コロナウィルスの猛威は留まることを知らない。いや、ウィルスそのものよりも、社会の動きに翻弄されている。唐突な全校一斉休校要請であったり、イベント自粛要請であったり、定見のない。いきあたりばったりの政府方針に踊らされているような気がしないでもない。
 問題は、”自粛”であり”養成”であるということだ。欧米諸国のような”禁止令”ではない。結局は、主催者の判断に委ねられ、それはイコール主催者の責任とされることにある。
 そのような状況の中、僕の身の周りでも、いくつかの会議やイベントが中止または延期となった。
 先ず、3月25日に予定をしていた「合同視察報告会」である。今年度、議会の予算を使わさせていただいて行なった行政視察について、一緒に行った同じ会派のTa議員や無所属の3人と、その内容について詳しく報告する機会を持とうと考えていた。公務として視察に行ったのだから、それを報告するのは、当然の責任と考えたからだ。
 が、このご時世である。皆で話し合った結果、やむなく延期することにした。あくまで”延期”である。必ず後日実現する。
 3月29日の「文学散歩」は中止となった。御幸町にある太宰治まなびの家から、白銀町の郷土文学館まで、太宰や弘前縁の文豪の足跡を訪ねて歩こうという機会だ。約1時間半ほどの行程となる。毎年、この時期に開催してきた。 
 屋外のイベントだ。感染のリスクは少ないのかもしれない。だけど、スタッフも含めて20人くらいのマスクをつけた集団が、市の中心街を散歩している姿は、きっと異様に見えるに違いない。ここは取りやめた方がよさそうとの判断だ。
 一方で、同じ29日の午後、弘前読書人倶楽部のブックトークは開催することにした。倶楽部のチャーターメンバーの一人であるTa君が、講師を買って出てくれた。演題は「歴史から見た中国の実像」である。
 仮に、コロナの影響で参加者が極端に少なかったとしても、会を継続することの方が大切だ、という思いからだったと理解している。午後4時から、会費2000円である。コロナ禍の中、無理矢理とは言えないが、多くの人にお越しいただきたい。
 先日、その案内の通知を発送した。そうしたら、ある年配の会員から、「コロナウィルスの騒ぎで、私の所属するグループの例会は全て中止です。そこへ嬉しいお知らせです。勿論出席です」というお葉書をいただいた。胸の奥のつっかえが取れたような思いをした。
 ふと、昭和天皇の大喪の礼のことを思い出した。その数日後のある会合の席で、当時の税務署長から、こんな言葉をいただいた。「商店街のほとんどが臨時休業しているときに、今泉だけが空いていて、本当に助かった」と・・・。
 商人冥利に尽きる言葉である。かといって、税の減免はなかった。(4722)