今から25年ほど前、弘前青年会議所の理事長を拝命していた時、専務理事を務めてもらった友人がいた。Iさんである。
 僕は、基本的には、自分より年上の人は”さん”づけで呼ぶ。反対に、年下の人だと、親しみを込めて呼び捨てにすることもある。
 Iさんの場合、僕よりかなり年下だったけれど、ずーっと”さん”づけだった。だって、初対面で、額から上を見た時、間違いなく年上だと思い込んでしまったからだ。
 それに、Iさんの人柄もある。真面目で、温厚で、思いやりの深い人だった。年下とわかったからといって、決して呼び捨てには出来ない、そんな雰囲気を漂わせていた。
 そんなIさんだったから、同世代の仲間から慕われていた。有能な人だったので、皆から頼りにされてもいた。
 青年会議所の理事長を御輿だとすれば、専務理事というのは、それを担ぐ人達を差配するといった、最も激務を強いられるポストである。その”専務”を、2度も務めたのは、70年になんなんとする弘前青年会議所の歴史の中でも、彼以外は、数人もいない。
 Iさんは、僕が青年会議所を卒業した年に(正確に言えば”留年”した年)、志半ばで亡くなった。皆、大きなショックを受けた。
 お酒の好きな人だった。毎晩のように、飲んで遅くまで語り合ったものだ。
 今日、2月6日は、Iさんの命日。かつての仲間が集まって”偲ぶ会”が開催された。当然、酒を酌み交わしながらである。
 以前は、毎年、開かれていた。特に案内状を出すわけでもなく、2月6日の夜になると、誰彼となく三々五々集まってきては、だらだらと飲み続ける、そんな会だった。
 が、次第に、一人欠け二人欠けと、偲ぶ対象が増えていった。特に、ここ数年は、同時代の仲間が毎年のように世を去っていっていて、この会もしばらく休会をしていた。
 久々の今日、やはり参会者は、以前と比べると、相当少なかった。でも、大雪にもかかわらず集まった仲間と、亡き友の思い出を語らいながら、生きていられることの有り難さを噛みしめた。
 いや、酒だから、”噛みしめた”という表現は不正確だ。命という名の水を、何杯も何杯も飲み干した、とでも書いておこう。あーあ、明日はきっと二日酔いだ。(7274)