いまきしょうじ(今城昭二)の書道・篆刻ブログ

書道・篆刻歴47年。書の指導と篆刻を職業としています。陝西師範大学兼職教授、西安培華学院(大学)客座教授、西安中国書法芸術博物館顧問等。海外も含め個展開催30余度。海外旅行60余度。一年のうち30日あまりを海外で過ごす。書道・篆刻を中心にほぼ毎日書いています。

率 意 性

変換~IMG_0318     近所の寺の石仏
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   率意という言葉はいろいろな解釈があるが、ここではその場で意の向くままに書く(刻る) という解釈で話を進めていく。書くときに頭の中で構想を練り、紙に向かって書きだす。中国では一般的であり、日本でも書家と言われるレベルの人は日常に行っていることである。

  一点書くのに何十枚も書くのは、本来学生や趣味でやっている人のやることである。学習(練習)は作品を書く前にやることで、作品を書くにあたっては2-3枚までにした方が自然の書ができる。展覧会出品作も同様である。

  蘭亭序はあとで何枚も書きなおしたが、最初の書に勝るものはできなかったという。王羲之ほどの名人でさえそうなのだから、凡人も最初の書が一番よい可能性があることに気付くべきである。

  展覧会出品にあたって100枚書いたとか、200枚書いたとか聞いたことがあるが、書の作品制作を、小学校の習字展覧会に出すことと同じレベルに考えている人としか私には思えない。私があまり展覧会を見に行かないのは、技術鍛錬の成果の作、作為の塊の作が多いからというのも理由の一つである。

  中国人は印を刻る時、簡単な草稿を筆で書いただけですぐ刻り始める。中には直接印材に刻り始める人もいる。それだけ事前に修練を積んでいるということである。

  日本の一部で行われているような、原寸大の緻密な印稿を描く人は皆無である。趙之謙や呉譲之のような
きちっとした印も、簡単な布字だけで刻ってしまう。

  この頃の西安にも、布字なしの即興で刻ったような印を刻る人がいる。トップの何人かがこういう刻り方をしているので、それをマネする人もいる。

  こういう印を好んで篆刻家に依頼する書家が西安にはけっこういるらしい。何枚も練習して書いたような書、原寸印稿を描いて推敲を重ねたような印はレベルが低くみられているような気がする。

  やはり書や篆刻には率意性が一番重要だし、率意性のある書や篆刻が中国人には好まれることは確かである。私には今の中国の書家・篆刻家は、日本の現代の書家・篆刻家の作品の傾向をかなり軽く見ているような気がする。これだけ日中間の往来が盛んになっても、日本の書や篆刻の作風をマネする人がほとんど現れないからである。

  それは日本の何十枚~何百枚書く作品、原寸印稿を描く篆刻など、率意性のない書や篆刻をマネしようとは思わないのだろう・・・

 近所に咲いていた花

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 都知事選の投票日が近づいてきた。私は千葉県民だが、3月まで東京都教育庁から給料をもらっていたので大いに関心がある。

 先日テレビの報道番組が特集を組み、3人を生出演させていた。あとは泡沫候補扱いである。20数名のなかで3人だけ出演させることがもう平等・公正さを欠いている。テレビ局による投票誘導である。

 3候補への質問がいかにもテレビ局らしい。(回答によって候補者の考えや性格がわかると説明)

「あなたは当選したら、舛添前知事のように、外遊にはファーストクラスに乗りますか?」

「あなたは当選したら、舛添前知事のように、外遊の時スイートルームに泊まりますか?」

「あなたは東京都以外に別荘を持っていますか?」  ・・・

 報道特集の番組でこんな質問を続けて何になるのだろうか・・・ こんなテレビ局の報道によって猪瀬さんや舛添さんは知事の座を追われたような気がしてくる・・・ (何度もテレビで繰り返されていると悪人に思えてくる)

 世の中の考え方を報道しているのではなく、マスコミが世の中の考え方を作っている(誘導している)と私は思っている。 ポケモンも報道を繰り返す(あおる)ことにより国民が踊らされ問題を大きくしている。


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文字の大きさ

変換~IMG_0319  近所の寺の石仏
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日本の現代の書作品と、中国の書との大きな違いは文字の大きさである。日本の現代書作品の文字が大きいのは、子どもの頃から半紙いっぱいに文字を大きく書いていたからだろう。

  中国は子どもも紙に字を小さく書いて練習しているので、画仙紙に書くときも、日本人が書くより文字は小さい。どれくらいの大きさかというと、明・清や民国あたりの書と同じ程度の大きさである。

  中国は伝統的な大きさを今も維持している。日本の現代書は、習字教室の延長の人は文字が大きく、中国の書を専門的に勉強してきた人は、明・清、民国あたりの大きさと同じ、現代の中国とも大差はない。

  古典の名品を見ると、だいたいは書いてある行と同じくらい行間が空いている。王羲之の蘭亭序、空海の風信帖などを見ても行間は同じように空いている。

  半切に2行、七言二句の紙を書いたときの文字の大きさを見ると、今まで勉強してきた書の程度がわかるような気がする。 文字が大きい人の書には小学校お習字の雰囲気の残る未熟なものが・・・ 。

  古典の臨書で学ぶのは1字1字の形ばかりではない。半紙に4-6字書いて練習していると書く文字の形しか見ない人が多い。書にとって重要なのは、全体の構成や雰囲気を学ぶことである。行間や前後左右との響きあいなども見なければならない。

  文字を大きく書いている人は、この辺りを学ばなかったような気がする。

 近所に咲いていた花

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 同じ古典作品を臨書しても、人によって違う書き方をする。それは学習(臨書)者に個性があるからではない。臨書に個性など入れる必要はない。忠実に学習(臨書)するのがよい。

 臨書者によって違いが出るのは、学習能力の差に他ならない。造形識別能力が劣るから、長い線を短く書いたり、細い線を太く書いたり、まっすぐな線を抑揚させて書くのである。

 似ていない臨書を個性と言っている人は、自分の能力の欠如を個性という言葉を使ってごまかしているだけである。臨書は造形も線も、行間や全体の流れもすべて学ばなければならない。ということは古典とそっくりなものが最上ということになる。


変換~IMG_0321   近所の寺の石碑
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稽 古 事

変換~IMG_0234     ハンコ彫り遊びする2歳10カ月の内孫
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  稽古事は3歳から始めるとよいと昔は言った。小さいうちの方が吸収が早いということなのだろう。私のやっている書や篆刻は稽古事ではないので、高校時代から始めても遅くはない。書や篆刻は学問や感性にかかわることが多いので、基礎的な勉強や経験を重ねてからのほうがよいと思う。

  お習字やハンコ彫りは3歳からでも始められる。孫過庭の書譜にも、基礎は若いうちに学んだ方がよいと書いてある。技能的なことを学ぶなら3歳でも可能かもしれない。

  筆で字を書いているという共通点はあるが、子どものやっているお習字と、高校書道科(目)で学習する内容はまったく違う。大人は書道を勉強した方が愉しいと思うのだが、小学生と同じ稽古事をしている人はけっこう多い。      


  書道の大まかな内容は、高校の書道科目の教科書を見れば一目瞭然である。教科書はどんな地方でも街の大きな書店で入手できるはずである。

  文字を正しく・速く・美しく書く書写(習字)は、文字を覚え始めるころから、街の習字教室に通って学習するのがよいだろう。また大人になっても正しく・速く・美しく書きたいと思う人は、街の習字教室に通って学ぶとよいだろう。

  書道を趣味程度にやりたい人は、街の書道教室に通って勉強するとよい。競書雑誌の段・級をとったり、展覧会に出して愉しめばよい。ただし専門的にやりたい、書道の先生になりたいと思ったら、単なる稽古事の延長ではすまない。

  書家と言うのは、野球で言えばプロの選手と同じである。草野球の選手とは違う。大学の書道科を卒業したくらいではまだヒヨコである。20年30年勉強してもまだまだ半人前である。

  今まで50年近く勉強し、この頃私は名刺などに 「書家」 「篆刻家」 と表記しはじめたが、まだ他人から笑われないか心配している。

 近所に咲いていた花

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 我が家は子どもが小さいころから習字教室で遊ばせていた。展覧会の時などは1-2時間指導したが、平素に勉強させたことはない。娘はキレイな字を書くが、息子の字は・・・

 子どもは親の背中を見て育つといわれる。書家の子どもが書をやるケースはけっこうある。我が家は両親が学校で書道を教えていた。娘は大学卒業後すぐに豪州にわたり、中・高の教員を5年、その後オーストラリア国立大学講師を7年、今年日本の大学に招かれて帰国。現在大学で教員をしている。専門は言語学である。

 私は子どもの頃、国を守る自衛官なりたかった。その影響はないのだろうが、結果として息子は私がなりたかった仕事をしている。

 孫を育てるのは息子や娘の責任で、お爺さんは気楽である。甘やかし放題である。先日も 「ハンコ彫りするか?」 と聞いたら 「ハンコ彫りする」 というので、印床、印材、印刀を渡した。

 『門前の小僧 習わず経読む』 というが、さすがは私の孫、ほる姿が様になっている。ほる時の印刀の角度もなかなか・・・ 私が過去に篆刻を教えた人で、初期段階で1番上手かったのは娘である。娘が2歳の頃にそっくりな顔をしている孫も、お爺さんのDNAを引いて・・・ (爺バカと言われそう・・)

変換~IMG_0237   ハンコ彫り遊びをする2歳10カ月の孫 
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晴れ舞台

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  誰でも一生に何度か晴れ舞台が来る。結婚式や葬式などは多くの人が経験することで、自分が主役になれる。展覧会で賞をとった時に、弟子たちが祝賀会を開いてくれる人もいるが、私の場合はどこからもそんな気配は起こらなかった。

  31歳毎日展初出品で毎日賞。3年連続受賞で4年目は会員になった。また40歳位で日本書道美術院に二科審査員として途中入会、数年後には最高賞の春敬賞(1名)をいただいたが、周りはほとんど無反応だった。

  個展は当然私が主役である。西安で4回個展を開いた。陝西省歴史博物館と亮宝楼で開いたときは、開幕式に200人以上西安の人達が来てくれたし、陝西省歴史博物館での開幕式には西安市長や陝西省書法家協会主席、副主席なども来てくれた。日本からも40人ほど来てくれた。

  もうすぐ66歳。これから何度晴れ舞台があるかわからない。葬式はやらないつもりなので、個展か本の出版しかないだろう。人生2-3回きりの花火では寂しすぎる。

  大きな公募展のシーズンである。賞をとって喜んでいる人も多いことだろう。とった時はみんなに注目されるが、その後は埋没してしまう人も多い。晴れ舞台を踏みつづけ、人々に注目され続けることは難しい。

  注目され続けるということは、評価され続けるということである。それには不断の勉強と努力が必要だということである。

 近所に咲いていた花

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 息子は4年前に入籍したが、披露宴をしたのは先週だった。2歳9カ月と10カ月の孫は、自分が準主役の会場雰囲気に緊張していた。披露宴中何度もおおぜいの招待客の前に出されてスポットライトにあたったからである。

 孫たちが主役でスポットライトをあたるころには、私は老衰で死んでいるかもしれない。とにかく健康で幸せな人生を送ってくれることを願っている。 


 他人が注目してくれないから、注目してほしいとブログを書く。安直な発想である。ただブログは両刃の刀で、評価を上げる人と下げる人がいるような気がする。書くからには内容をよく考えなければならない。

 私はブログを6年以上書いている。今までの累計訪問者数は207,721人である。全盛期? は毎日訪問者150人位、アクセス500位だったが、今は3割位減っている。内容がつまらなくなっているのだろう。

 内容の充実を図りたいと考えているのだが・・・ 訪問者が100人を割る日が続いたら廃止を考えたい。読みたいと思う人のいないブログを書いても致し方ない・・・



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摹刻課題

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  書道では初歩の臨書する古典がほとんど決まっている。これは高校の書道教科書に載っている古典が多い。書道界で習われているから載せているのか、教科書に載っているから習っているのかはわからないが、多分前者であると思う。

  教科書の編著者で実際にかかわっている人は1つの出版社で5-10名位だろう。みな実際に大学や高校で書道教育にかかわっている人や書家である。書家と言っても日本はほとんど弟子の指導が仕事なので、こちらも教育者と言ってよいと思う。

  10年20年単位で教科書を見てみると、必ずいつも出てくる古典は半分くらいで、残りの半分は微妙に変わる。みな名品に変わりはないが、この残り半分は編著者の嗜好や、時の権力者の作風や好みが影響しているように思う。

  例えば今は、雁塔聖教序の線を抑揚して書く臨書例がよく載っている。日本の戦前や中国にはこういう書き方をした例はほとんどない。これはこういう書き方をした数名の権力を持った書家の影響である。たぶんあと50年もたったらこういう書き方(臨書例)が教科書に載ることはないだろう。

  私は高校時代西川寧先生の弟子に教わった。西川先生の好む楷書は張孟龍碑、隷書は乙瑛碑である。また大学で教わったのは石橋犀水先生で好む楷書は高貞碑、隷書は張遷碑である。

  先生の存命中や直弟子の活躍していたころはよく教科書に載っていたが、今はあまり載らなくなった。編著者の好みによって教科書に掲載する古典作品が動いているということである。

  篆刻はというと、書道のように摹刻・鑑賞する古典がまったく決まっていない。私が教わった保多孝三は秦・漢重視なので、近代の篆刻にあまり重きを置かない。呉昌碩や趙之謙などを主にしている人とは全く好みが異なる。

  いま4社が高校の教科書を発行している。各教科書とも篆刻を専門にしている編著者が1人いる。各教科書ともこの1人の篆刻家の好みで教科書の内容は左右されるのであろう。

  私も30年前から9年間教科書の編著者をしていた。篆刻を専門とするものは私1人だったので、篆刻の単元については他の編著者や編集者から、私の書いた原稿に対して記述や印影の変更を求められたことはなかった。

  印を刻る工程も、中国でずっとおこなわれている方法、日本の戦前や保多孝三なども行っている方法を採用した。原寸印稿を作らない方法である。今の教科書は日本の戦後に流行った原寸印稿を描く方法だが、これがいつまで存続するかはわからない。私の推定では原寸印稿を描いている人達は、世界の篆刻人口の5%くらいであろう。(90%を占める中国では原寸印稿を書かないし、多分日本でも半分はいないだろう)

  当然教科書ごとに鑑賞印影の傾向は大きく異なる。今の教科書に載っている印影は、私なら絶対使わないものが多い。(もっと適切なものがたくさんある)

  篆刻の勉強は秦・漢の銅印や、清・民国など近代の篆刻家の摹刻・鑑賞から始まる。公募展中心で先生の印のマネだけしている人には言っても仕方がないが、篆刻を学ぼうと思うなら先ずどんな印を主に勉強するかを慎重に選ばなければならない。

  古来より篆刻の学習では 『秦・漢を手本とせよ』 と言われている。いろいろ出版されている書籍には数万の秦・漢の印が載っている。その中のどれを摹刻・鑑賞するかは自分で決めなければならない。初学者がこれを適切に決めるのは難しい。

  篆刻が独学でものになる人が少ない理由の原因の第一はこの手本の選定ができないからであろう。ハンコ彫りは篆刻家よりハンコ屋さんの方が上手い。ハンコの彫り方なら近所のハンコ屋サンに教わればよい。篆刻を勉強しようと思ったら、書道や文字学などの学問に通じ、 感性の優れた人に指導を受けるのが一番である。 

 近所に咲いていた花

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 パソコンで 『もこく』 と引くと 『も刻』 と変換される。『模刻』 と表記する人は、模倣して刻るから 『摸刻』 と書くのだろう。中国語の翻訳機で 『もこく』 と引くと 『摹刻』 と変換される。摸刻とは不勉強な日本人の一部が使い始めた造語なのだろう。

 篆刻は中国から伝わったので、専門用語は中国語(漢文)が多い。中国の篆刻関係の本はすべて『摹刻』と表記されている。もちろん日本の専門家が書いた篆刻の本にも『摹刻』と表記してある。

 指導するときや文章を書くときに『摸刻』と表記したのでは、その勉強してきたレベルがわかってしまう。『関防印』と言う人も同じである。篆刻家が書いた本にはみな『引首印』と表記されている。『関防印』とは明代に使われた長方形の大きな印のことだからである。『関防印』と言っている人は、篆刻の専門書など読んだことがないのだろう。

 私は中国語ができないので、西安の大学で講義をするときは、日本語学科のベテランの先生が専属の通訳としてつくことになる。大学なので1年間実技だけを教えるわけではない。当然理論的なことも半分以上やらなければならないだろう。

 専門用語や内容は日本も中国もそれほど変わらないので、この50年間学んできた知識や経験で何とかなるだろう。それは18歳で保多孝三に師事したころから今日まで、絶えず中国の専門書もパラパラ見てきたからである。(読んできたとはとても書けない・・)


 パソコンで 『摹』 を出すには、4画の 「手」 偏で検索すればよい。
 
手 承 拏 拜 挙 拲 挈 拳 挐 拿 掌 掣 掔 揅 搿 搴 撃 摯 摩 擎 擊 擘 擧 擪 攀  擥攣 挲 揫 𢪸

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