他所のお宅にお邪魔すると、まず本棚に目がいってしまう。一種の癖だ。
 「本棚を見れば、その人の知性や教養がわかる」だなんて偉そうなことを言うつもりはない。単純にどんな本を読んでいるのかが気になるだけだ。自分も読んだ本を見つけると、急に親近感が深まるような気がする。
 たまに、「この本は、昔、今泉から買ったものですよ」と言われることがある。嬉しいやら、有難いやら、 気恥ずかしいやら、申し訳ないやら・・・。でも、そうして、どこかに「今泉本店」の存在の証が残っていることに、安堵を覚えるのも確かだ。  
 いや、今日は、他の人の本棚の話ではない。自分の本棚のことだ。
 弘前未来創生塾で知り合ったKa君から、本のことで話を聞きたいとメールが入ったのは1週間くらい前だったろうか。そういう話は大好きだ。二つ返事でOKの返信をした。
 でも用件はそれだけではなかった。僕の本棚の写真を送ってくれとも書いてある。
 さあ困った。とても人に見せられるような本棚ではない。内容は別として、そもそも、本棚の前に本や書類が堆く積まれていて、本棚の全貌を写真に撮ることができないのだ。
 そこで、午後の打ち合わせが中止になったチャンスを活かして、10月4日のブログにも書いた断捨離の続きとばかり、本棚前の本の整理を行なった。
 しかし、これがなかなか進まないものなのである。懐かしい本が出てくると、ついページを捲ってしまう。中には、買ったことさえ忘れかけていた本も出てくる。
 それに、第一、本を捨てることができない。だから、床から出てきた本を収めるために、書類や事務用品を並べていた棚にも手をつける。すると今度は、これまた懐かしい写真や、コンサートのチケットなんかが出てくる。そこでひとしきり思い出に耽ってしまう。
 そんな感じでチリポリと作業を進めた。5段ある本棚の、下から2段目までと、1段目の上部が視界に入ってきた。明日も日中は特に予定が入っていない。あと一日か二日で、どうにか目途はつくだろう。
 しかしまぁ、改めて本棚をしげしげと見ると、ろくな本を読んでいない。純文学だとか、思想哲学の本なんて1冊もない。プロレス・競馬・ミステリー・・・そんなジャンルのものばかりだ。
 これは、仮に整理がついたとしても、決して写真に撮って人に見せるのはためらわれる。「本棚を見れば、その人の知性や教養がわかる」なんてことを言われたら、僕の頭の中が、限りなく「東京スポーツ」に近いことがバレてしまう。まぁ、そんなことは、このブログの読者の皆様は、とっくにお見通しのことだろうとは思うが・・・。(4930)