蕾
 中央高校口から裁判所前まで、公園の堀端を歩いた。公園緑地課との打ち合わせを終えて、読書人倶楽部までの道すがらだ。
 桜の蕾は、もうご覧の通り、膨らみ始めている。春の到来を、間近に感じた。
 ここにきて、東京オリンピックの雲行きがおかしい。首相の発言も、IOCの発言も、なんとなく、”延期 ”へ向かっての流れが急になってきた。世界の、特に欧米の状況をみれば、やむを得ないようにも思う。
 が、延期するにしても、いつまでなのか。2~3ヶ月先くらいであれば、まだコロナ騒ぎがどうなっているのか、予測もつかない。それに、オリンピックに合せて設定しているプロ野球やサッカー等、他の競技の日程も、組み直す必要にせまられそうだ。
 かといって、1年・2年だと、選手のコンディション維持が大変だ。閃光そのものをやる直さなければならない競技も出てくるだろう。
 とはいえ、オリンピックにはまだ、”延期”という選択肢があるだけましだ。一方で、弘前桜まつりには、それはない。時期がくれば咲き、時期が過ぎれば散ってしまう。中止か開催のいずれかしかない。。
 僕の周りでも、何人か集まれば、この話題で持ちきりである。
 ある人は、中止にすべきだと主張する。県外や海外からの観光客の中に、感染者がいれば大変なことになると心配する。
 またある人は、やるべきだという。市の経済に及ぼす影響が計り知れないからだ。倒産する企業、hては自殺する人まで出るのではないかと心配する。
 さらにある人は、中止にしようがしまいが桜は咲くのだから、平常通り、ぼんぼりを立て、ライトアップをして、公園を開放すればいいという。その代わり、派手なイベントや露天を禁止すればいいのではという考えだ。上野公園のように、園内でのシートを敷いての宴席も中止すればいいとの意見も出た。
 うーん、難しい。実は、上記の”ある人”は全員、僕の心の中にも存在する。一種の多重人格者状態のようだ。
 どちらかと言えば。3番目の人の考えに近い。園内での飲食を禁止すれば、却って商店街や飲食街に人が出てきて、街は活気づくのではないかとも思う。
 が、逆の見方をすれば、街中の店に観光客が集中した場合、密閉された飲食店内で、感染が広がる危険性だって0とは言えない。
 今、主催者側では、上記も含めてあらゆるケースを想定しながら、開催の是非について、真剣に協議をしていることと思う。さっきも書いたように、僕は、今のところ。いくつかの縮小や条件つきであっても、原則、”開催”してもらいたいという気持ちに揺れている。が、どのような結論が出ようとも、結果論で批判するような真似は慎もうと思う。
 「弘前の桜は日本一だ」 僕は、視察や研修で、全国どこへ行っても、そう公言して憚らない。こと”桜”に関しては、謙遜など一切しない。その日本一の桜を、是非多くの人に、愛でにきていただきたいのだが・・・。(4240)

 追伸
 今日のタイトルは、岩崎宏美のヒット曲からいただいた。本文と歌詞の内容は全く関係ないのだが、何となくメロディーが頭に浮かんできた。どうしたって、石野真子の「春ラララ」といった心境にはなれない。