江戸川乱歩は、若い頃に随分と読んだ。「D坂の殺人」や「二銭銅貨」といった初期の作品から、後期の、所謂”通俗”と呼ばれているものまで、角川文庫を片っ端から読破した。神田の古書店街で、紐でくくられた全集を見つけた時には、喉から手が出るほど欲しかったが、10万円という値札を見て、手はすぐに引っ込んだ。今でも売っているのだろうか?
 最近、また嵌まっている。「緑衣の鬼」「鉄塔の奇術師」「地獄の道化師」等を、ぱたぱたと読んでいる。
 と言っても、何のことはない。以前にも紹介した、お気に入りの書店、”まわりみち文庫”で、懐かしいポプラ社の「少年探偵シリーズ」を見つけたからだ。文字は大きいし、漢字にはルビがふられている。文章も平易で読みやすい。齢65にして、せっせと児童図書を買い集めている次第だ。 
 勿論、大人物も読む。春陽堂の江戸川乱歩文庫だ。これはJ堂にだいぶ揃っている。先日は「悪魔の紋章」を再読した。
 乱歩は、”恐怖”を、ミステリーの重要な要素として取り込んでいる。影・鏡・錯覚・異形の者たちが醸し出す恐怖を、作品の中に散りばめ、単なる謎解きではない、怪しげな面白さを創り上げている作家だ。
 ”恐怖”と言えば、これに勝るものはない。眼への注射だ。
 日頃の検診をサボっていたために、眼底に浮腫が出来て、この2月から受けるはめになった。今日が3回目だった。
 中でも今回が、一番怖かった。前回までは、「はい左を見て」と言われ、面球を左に寄せたところを、右側からプチッと指された。ところが今日は、何も言わず、いきなり真っ正面からきた。一瞬、針先が見えたような気がした。刺さる瞬間、思わず下肢が痙攣した。
 痛みも今日は特別だった。しばらくの間、眼球の奥、というより後頭部にまで、長いもので突かれるような鈍痛が残った。
 怖さ? 痛み? 疲れ? 何やらわからないが、無性に甘い物が食べたくなった。どこかでショートケーキでも買って帰ろう・・・などと、会計を待つ間、ずーっと考えていた。
 精算を終えて、取り敢えず売店の方へ足を向けると、奥にあるカフェの入り口付近に、ソフトクリームの置き看板が見えた。僕は、ここが大学病院内であることも忘れて、迷わず注文して、頭から口に含んだ。口の周りのクリームを拭おうともせず、しばし甘美の世界に浸ってしまった。
 だけど、よく考えれば、こんなところを、糖尿の主治医に目撃されたら、どんなに叱られることだろう。そっちの方が、よっぽど怖い。(6767)