数年間、とても深く係わっていた。運営委員(役員?)になって、舞台の設営や、会議の進行のお手伝いをしていた。
 最盛期には、1000人前後の会員がいたらしい(今日の総会における事務局長の話)。実際に、僕が運営委員に初めて加わった年の目標が「目指せ800人会員」というスローガンであった。ということは、会員減少が問題となっていた当時でも、700人を超す会員がいたのだろう。
 僕も、会員拡大には、いささかなりとも協力をした。このブログでも呼び掛けたところ、それを読んでくれた人が入会してくれた、なんてこともあった。
 最初は、今は亡きTさんに誘われて1人で入会したのだが、そこからスタートして、おそらく全部で30人以上は拡大したと思う。運営委員を辞める時ですら、10名以上のサークルを2つ持っていた。
 ところが、会員数は漸減していった。会員の高齢化、若者の演劇離れ、娯楽の多様化等々、社会現象に理由を見つけることは簡単だが、会の運営方法自体が、時代にマッチしなくなってきたことも大きな要因だと考える。
 そこで、会員数が500人を切った時点で、思い切った制度の改革を訴えた。会費収入だけの運営は難しい。会費以外の財源も模索するべきだ。そのためには、会員以外にもチケットを販売する。あるいは協賛金や公の助成金も採り入れる。法人化をして経営の責任を明確にするといった事だ。 
 でも、それは受け入れられなかった。僕も含め、改革案を提案した仲間は、役員を辞めざるをえなくなった。僕は会に残ったが、それを期に退会した元役員もいる。その案に賛同した会員も、会を離れていった。
 そういった経緯もあって、僕らが会を離れてからの僅か2年間で、会員は200人以上も減少した。今年の4月の段階で、会員数は300人を大きく割り込んでいる。もはや、従来のシステムでは、誰が見ても継続は難しい。
 おそらく、「もう無理だ」という認識は、おおかた共有出来ていたのだろうと思う。今日の総会でも、会長の「解散します」という提案が、一部に異論はあったものの、ほぼ全会一致で承認された。
 でも、弘前は、昔から演劇が盛んな土地柄だった。今も、「劇団弘演」をはじめ、地域に根ざして活動を続けている団体もある。演劇鑑賞の火を絶やしてはならない。
 そこで弘前芸術鑑賞会である。これまでも「リーディングライブ卍の城物語」や「夏井いつき俳句ライブ」「立川志らく落語会」などを手がけてきたが、今年の秋には、初めての本格的な演劇プログラム、劇団銅鑼の「いのちの花」の上演を主催する。
 もともとが、市民会館や文化センター等、市内のホールを活用して、多様な舞台芸術を提供したいと起ち上げた団体だ。市民劇場が解散したあとも、演劇を愛する人達の受け皿となり得るような活動を進めていきたいと考えている。
 取り敢えずは、6月7日・8日の「卍の城物語3」だ。前売り券好評発売中。是非ご覧いただきたい。(9361)