「弘前市議会基本条例」というものがある。市議会のあるべき姿、理想とする形を定めた、いわゆる議員にとっての”憲法”のようなものである。平成27年4月に施行された。
 僕も、その制定に当たっては、特別委員会の委員として深く係わった。出来上がった時には、「これで弘前市議会も、ようやく全国標準に到達することができたなぁ」と安堵したものだ。
 が、それ以来、この条例は、あまり顧みられることのないまま、現在に至っている。その間に、進んでいる地方議会では、基本条例そのものの見直しや、基本条例に沿った形での制度改革が進められている。弘前が追いついたと思った瞬間、また大きく引き離されてしまったみたいだ。
 僕は、昨年の改選早々、議会基本条例の検証をしようと発案した。そのための特別委員会の設置も訴えたが、条例に定められているとおり、議会運営委員会(以下;議運)で行なうことになった。その中で、これまでも協議を重ねてきたが、いよいよ次回の会議からは、具体的な検証が始まる。
 それに先だって、先ずは、議員一人一人が、条例を読み解くことが必要だと考えた。理念と現実の乖離を知る。あるいは、その乖離から、今の議会の課題点を探る。そういった作業をしなければならない。
 そこで今日は、同じ会派を組むTa議員と、無所属議員3人とで、議会基本条例読み合わせ会を行なった。代わる代わるに、一条ずつ条文を読み上げ、それについて、実現されているのかいないのか、何か不適格なことがあるのかないのか、意見を交わし合った。いわゆる逐条学習のようなものだ。学生時代を思い出した。
 参加した5人は、それぞれに、様々な感想を持ったことと思う。僕は、今さらながら、自分の勉強不足を痛感した。
 議会基本条例の中には、例えば「地方自治法96条の2」とか「地方自治法115条の2第1項」とかのような、関連法案名が出てくる。その中身が即座に頭に浮かんでこない。慌てて、滅多に開くことのない自治六法を捲って確認しているような有様だ。
 そんな細かいことは気にせず、大体のアウトラインだけ協議すればいいだろうと思われる人もいるだろう。でも、僕は、普段はチャランポランなくせに、意外と法律とか条例とかが気にかかる性格なのだ。だから嫌われている面もあるに違いない。
 今日の夜の会合で、ある若手議員は、政治家にとって大切なのは「政策より性格だ」と言った。それは、ある意味、真実をついているようにも感じる。
 果たして、僕のこの、妙なところにこだわる性格は、政治家に向いているのかどうか? いや、そもそも僕は、自分で自分のことを、まるっきり政治家とは考えていない。「市議会議員≒政治家」という数式が、いつも頭の中にある。
 こんなことを公言するから「理屈っぽい性格」と言われるのだ。そしてまた嫌われる。少しは反省しなくては・・・。(8376)