忌が明けたことは、2月18日のブログに書いた。 それまでの間、僕なりに自粛をしてきたことも、言い訳がましく記した。
 祝い事や慶事以外にも、忌中には遠慮した方がいいと言われていたことがあった。人様の葬儀への参列である。
 もっとも、これには、別に構わないんじゃない、という人もいる。家に来てくれた葬儀屋の担当者に尋ねても、曖昧な答えしか返ってこなかった。
 まmぁ、幸いにして(?)、忌明けまでの間、行くか行くまいか眠れないほど悩むようなご葬儀はなかった(はずだ)。義父の場合は、何が何でも悔みにいかなければならないものだし、あとの方々には、気忌中を理由に失礼をさせていただいた。
 それが忌が明けたとたん、昨日・今日と二日続けての、お通夜参列となった。お二人とも、長く体調を崩されていたと聞く。
 昨夜は、前三田会会長の佐藤先生。藤崎町で歯科医をなされていた。僕が、初当選させていただいた時には、三田会から、立派な観葉植物をお祝いに頂戴した。それを枯らしてはいけないというので、母はしょっちゅう水やりをしていた。長期入院する際も、くれぐれもと僕に言い残して行った。それなのに、僕はつくづく恩知らず・親不孝な人間だと、自己嫌悪に陥ってしまう。
 今夜の仏様は、やはり三田会の大先輩の三木さん。青年会議所の先輩でもある。その関係もあって、長さだけからいけば、佐藤先生よりも以前から、知己をいただいていた。かつては不動産会社を経営されていた。一時期は駅前でファストフード店をやっていたという記憶もある。
 母も義父も、そして昨日・今日のお二人も、行年は90歳前後だ。3歳と差はない。
 仮に僕が、その歳まで生きるとしても、あと25年くらいしかない。何か老い先が見えてきたような不安にかられる。そんなことを言うと、先輩方からは、まだ65歳だろうと叱られる。でも、40歳の頃のことを思い返してみれば、25年なんてあっという間だ。
 先月から大活躍中の、一張羅の礼服を洗濯屋に出そうとしたときの、お二人の訃報だった。洗う間もない。そこで今日のタイトルである。百人一首の「わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾くまもなし」が急に頭に浮かできた。乾くと洗うじゃ大違いだ。(6460)