弘前市議会一般質問2日目。今日はゴミの話を書く。中学・高校の先輩にもあたるSa議員が採り上げた。
 弘前市は、かつて、一人・一日あたりのゴミの排出量が、県内40市町村中、最下位だった。少ないという意味の最下位ではない。もっとも多かったのだ。
 そこで、弘前市一般廃棄物処理基本計画を策定し、全市を挙げて、ゴミの削減に取り組んできた。その効果もあって、徐々にではあるが、確実にゴミの輩出は減ってきた。
 記憶に新しいのは、一昨年の市長選挙である。ゴミ袋の有料化が大きな争点となった。その結果、ゴミのドラスティックな減量を狙って有料化しようとした前市長を破り、有料化に頼らず市民力で解決しようと訴えた現市長が誕生した。
 一部には危惧する声もあったが、その後の2年間も、着実にゴミは減っている。今日の答弁によると、この2年間で、51g(/人・日)の減量を果たしたのだそうだ。計画に掲げた目標値まであと20g.。達成はもう見えていた。地道な取組みの成果と言える。
 ところが、このコロナ騒ぎである。外出自粛ムードの高まりの中で、全国各地でも、総体的な家庭ゴミの量が増えているという。弘前市では、国の緊急事態宣言が発令された4月には、順調に減っていたが、5月以降、増え始めているとの話だった。
 多くの人が外食を控え、家で料理をするようになったこと。家にいる時間を利用して”断捨離”に取り組む人が多かったことなどが要因と考えられる。ある意味、致し方ないのではという答弁もあった。
 ・・・”断捨離”。僕の最も苦手なことである。とにかく物を捨てられない。本や資料は勿論のこと、太りすぎて着られなくなったスーツでも、頑張って痩せれば又入ると思って、いつまでも棚に吊り下げている。実際には、これまで、二度と着られるようになった試しはない。
 スマホの写真もそうだ。”アルバム”には、いつの間にか2000枚以上が保存されていた。
 先日突然、待ち受け画面に、「icloudeストレージ残りわずか」という表示が出た。慌てて、以前行った視察先の写真や、参加したイベントの写真を削除したが、それでもどうしても思い切れないものもあって、まだ500枚以上が残っている。
 つらつら考えるに、結局、物を捨てられないのではない。思い出を捨てられないのだ。物を捨てるということは、本は読んだ時の、服は初めて袖を通した時の、写真は撮影した時の記憶まで捨て去るようで、それがたまらなく悲しいのだと思う。
 こうして、死ぬまで、思い出の中だけで生きていくんだろうなぁ、きっと。それもまた、心地よい人生かもしれない。(7346)

 追伸
 今日のタイトル、「思い出は美しすぎて」は八神純子のヒット曲。あの頃聞いた歌も、みんな美しい思い出だ。