第49回衆議院選挙が始まった。今日は、J民党の現職が市役所前で、R民党の新人が、追手門前で、それぞれ街頭演説会を行なった。
 が、何か一つ盛り上がりに欠ける。むしろ、今日一番の話題は、現職県議が元職県議を訴えたというものだった。選挙が始まったことを知らなくても、その訴訟のことは知っているという人も、実際に近くにいた。
 詳しくは、左の新聞記事を読んでもらいたい。要は、元県議が、ネットの匿名の掲示板とやらを使って、現職の県議を誹謗中傷したという内容だ。現職は、それを訴えた。既に名誉毀損罪として刑事罰は確定していて、今日報じられたのは、精神的苦痛等に対する損害賠償請求のことだ。
 僕は、訴えた現職も、訴えられた元職も、よく知っている。訴えたのは、彼が市議会議員の時に、同志として一緒に活動した仲だ。歳は僕より若いが、今でも、最も信頼をおいている政治の世界の先輩である。
 一方訴えられた側も、かつて市議会議員であった。彼が1期目の時には、同じ無所属議員として、一緒に視察にも行ったことがある。 
 将来を嘱望されていた人間だった。少なくとも、ネットで匿名で人を中傷するような人間には見えなかった。それだけに、ショックは大きかった。
 今回のケースは、一方的に元職が悪い。庇うことはできない。言い逃れすることもできないだろう。政治を志す立場としては、致命的な汚点となる。
 ただ、個人の問題とは別に、根底にあるのは、今のネット社会である。名前を隠して、平気で悪口雑言を投稿する。裏付けも無いことを、あたかも事実のように主張する。それを信じ込む人間もいる。そんな現代社会に首を傾げざるを得ないと感じているのは、決して僕だけではないだろう。
 Facebookは素性を明らかにしているから信用出来るという人もいる。果たして本当だろうか? 訳のわからない、写真だけを見れば美しい女性から、ときどき友達リクエストが届くが、ほいほいと承認したい気持を、ぐっと我慢している。
 僕のこのブログでも、時折、ご批判をいただいたことがある。それから逃げずに、必ず返信をしていたつもりだ。でも、1度や2度のコメント欄でのやりとりでは、納得頂けなかったこともしばしばある。そんな時は、「直接会って話をしましょう」と呼び掛けた。でも未だかつて、一度も話し合いにいらした人はいない。  
 Facebookでも、本名を名乗って、明らかに僕の指しているような批判的な投稿を書いている人がいる。お互いよく知っている人なのに。何で面と向かって箴言に来てくれないのだろうかと思う。
 結局、ネット社会とは、”陰口”を”権利”だと勘違いする人間を、大量に産み出しているのではないか。あるいは、”正論”ですら人前で話せないような人間を、単に増産しているだけなのではないのか。
 別に、全世界に発信させなくてもいい。近くにいる人たちと、腹を割って話をすることができる、そういう人間関係を築きたい。
 なんて、ネット万能社会に疑問を感じながら、今日もポツポツと、このブログを更新している自分がいる。(8690)