忍者と聞いたら、誰を思い浮かべるであろう? 
 伊賀の影丸、 仮面の忍者赤影 忍者部隊月光、忍者ハットリ君、猿飛佐助、霧隠才蔵、カムイ、忍たま乱太郎、服部半蔵etc
 俊敏な動きと、不思議な術。刀を背負って走り、目にも止まらぬ速さで手裏剣を投げる。男の子なら、誰しも憧れた記憶があるのではないか。
 その忍者が詰め所として利用していたという家が弘前市にある。今日の一般質問で、S議員が採り上げた。「忍者屋敷」と名付けられている施設は、全国に多数あるようだが、藩政時代の建物が、ほぼそのままの形で残っているのは珍しいとのことだ。
 S議員はまず、忍者の呼称について蘊蓄を披露してくれた。津軽では「早道之者」と呼んでいるとのこと。恥ずかしながら、僕は初めて知った。そう言えば、小説の中で、「草」とか「軒猿」といった呼称を視たことがある。
 さて、その弘前の忍者屋敷が、存続の危機にある。所有者が高齢になり、維持管理が難しくなったというのだ。
 弘前市でも、3年ほど前から、文化財に指定することも検討したのだそうだ。ただ、文化財となっている他の武家住宅と比べ、建てられた年代が新しいことや、それなりに改修の手が入っていることなどの理由で、指定は見送られた。今日の質問に対しても、買い取ることは考えていないとのことだった。 
 実は、僕は、まだ現地を見たことがない。場所を聞いたら、弘前読書人倶楽部の近くのようだ。議会休会日にでも、行ってみようと思う。
 この件については、今夜のローカルニュースで、採り上げられていた。リンクを貼っておいたので、興味のある方は、是非ご覧いただきたい。
 その画像を見た限りでは、今流行の、古民家カフェのような形で活用できるようにも思えた。ウェイトレスが皆、くのいち忍者のような格好をしてお迎えすれば、けっこう話題になるのではないか。コーヒーを飲んで談笑しているうちに、段々と天井が下がってきたり、食器棚の陰に隠し部屋(個室)があったりすれば、なおさら面白い。
 なんて勝手な妄想はともかく、S議員も言っていたように、どんなに歴史的な意味を持つものでも、一度壊してしまえば、二度と元には戻らないのである。城下町弘前として、補修し手を加えながらも、なんとか活用する方法を模索できればと思う。
 太宰治が下宿していた「旧藤田家住宅」も、一度は取り壊されることが決まっていた。それを、市民運動(署名)の力で、移築して残すことができた。そういった民間の盛り上がりも必要かもしれない。(5861)