記事今日は、今朝のT紙の記事で、話題が持ちきりだった。行く先々で、そのことを尋ねられた。
 ”弘前市長「市職員は忘年会を」という見出しのものである。「宴会は少人数にするなど、新型コロナウィルスの対策をとりながら、感染拡大で客足が遠のいた店を支援したい考え」とある。この発言は、昨日行われた定例記者会見の中で行われたものとのことだが、T紙では「・・・幹部職員に指示をした」と書いてある。
 T紙は、青森市に本社がある全県紙だ。一方、同じ地方紙でも、弘前に本社を置くM紙には、職員の忘年会について「推奨する考えを示した」とある。
 ”指示”と”推奨”では、随分とニュアンスが違う。そう気になって、ネットの中継を視て確認したところ、確かに市長は”指示”という言葉を使っていた。
 その他、全体のイメージでも、T紙が、忘年会発言にピンスポットを当てていた感じなのに対して、M紙は、コロナ感染予防を図りながら経済を回す、といった内容が主体だった。同じ記者会見の中の一部分を採り上げるのでも、大きな差がある。
 何も、そのことを以て、T紙やM紙を批判するつもりは毛頭ない。新聞社には新聞社ごとの、考えや主張があるのは、当然のことだと思う。
 よく、最近は、マスコミは偏向的だと非難する人がいる、自分の主張と相容れないニュースを”フェイク”だと言って切り捨てる人もいる。
 だけど、そんなことを、今さら鬼の首でも取ったように騒ぎ立てる方がおかしい。マスコミが公正中立など、最初から有り得ない話ではないか。
 例えば、報知新聞では、中日の大野が完封勝利をあげようと、ソフトバンクの柳田が満塁ホームランを打とうと、一面はジャイアンツの記事なのである。もっと極端な例を挙げれば、かつての東京スポーツは、内閣改造が行われようと、「吸血鬼 血の海で悶絶」とか「馬場32文炸裂 薄氷の防衛」なんて見出しが一面に赤々と躍っていた。それを差して「偏向」と批判したって仕方がない。
 スポーツ新聞のことだと嘲うなかれ。報知=読売、日刊スポーツ=朝日 スポニチ=毎日、サンスポ
=産経、とそれぞれ大手一般紙の系列にある。だから、スポーツ新聞の偏りは、一般紙の縮図とも言える。
 また、同じ場面を取材して、その中のどの部分を切り取って記事にするのかということも、新聞社や記者の主観であり主張でもある。記者会見を一言一句過たずに報道するなんてことは、記者の仕事ではない。
 大切なことは、そういう前提に立って、僕らが広い視野を持つことだ。新聞・テレビ・ネット・雑誌・そして多くの人との会話等、受信のアンテナを広く持ち。自ら偏らずに、それらを冷静に受け止める姿勢が必要だろうと思う。
 僕は今日、T紙、M紙に加え、日刊スポーツも購入した。残念なことに、日刊スポーツには、弘前市長の記者会見の記事など、一行も載っていなかった。当り前か。(4566)