離婚の話を書く。勿論、僕のことではない。以前にも書いたとは思うが、市議会議員というものは、時に、そういった相談を受けることもある。 
 極めてプライバシーに係わる話なので、かなり暈かして書く。そう思って読んでいただきたい。
 僕は、男性の側から相談を受けた。当初は、親権をどちたが持つかということであった。その件で、双方が調停が申し立てられた。僕も、1回目の調停の日には、控室まで同行した。
 その結果、女性がたに親権は渡った。その代わり、父子の交流面会については、月〇回という回数の他、いくつかの付帯事項も決まった。
 が、いざ、面会となったら、場所や時間・方法等で、色々な理由をつけられて、ドタキャンになった。どうすればいいか、というのが今日の相談であった。
 調停調書というものを見せてもらった。この調書は、判決と同じような効力を持つものと言われている。
 が、思わず、首を傾げる部分があった。面会の時間や場所等、具体的なことは、「当事者同士で事前に協議して決める」となっている。
 そもそも、当事者同士で、協議継続が不可能になったから、調停を申し立てたのではなかったか。それを「当事者同士で協議しろ」とは、どういうことなのだろう。このままでは、メビウスの輪のように、どこまで言っても結論に到達しない。
 実は、父も生前、長いこと調停委員を務めていた。遠い親戚にも調停委員だった人もいる。父からは、人と人との間に立つことの難しさを聞いていた。だから、調停委員の方々のご苦労は理解しているにしても、今回の調停調書は、充分ではなかったように感じた。
 もう一つ、興味深い話を聞いた。今の社会は、離婚して子供を引き取った側には、いくつかの支援制度がある。特に、女性が一人で子育てをするには、様々な障壁や経済的なご苦労も多いのだろうから、そういった制度の拡充は、今後益々必要であろうと考える。
 僕の叔母は、それこそ父の調停委員よりも長い間、母子寡婦福祉会の会長を務めていた。母親たちは、そういった組織の中で、連絡を取り合いながら、協力して、課題の解決にあたっている。敬意を表したい
 一方で、心ならずも実子と別れなければならなくなった父親の側には、あまり社会の目は向けられていないようにも思う。確かに、経済的な自立という面では、男性の方が有利な場合が多いだろう。でも、精神的な痛手には、男女の差は無いはずだ。
 同様の組織はあるのだろうか? あれば入りたいと、相談者から問われた。入って、どのようにして喪失感を克服できたのか、話し合ってみたいとの思いだ。
 申し訳ないが、僕は寡聞にして、そのような情報を持ちあわせていない。誰か僕に教えてくれはしないだろうか。(6606)