1 月2日に亡くなった母の四十九日法要を執り行った。本来は明日のはずだ。が、議会の開会日と重なったため、一日前倒しをさせていただいた。
 参列者は、僕と妹と娘の3人。コロナが未収束だし、厳寒の季節ということもあって、親戚にもお声がけをしなかった。母も許してくれるだろう。その代わり、4月には、百か日法要と合せて埋骨も行う。その時には、少なくとも近しい親戚には案内をしようと思っている。
 「四十九日」と言ったら、ある人から「早いものですねぇ」とメールをいただいた。いや、実際のところ僕には、早かったのか遅かったのか、短かったのか長かったのかはわからない。つい昨日のことのようにも思えるし、遠い昔のような気がする時もある。
 ともかく、所謂”忌明け”である。一日早いとはいえ、法要も済ませたので、明日(?)からは、僕もいくつかの行動の制限から解放される。
 「お前は、何も制限してなかったろう」って? そんなことはない。これでも、少しは仕来りを気にしていた。
 例えば慶事である。忌明け前は、他人のお祝いの席に出席してはならないと、何かで読んだ。それを頑なに守ってきた。
 例えば新年会である。新年会というものは、そもそも新しい年を祝う会に他ならない。祝い事は駄目なのだ。今年は、コロナの影響で随分と開催する団体は少なくはなったが、それでもいくつかの会はお断りをした。
 ある団体の創立記念日も欠席した。毎年、1月中旬の早朝に、弘前公園本丸で行われている行事だ
。また、建国祭も、今年は遠慮させていただいた。これらには、ほぼ毎年出席していたのに・・・。
 一方で、夜のッ経済活動は、ちょっと前(?)から、再開していた。と言っても、ごく少人数の仲間と、安い居酒屋で集う程度だ。決して「週刊文春」の餌食になるような真似はしていない。それでも、「忌明けしていないのに大丈夫か?」と、お気遣いやらご批判を頂戴したりもした。
 そんなこんなで、どこかでブレーキを踏みながら走っていた日々が終わる。かといって、いきなりアクセルを踏む気にも、そう簡単にはなれそうにもない。取り敢えず今日は、18時半からの学区町会長会議に出席したあとも、どこへも寄らず、真っ直ぐに帰ってきた。(5472)