僕の娘は市立病院で産まれた。僕の母は市立病院で息を引き取った。津軽病院から弘前市立病院に改称されてからでも50年。たくさんの生と死を見守り続けてきた。
 その市立病院が、来年の3月一杯で、歴史の幕を閉じる。国立病院に統合され、新たに「国立病院機構弘前総合医療センター」が誕生する。
 この統合については、前回の市長選の大きな争点の一つだった。市か、国立病院機構か、どちらが主体となるかで、議論は分かれた。
 冷静に考えれば、当時の市立病院の経営状態では、存続すら危ぶまれていた。だからまぁ、落ち着くところに落ち着いたという感じではある。  
 市立病院これからの問題は、市立病院の建物を、どのように活用するかだ。市では基本構想の素案を発表し、”市民の健康づくりの街中拠点”とすることを打ち出した。現在、野田にある、弘前総合保健センターの機能と、ヒロロ内にある健康づくりに関する部門を集約しようというものだ。
 このことについて、昨日と今日、議員からの質問が相次いだ。
 昨日のTa議員は、ヒロロの機能の一部の移転について採り上げた。事前に、いわゆるステークホルダーの人たちに、何の相談も説明もなかったというのである。僕もそのような話しは聞いていた。”ステークホルダー”いうと、いかにも営利を目的とした関係者のように聞こえるかもしれないが、そればかりではない。指定管理を受け、ボランティアのような形で、ヒロロのフロアで活動していた人たちからも不満の声が上がっている。
 今日は、K産党のKo議員が、野田の保健センターのことを質問した。現在ある救急診療所や、医師会検診センターが移ってくるのはいいが、医師会の事務室や看護学校までも一緒に移転することに対する疑義のように受け止めた。
 僕は、その点に関しては、特に問題を感じていない。ただ、権利関係だけは確認したいとは思い、2ヶ月ほど前に、「医師会に対し賃貸となるのか、区分所有となるのか、それとも建物ごと管理を一切委託するのか?」と担当課に訊きに行ったことがある。併せて、昨日も今日も出ていた総事業費も尋ねた。その時の答えでは、まだ何も決まっていない。全てはこれからだということであった。
 全てがこれからならば、まだ、市民の多様な意見を反映されるチャンスが残っているということなのだろうか? 是非、そうして欲しいものだと願う。
 思い出した。僕が産まれて初めて”人間ドッグ”に入ったのも市立病院だった。「境界型糖尿病」と診断された。あの時から、きちんと食事制限をしていれば、今のように、毎月1回大学病院に通うようなことにはならなかったんだろうなぁ、きっと。(4272)