弘前れんが倉庫美術館、開館記念プログラム第2弾の内覧会に行ってきた。「オールリターン 小沢剛展」というものである。
 ”世界的に活躍するアーティスト”と、開会セレモニーの中で、司会者は小沢剛氏のことを紹介していた。だけど、恥ずかしながら、そう言われても、僕は全く知らない。”小沢”と言えば、小沢正志を真っ先に思い浮かべてしまう。蒙古の怪人と言われたプロレスラー、キラー・カーンの本名だ。
 というくらい美術音痴の僕でさえ、今回の企画には心を奪われた。正直言って、第一弾より数段面白いと感じた。
 何が凄いと言って、入り口から出口まで、展示そのものにストーリーがある。映像と音楽と絵画が融合されている・・・、などと知ったかぶりして語るのは容易い。
 レンガが、最も驚いたのは、空間から受けた印象である。オープニングの企画展には、僕は数回足を運んだ。その時と、同じ建物内で、同じ面積で、同じ天井の高さで行われているにもかかわらず、まるで別の美術館に来たような変わりようだった、広く大きく感じられた。
 やっぱりこの美術館は、空間が売りなのだ。作品は空間を見せるためのツールなのだろうか。
 いやいや、違う。作品によって、この建物が、広がりも奥行きも色合いも、違ったような顔を見せる。作品と空間が一体となったアートを創り上げている、と言ったほうがいいのかもしれない。
 それともう一つ、改めて合点がいったことがある。この美術館に深く係わった友人の話だ。彼は、まだ構想段階の時に、「作品を所蔵しない美術館を創りたい」と言っていた。そんなことはあるまい。美術館の価値は所蔵作品によるのだと、僕は反論したいのを抑えていた。
 それが今日、このセカンドプログラムを見て、ようやく彼の言わんとしてたことを理解したような気がした。なるほど、この美術館が求めるものは、変化であり、新規性であり、かつ創造の現場であることなんんだろうなぁと・・・・(違っていたらごめんなさい) 半年に一度、その変化をを見られるだなんて、なんて贅沢な話だろう。
 この展覧会には、「百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」というサブタイトルがついている。いやぁ、百年なんて長い。僕は、開館から3ヶ月で、なんとなく”その意味”がわかったつもりでいる。この早とちり、この浅薄さが、僕の数ある欠点の一つでもある。(7349)