毎年7月5日には、革秀寺において、津軽為信公の法要が営まれる。僕は今年も、津軽厚志会の一員として参列した。
 さすがに藩粗である。弘前中から、曹洞宗の和尚様方が集まる。例年よりは少なかったとはいえ、20名を超すお経の大合唱(?)には、いつもながら圧倒される。
 この法要は、厚志会が主催しているという形になっている。その関係で、最前列に席を用意していただいた。椅子で助かった。膝の悪い僕は、胡座すらかけない。
 最前列なので、すぐ目の前には、青々とそり上げられた和尚様方の頭が並んでいる。それを眺めているうちに、自分のボサボサ頭が気になり始めた。我ながらどうにもむさ苦しい。
 そうだ。床屋に行こう! というわけで、午後には床屋に駆け込んだ。
 などというのは脚色である。今時の床屋は、いきなり行っても、散髪してもらえない場合もある。実は一週間ほどまえに、金曜日の3時からと予約を入れていた。
 考えてみれば、3ヶ月ぶりの床屋だ。4月の選挙前はそれでも、1月・2月・3月と、毎月行っていた。これでも一応、外見にも気を使っていたのだ。
 それが、選挙が終わったとたん、まただらしなくなっていた。先日のブログに書いた眼科と同じで、忙しい、時間が無いなどと理屈をこねては、ほったらかしにしてきた。
 しかし、さすがに自分で自分の髪を持てあますようになった。3月にはしっかりと染めたのに、最近は、根元の方から白髪になってきていて、髪が風に吹かれたりすると、一瞬真っ白になる。真っ白になるならいいが、一部分だけ白髪が顕わになると、遠目にはそこが禿げているようにも見えかねない。そこで、意を決して散髪にでかけた次第だ。
 それにしても不思議だ。以前は、床屋はダービーの日と有馬記念の日の年2回で済ませていたような気もする。床屋の鏡に映るテレビ中継を見ていて、あれ、いつから中山競馬場は左回りになったんだろう? なんて馬鹿なことを考えたこともある。
 それが、歳とともに、散髪の回数が多くなった。髪の量が増えてきたのだろうか。だとすれば嬉しい話なのだが、どんなに鏡を凝視しても、そういうことは決してありそうにない。
 お寺の話で書き始めて、最後は”かみ”の話で終わった。まるで神仏混淆(?)だ。(8283)