母の葬儀が、無事、滞りなく終わりました。改めて、ご会葬いただいた皆様、供花・お供物等を上げて頂いた皆様、お手伝いをしていただいた皆様、弔電や電話・メール・Line等で、ご弔意を寄せて下さった皆様、そしてこのブログを読んで下さっている皆様に、心から御礼申し上げます。
 昨日・今日と、葬儀会場の喪主の席に座っていました。焼香される方々には、立ってご挨拶をいたしました。
 だけど、何せ、来月から注射をしなければならないほど目が悪いのです。その上、皆さん、マスクをして来られる。できるだけ 「〇〇さん有り難うごございました」と、 お名前を言うようにしたつもりですが、中にはわからなかったり、人違いをしていた人もいらっしゃいました。失礼をはらたいたかもしれません。この場をお借りして、陳謝申し上げます。
 さて、5日火葬、6日通夜、7日葬式と、この3日間は、慌ただしく、そして極めて型通りに、儀式が行われました。僕は、子どもの頃から、この”型通り”が苦手でした。嫌いでした。前例踏襲でなくてもいいじゃないか、何か新しい試みがあったっていいじゃないかなどと、未だに子どもっぽいことを考えています。
 だけど、この葬儀に関しては、型通りでいいと、今回はつくづく感じました。仮に、型が一切無く、泣き崩れてもいい、叫びわめいてもいいとなると、僕なんかは、人前を憚らず、床に伏してしまっていたかもしれません。一定の形式があるからこそ、それを崩さないように平静を保っていられるのだと句付きました。65歳になって、遅きに失しましたかね。
 唯一、抵抗したのが、喪主の挨拶です。葬儀屋さんからは、雛形を渡されました。これを読めば良いといったことも言われました。だけど、やっぱり最後は、自分の言葉で母を送りたいと思い、原稿も用意せずにマイクの前に立ちました。だから、支離滅裂だったかもしれません。
 あっ、議会での一般質問と同じですね。単なる自己満足と言われればそれまでですが、そこに僕の思いが妻っているのだと、ご理解していただければ幸甚です。
 2日から続いた、母との別れシリーズ(?)も、今日で最後とします。明日からは、平常のブログに戻ります。文体も以前の「だ・である」調に変えます。これからもご愛読賜わりますようお願い申し上げます。(6150)