午前中に、ある市民団体の代表が3名、議員控室を訪れて下さった。学校における少人数学級の実現について、弘前市議会で国に意見書を出すよう請願書を提出したいので、紹介議員になって欲しいという話だった。
 僕は、その団体とは、お付き合いが長い。以前は「平和都市宣言」のことで、やはり請願の紹介議員になったことがある。力不足で、審議の結果、何度か不採択になった。そこで最後は、一旦請願を取り下げて貰い、その代わり議員発議で取り組むことにした。今は県議のS議員と力を合わせ、当時の最大与党会派にも理解をいただいて、何とか宣言の採択にこぎつけた。今は、市役所の前庭に、平和都市宣言の碑が建てられている。
 そんな関係なので、出来れば力になりたいのだが、少人数学級については、僕自身、ことの善し悪しに確信が持てていない。
 例えば、今回の請願に「20人学級を目指す」とあった。でも、現実には、目指すも何も、人口減少、少子化により、それに近づきつつある。全体でも生徒数60人以下という学校は、既に、小規模特認校も含めて8校もあるし、際だって大きい岩木小学校を除けば、多くても360人前後だ。単純に計算すれば一学年あたり60人。一クラス30人というところか。これだって年を追う毎に減っていくのは目に見えている。弘前市ではむしろ、学級の人数を減らすより、学校としての適正な生徒数を確保する方が深刻な問題のようにも思える。
 次に、教員のことだ。巷では、教師志望の若者が減っていると聞く。教員試験の倍率が下がっているらしい、そんな中で、学級数を増やして、果たして適当な教員の配置は可能なのだろうか。 
 最後に、これが一番悩むところだが、子どもたちにとって、最も望ましいクラスの人数とはどれくらいなのか、確証がない。今日の話し合いの中でも、自分が子どもの頃に一番多かった人は60人と言っていた。僕の時代は40人だった。今は、上記のように30人前後になっている。そのそれぞれの時代時代で、それなりの教育がなされてきているので、今の先輩世代も、同年代も、後輩達も、社会の中xで曲がりなりにも生きている。
 それを考えれば、徒に学級あたりの生徒数を減らすことが、最適化につながるのかどうか、自信が持てない。むしろ、一定数以上の方が、集団の中で生き抜く力を身につけるという、学校教育の本旨には相応しいのではないかとも思ったりする。
 といった話をしているうちに、ふと気がついた。この請願が受理されれば、その審査は経済文教常任委員会に付託される。僕は委員長として、議事の進行役を務めなければならない。自分で紹介ぎいんとなった請願を、自分が進行役になって捌くというのは、やはり適切ではないように思う。
 ということで、今回はお断りをした。だけど、少子化社会における学校教育の在り方という点では、重要な課題を与えていただいたと感謝している。(7516)