東京2日目の夜。今日は、大学時代の同期の友が集まってくれた。一人は、昨年、弘前でクラスターが発生する直前になって、弘前に遊びに来てくれていたが、あとの連中とは、3年ぶりくらいの再会だった。
     大学の同期と言っても、ゼミだとか、厳しい合宿を行なっていた体育会のOB会ではない。見るからにソフト(軟弱?)な、サークル仲間だ。その時の付き合いが、卒業後でももう40年以上も続いている。このことが何より有難い。
     サークル名は「芸能音楽研究会」という。根本的には、アイドルの追っかけといったノリで僕は入った。当時は、東大生が山口百恵を担ぎ上げたりして、1970年代アイドルの最盛期だった。「明星」や「平凡」を購読していた僕にはうってつけのサークルだった。
     いやいや、たんなミーハーの集まりではない。「キャンパスアイドル」という機関紙を発行していた。レコード会社を訪ねては、近々デビューする新人タレントの情報を集めて、今でいうところのフリーペーパーを創っていた。
      自ら、イベントも行った。荒井(当時)由美、アリスなどのコンサートを主催した。興行的にうまくいかず、その赤字補填のために、夏休みも帰省せず、アルバイトにあけくれた年もあった。
      一番大きかったのは、「学生音楽大賞」だったであろう。都内の相当数の大学にアンケートを依頼して、その年最も学生に支持された楽曲を選ぶというもものだ。栄えある第一回の受賞曲は「木綿のハンカチーフ」であった。その発表は、オールナイトニッポンを借り切っておこなった。準備から何からで、丸2日間眠らなかったのは、後にも先にも、あの時だけだ。
     などと、大層なことを言ってみても、基本はアイドルの追っかけだ。サークルに入っていたおかげで、キャンディーズのコンサートのアルバイトもやることができた。
     「私たち、引退します。と言った、あの日比谷野外音楽堂の時も、ぼくは最前列で場内整備をしていた。押し寄せるミーハーたちを、体を張って押しとどめていた。
     その時以来の仲間たちが、僕の上京に合わせて集まってくれる。これほど嬉しいことはない。かといって、僕に無理矢理話を合わせてくれるわけでもない。皆、それぞれに、勝手に話をしている。墓じまいとか、健康診断だとか、話題は爺くさくはなっているが、会話の雰囲気は、学生時代に、道玄坂の焼き鳥屋で酒を酌み交わしたときと、あまり変わっていない。それが何とも心地いいし、この上なく楽しい。
     つくづく思う。人間にとって、最も大切な財産とは、お金でも不動産でもなく、一生続く友達なんだろうと。(6626)