弘前市議会定例会、令和2年度決算審査は二日目。一款議会費から質疑を繰り返して、今日は六款農林費までを終えた。
 3月議会での、翌年度予算審議、そして9月議会での前年度決算認定においては、議員一人あたりの質問時間の上限が定められている。35分だ。それ×会派の人数分が、会派に割り当てられている。つまり僕とTa議員の2人会派には70分だ。
 そのように決まったのは、今から8~9年ほど前だったように思う。詳しい記憶は定かではない。ただ、しっかりと覚えているのは、僕は、その取り決めには、最初から反対だった。 
 決まった当初は、一人30分だった。その後、定数削減が行なわれ、35分になった。どっちにしても短い。何せ、理事者側の答弁も含めての時間だ。
 これまで数年間、メモをしながら統計をとってきたが、だいたい、一項目あたり、平均5分だ。35分間だと、せいぜい、6~7項目までだ。しかも、より詳しく突っ込もうとしたり、理事者側に意図的に答弁を長引かせられたりしたら、4~5項目しか質問できなくなる。仮に、会期が延びようとも、徹底して議論するのが議会ではないか。議員の、市民から付託された権利と責任を、如何なる理由であれ、制限するのはおかしいと考えていた。その気持に、今も変りはない。
 が、決められたルールはルールだ。これまでは、目一杯、時間を使ってきた。審査日程が4日あれば、4日間、毎日何か質問しようとしていた時期もある。
 そんな僕が、今回は、まだ一度も質問に立っていない。35分の持ち時間を、1分たりとも使っていない。これは極めて珍しいことなのだ。  
 他意は無い。ただ、何となく寂しい思いはしている。
 例えば、決算説明書に記載された事業の”概要”を質問する議員がいる。”概要”を理解した上で、そもそもの予算案を承認しているはずなのにだ。
 一方で、成果を訊ねられたのに、何をしました、あれをしました、といった答弁しか返ってこないことも多い。何をしたかではなく、それをした結果、どう変わったかを確認したいと言うのが質問の趣旨にもかかわらずにだ。
 予定調和も多すぎる。最初から最後まで、予め準備した原稿を、双方読み合っているようなケースも散見される。聞いていて面白くもなんともない。
 では、かと言って、自分は、そんな疑念を払拭できるような質問ができるのか・・・? 真摯に考えているうちに、質問のタイミングを失ってしまった。ただただひたすらに、丸二日間、他の議員と職員とのやりとりを聞いていた。
 一言も議場で口を開かない僕を見て、同僚のTa議員には、昨日の付帯決議案提出での燃え尽き症候群ではないかと言われた。それも確かにないわけでもない。一方で、僕がこれまで沈黙を守っていることを、不気味に感じている理事者もいるはずだ(いないか・・・)。まぁ、明日はまた明日だ。
 返す返すも残念なのは、これが3月議会だったらと思うことである。そしたら、今日のタイトルに、「沈黙の春」を、堂々と使えたのに・・・。(5735)