失敗した。 昨日のブログが更新されていなかった。
 ちゃんと書いたのである。成人式のことを、リーダーの資質のことを、そして「三国志」のことを・・・。ところが、書き上げただけで、”更新”をクリックしていなかったようだ。やっぱり、僕の中で、何かがスッポリ抜けているらしい。
 下に、昨日の分をコピーして貼り付ける。後ほど今日の分は改めて書く。申し訳ないが、2日分読んでいただくことになる。平にご容赦を。


1月10日「タイミングの問題」 
 コロナでなければ、弘前市では今日、成人式が行われる予定であった。それが延期となった。
 延期が決定したのは1月2日。新聞で市民が知ったのは1月3日のことだ。そのことに対して、「決断が遅い」とか「ドタキャンだ」といった批判もあるやに聞いている。
 だけど、考えようによっては、ギリギリまで開催の道を探っていた。「新成人に対して、何としてでも式を開催して上げたかった」という強い気持の表れが、決断を遅らせたということもあろう。だから僕は、一方的な批判には与するつもりはない。
 逆の場合だってあった。つまり、仮に1ヶ月前あたりに延期または中止を決定してしまったとして、現在のコロナ感染者数がさほどでもなかったとしたら、「早とちりだ」「新成人が可哀想だ」といった批判が出ていたであろうことも、容易に想像がつく。
 要は、トップの決断は、ことの大小はともかく、どちらにしても批判を避けることはできないということだ。特に、コロナという未知の敵と戦っている今は、100%の正解は有り得ないのだから、尚更だ。
 結局、「あの人の決断だったら仕方がない」と思ってもらえるか、あるいは「あの人の決断はどうしようもない」と思われるかは、トップの”人徳”によるのではないかと思う。日頃から信頼されているか、敬慕されているか等々、人間としての魅力が、評価の分かれ目になるのではないかと考える。
 そういう意味で、僕が憧れるのは、「三国志」の劉備玄徳であり、「水滸伝」の宋江なのだが、そういう人物にはなかなかお目にかかることはできない。勿論、僕なんぞは、足元のその裏の魚の目にも及ばない。
 成人式に話を戻そう。僕にも少なからず関連があった。。コロナ対策として3つの会場に分散して行うその一会場に、経済文教常任委員長として、出席をさせていただく予定になっていたのだ。
 お話をいただいたのが、12月の下旬。当然、母が存命しているものとしてお引き受けをした。
 今月2日早朝、母が死んで真っ先に(というのはいささか誇張し過ぎだが)考えてのは、成人式への出席をお断りしなくては、ということだった。
 そこへ、延期のお知らせ。こういう言い方をしては不謹慎なのは重々承知の上だが、僕にとっては、言わば”Good Timing"だったのだ。ああ、やっぱり不謹慎だ。
 市では3月を目途に、改めて開催を考えているとのことだ。その頃には忌も明けている。また声をかけて貰えたならら、その時は喜んで出席させていただきたいと思う。(6664)

 追伸
 もうかなり昔の話だが、ある新聞社から、新成人に薦めたい本を訊ねられて、僕は「三国志」と答えた記憶がある。
 漢字だらけの(当り前か)、やたらと長い歴史小説だが、その中に出てくる数多の人間の、生き方や考え方を、若い人には是非学んでもらいたいと考えたからだ。僕が始めて読んだのも、ちょうど二十歳の頃だった。