津軽厚志会という一般財団法人がある。弘前の礎を築いた津軽家の遺徳を後世に伝えるとともに、今は東京にお住まいのご当主に代わって、祭祀及びご廟諸の維持管理を行なうことを目的とした団体だ。
 毎年、7月5日には、革秀寺で藩粗為信公の法要、7月14日には歴代藩主の法要を執り行っている。その他、10月8日の大浦光信公慰霊祭、10月18日の高照神社大祭への参列も、毎年行なっている。また、津軽家ご当主が弘前に来られる時は歓迎会を行ない、親しくお話をさせていただく機会も設けている。これらのことは、これまでも度々、このブログでも紹介してきた。
 その厚志会が、この度、初めての試みとして、歴代藩主正室の法要を行なうことになった。勿論、長勝寺のご住職とも相談の上でだ。僕は、会の庶務担当理事として、その連絡係のような役をしている。
 昨日、この件で、法人の理事長から電話が入った。「明日11時から、長勝寺打ち合わせをしたいから来てくれないか」というものだった。実は、いくつか予定もあったのだが、お役目もあるので、二つ返事でOKした。
 そして今日、10時50分くらいに到着した。ちょっと早かったかな?と思いながら、山門の前で理事長を待った。
 ところが11時になっても姿が見えない。ひょっとして先に来て、中で待っているのかもしれないと思い、僕も庫裡の中に入って、住職に声をかけた。「あのー、今日、ここで打ち合わせがあると聞いたんですが?」
 住職は怪訝そうな顔をしている。不安になって理事長に電話をかけた。そうしたら、まぁ、僕の早とちり。「長勝寺のことで打ち合わせをしたいから、(理事長の事務所へ)来てくれないか」という話だったのだそうだ。あわてて引き返したが、15分ほど遅刻をしてしまった。
 津軽弁で”おっちょこちょい”のことを”チャカシ”というが、僕のチャカシっこぶりは筋金いりだ。子どもの頃は、「お釈迦様」ならぬ、「オチャカ様」と呼ばれていたくらいだ。
 古寺今日も、子どもの頃からのその性格が禍いして、貴重な時間と余分なガソリンを浪費してしまった。でも、お陰で、晩秋の名刹の風情を、僅かながら味わうことができた。
 こういうのを怪我の功名とでも言うのだろうか? どんな事態になっても、自分にとっていいようにいいように考えるというのも、僕の長年培ってきた人格一つなのである。これは、決して悪いことでもないとは思うのだが・・・(6879)