午前中に、会派活動レポートの打ち合わせで、印刷会社に行った。Ta議員も一緒だ。レイアウトも文字数も考えずに書いた原稿を渡した。
 他の会派のレポートと較べて、僕らのものは、字が多すぎる。読みづらい。いつも反省はしているのだが、今回もまた、写真を入れる余地は少なくなりそうだ。
 印刷会社を出て、先週お伝えした顔面の怪我の治療で、 外科医に行った。お陰で腫れは引いた・でも、出血の痕が痣になっている。見るからに痛々しい。・・・と思っているのは僕だけかもしれない。
 その後がポッカリと空いた。怪我をしてから、いくつかのお誘いを断ったせいもある。
 れんが倉庫美術館で、10月1日から始まった新しい企画展に行こうかとも思った。でも、脛に傷を持つ身、いや顔面に傷が残る身では、美術館には似つかわしくない。
 そこで、かねてからやろうと思っていた、断捨離を断行することにした。敵は9月22日のブログにも書いた、古い議会関係の資料や書類だ。段ボール箱に入れて重ねておいていた。議会の物以外でも、係わったイベントのチラシ企画書や、各種団体の総会資料、それに書簡まで、とにかく何でも突っ込んでいた。
 でも、先般も言ったように、もう何年も箱を開けていないということは、必要がないということである。それに、議会の会議録であれば、議会図書室に行けば、全て揃っていて、いつでも見ることができる。もう終了した「弘前市〇〇計画」なんていうのもそうだ。ましてや、これからはタブレットの時代だ。紙ベースの書類を後生大事に保管することもない。
 そう思って、バシバシと仕分けをした。自分がかつて、一般質問の際に参考にした懐かしい資料なども、涙を飲んで捨てる方に回し、紐で結わえた。
 が、どうしても思い切れない物も多い。大体、捨てる方が4分の三、残す方が4分の一といった案配だ。
 これは困ったと案じていたら、一通の封筒が出てきた。2年前、弘前に移住するために向かう途中、高速道路で事故を起し 亡くなったWa君からのものだ。
 封は開いている。中を取りだしてみた。僕らと初めて会った後で投函したものだ。東京生まれの東京育ちの彼が、「弘前人に」なりたいと書いてある。自分の仕事の紹介とこれまでの経歴書も同封されていた。
 思わず目頭が熱くなった。そこで今日の作業は終了。断捨離の限界だ。
 そう言えば、彼が亡くなったのは、ちょうど今から1週間ほど前。9月下旬だったと、記憶が甦った。(5653)