今子青佳

2018年04月

先日、師匠に私のこれまでの展示会のことがバレました。
書の世界は、基本的に師匠に言わずに(許可を得ずに)作品発表すると破門になります。(書道会や師匠にもよります)私の周りでは、作品を積極的に発表している人がいません。だから、師匠に言っても「あなたはまだ早い」と言われると思っていました。

書の世界は今、閉鎖的です。例えばすごい大家(と言われている人)の作品と素人の作品を、名前を隠して並べて見て、誰もが大家の作品を素晴らしいと思うでしょうか。それが、分かれるから、段位があるのだと思っています。 大きな展覧会に出品する時もお金がかかり、受賞すればまたお金がかかり、もちろん作品の表装にもお金はかかります。受賞の枠も、団体ごとに決まっていることもあります。だから公募は受賞しづらかったり。
それは「悪いこと」であるとは言い切れませんが、書が発展しにくいこと、一般には敷居が高いと思われがちなことにも繋がると感じています。

だから、私は組織ではないところで作品を発表したかったのです。破門になってもいいと思っていました。 

しかし師匠に本当にバレて、「とりあえず家に来なさい」と言われ、もう、気が気ではありませんでした。
私の書道生活で二人目の師匠でしたが、小さいころから書を教えてくれ、 今の師匠だからこそ、ここまで続けてこられたし、書以外の部分でも、生き方を教えてくれる、寺子屋のような居場所でした。子どもたちもたくさん通う、みんなが集まりやすく親も安心できるような、本当に素晴らしい師匠と環境だったのです。
そのひとつの居場所が、師匠との関係性がなくなるのは、自分のせいではありながら、堪えられないほど苦しいことだとやっと痛感しました。あまりにも自分勝手でした。

師匠はいつも通り明るく振る舞ってくれましたが、それがかえって淋しく、私は泣き崩れてしまいました。
「どうしてそんなことをしたの?」と先に聞いてくれる師匠は、本当にいつでも「教育者」だなと感じました。
私の思いを、理解してくれました。
「これからは作品を持って来なさい。」と。
「意見はするかもしれないけど、決めるのはあなたの自由だから。」と。

素晴らしい師匠についていたんだなと心から思いました。この師匠のために、私はもっと頑張らなきゃいけないな、とも思いました。

これからもついていきます。これからも、よろしくお願い致します。 

会場で、テーブルのガラスの下に飾らせて頂いた作品たち。

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記号に見立てた「桜」「さくら」「サクラ」を散りばめた作品のカラー版。桜の木にみえるでしょうか。

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「桜酒」という言葉はたぶんないと思います。イメージは、桜の木の下でみんなで集まる「お花見」のお酒、ではなくて、少人数で飲みたいお酒。私は人ごみが苦手ということもあるんですが、わあっとみんなで集まるお花見はしたことがありません。かといって少人数でのお花見もそんなにしたことはないのですが。木の下で、ゆっくり、静かにお酒が飲めたら楽しいだろうな、と思います。

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花より団子のような、桜餅っぽい桜。紙にシワがよるのは、水彩絵の具だとこうなります。くしゃくしゃっとなる。絵の具によって変わる紙を選びながら書くのも楽しいです。

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雨に濡れた桜。こちらは油絵の具で。雨は好きです。桜が散ってしまう、とよく言われますが、その様は本当に美しいと思います。ただ散るよりも、雨の中で濡れそぼった花びらが地面に敷き詰められていくのは、ずっと見ていたい。たまに、窓硝子に貼りつく桜もあったりして、泣いているような、踊っているような、そんな感じがします。

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青空に桜がそっと映えればいいなと思って書いた作品。私の名前に「青」が入っているから、なんだか自分を強調したような作品になってしまいました。「青」の字にいろんな形があるように、文字ひとつとっても、だれが書いても、また別の一文字になります。だから、同じ字は二度と書けないんだなと感じます。

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梶井基次郎の「桜の樹の下には」より
今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする

あの有名な「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」から始まる、屍体と桜の関係の話。青空文庫にもなっているのでぜひ。何度も読み返したくなります。話の内容とはかけ離れますが、この文章だけを考えた時、大勢のお花見に行ったら、こんな気持ちになるかな、と思ってお酒を飲みながら書きました。次の日、これを書いた記憶はありませんでしたが。作品が丁寧に置かれていたので、「書けた!」と思ったのでしょう。

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坂口安吾の「桜の森の満開の下」より
彼は始めて四方を見廻しました。頭上に花がありました。その下にひっそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。外には何の秘密もないのでした。

終盤の文章です。内容は梶井基次郎の「桜の樹の下には」と似ているかもしれないけれど、こちらの方が読み物として好きです。前者は言葉に意味が凝縮されている感じ。後者は物語と言葉を通して、読み手に感情の移り変わりを残していってくれます。つっこみ所も満載ですし。面白いです。絵本にもなっていて、うっとり読むこともできます。こちらもぜひ全文読んでみてください。

「それだけのことです」がこの作品の中心です。「それだけ」が「すべて」に置き換わるような静けさとちょっとした主張を書きました。

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瀬戸夏子さんの短歌「ひたすらいちめんの自画像に揺れる真夜中さくらのおもたさ彼女の重さ」

横書きは縦に書いてもOKでしょうか。どうでしょうか。読めないかな。



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DMからの写真ですが「夜桜」。素敵なDMを作って下さったオザワミカさん。いつもありがとうございます。夜に見たい桜を書きました。溜まるような碧さが、桜に映るような情景を想像しています。満開の桜を夜見ると、雪が積もっているようで、それを見に、暖かい夜は散歩したくなります。



テーブルに置かせてもらったので、お客さんがいて見えなかった、という方もいました。カフェでやると、こういう課題が出てきてしまいますね。すみませんでした。この場で、こんな作品だったんだと見て頂ければ嬉しいです。

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記号に見立てた桜について。

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「桜」「さくら」「サクラ」で散りばめました。

言葉が目の前にあったとき、私たちは基本的にその文字がなんて書いてあるかを読み取ろうとします。例えば、Tシャツの背中に筆文字で書いてあるような文字とか。その字体を見て、「いいTシャツだね!」とはなかなかなりません。漢字にそもそも意味があるからでしょうか。それが悔しくて、文字が視覚的に訴えてくれるように、この作品を作りました。

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作品を書きあげた時、近くで見ていた母は「娘が狂った…!!」と思っていたようです。そうか、狂ったように見えるのか。これからは母がいない時に書こう。 
 

この作品を目の前にした人からは「桜って女って字が入っているんだね」とよく言われました。この時点で思惑通りではないのですが、逆の文字の分解として見てくれた人もいたようです。面白いですね。

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そうなんです。「桜」って女が入っているんです。もともと木へんに貝ふたつ、の下に女の「櫻」でした。ここでの女は首飾りの意味があるようです。首飾りのような実がなる樹、という成り立ちの一説がありました。確かに。八重桜はそう見えるかもしれないですね。

 

今回のテーマが桜だったので、書く前に少し桜について勉強しました。私たちがよく見る、一気に満開になって一気に散る桜は「ソメイヨシノ」という種類の桜。接ぎ木で増える桜なので、いわば「クローン」です。私がもともと桜が好きじゃなかった理由はこれでした。全ての桜がわぁっと咲く姿がなんだか気持ち悪くて。早く散ってほしいなぁと思っていました。だからいろんな種類が集まった桜の群の方が好きです。特に八重桜は可愛らしい。

 

そのいろんな「花」も一面に書きました。

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これは先日亡くなった祖母を思って書きました。見に来てくれた人からは「春らしくていいね」と言われましたが、祖母が花に囲まれている実際の記憶を作品に表わしました。だから、ある種気持ち悪いと思う人もいるかもしれません。空白の部分に祖母がいるイメージ。華道の先生だった祖母に贈る作品です。

 

もうひとつ記号の作品。

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これは長めのYシャツに”fold” “flow” “flower”を書きました。服の生地のシワがなんだか美しくて、シワの意味のfoldから書き始めました。そのシワに乗って、花が流れていけばいいなぁと思いながら。向かって左側にしか書いていないのは、人の体って左右対称でないから。心臓があるのは、たいてい左側だから。だから、心臓部は空白。
 

墨で書いてしまったので洗えません笑 
ぼろぼろになるまで着て、捨てて頂くしかありません笑 
今度は専用の染料で書きます。

 

私たちは言葉で生きています。言葉があるから認識できます。人間は認識できないものに、名前を付けて認識してきました。皆さん一人ひとりに名前がある。その名前が皆さんであることの、認識できることの根拠であるなら、それって少し違う気がします。でも、私たちと私たち以外の境目って、その名前の違いでしかないのかもしれない。


あるものがあるのでしょうか。ないものは不確かだからないのでしょうか。この話になると、死後の世界の話になりがちですが、芸術の世界でもあり得る話だと思っています。

 

デザインによらず、文字や言葉の芸術を作ることが私の目標です。

毎回、瀬戸夏子さんの短歌を頂いています。彼女は、自分の言葉だけれど、どう書かれてもいいし、見るのが面白い、と言って下さるので、いろんな試みをさせていただいています。その自由さと嬉しさが表立って出てしまいました。

 

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2枚でひとつの作品。 
全文ではないです。


全文はこちら。


三連ならんだほくろのように慎重に
パーティーは、すごくありがたいかもしれないけれど
しかたなく魔物の顎をなんども撫でている きつねとたぬきの化かし合いだ
サンドウィッチを噛んでいると耳のなかで火花がみちる
奇跡的に生還したことがよかったのかどうかはわかりません
たしかに腹の立つ衣替え 季節風の影響で桜の開花は年々はやまっている
触覚がふるくて汚い台所を思う 見えず 砂糖がこぼれて
ピグレットのCカップ パーカーのフードの根は姿勢よく伸びあがって
下手をすれば片道1時間だし、もう1ランク上でなければ眼中にないと
筋肉が透明な束になり脂肪がたくさん花開いている
すっかり立派になったそこの掲示物には手をふれさせないでください
そういえば ずっとねむっている猿 ほんとうに手のかかる島だと思う
うしろから入門していくと ときどき専用の石鹸のせいでくしゃみが出る

 
つつぬけの縞模様と水玉模様を夜空から一気にひきずりおろして
くまのプーさんがわたしに進化したように しあわせになる権利のことなどを





こう文章があるとして、イメージ的には

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「ココ!」の四角い部分を切り取って書いています。だから、作品の紙の周辺には言葉があります。2枚目の後半部に余白がたくさんあるのもその余韻というか、「周辺」を残したかったためです。この作品を気に入って下さった方からは、この説明を関係なく、視覚的に面白い、と言って下さる方が多かったです。有難い言葉です。

 

この瀬戸さんの短歌の間に、在原業平の「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」を置きました。

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瀬戸さんの現代の歌を割り込んで入って来る在原業平。いや、瀬戸さんに取り囲まれてしまった在原業平。どちらでしょうか。

 

これはスタートの「世」は同じ左上からですが、横書きに右へ進んでも、縦書きの下へ進んでも、どちらも同じ短歌です。縦書き、横書きによって言葉の印象は変わります。皆さんも、書きやすい・書きにくいはあるんじゃないでしょうか。縦書きの方が思考しやすかったり、横書きの方が親しみやすかったりします。その無意識をちょっと遊べないかな、と思って書きました。

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この縦書き横書きのごちゃまぜはもう一つ。

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ねがはくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月の頃

 

西行の歌です。有名な歌なので縦横操作してもいいかなと思って、まったく読めないレイアウトにしました。原文があれば読めるでしょうか。最初は横書きから、途中の「春死なむ」から縦書きに変わります。

短歌をもうひとつ。

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風に散る桜の花弁はこおりおに春の訪れ触れて知らせる
音無洵

可愛らしいような、清々しいような、他の季節では感じられない暖かさを書きました。こちらは中心にどんっと書いても、言葉が爽やかだから、その雰囲気が残るだろうと思い中心に置いています。写真では分かりづらいですが、少しずつ色も変えています。「触れて知らせる」がすごく好きで、でも本当に触れちゃいけないんじゃないかと思って、ぽろぽろした感じにしました。

音無洵さんという方から頂きました。大々的に活動してらっしゃる方ではありませんが、これからの歌もとても楽しみです。

最後に俳句を。

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「影は滝空は花なり糸桜」という千代女の俳句をスカートに書いています。糸桜は季語。しだれ桜を意味しています。縫い目の糸に絡めてこの俳句を選びました。

服に書いてみたいと前から思っていたので、今回書くことがとっても楽しかった。でも書きなおしがきかないからいつも以上に緊張します。ファッションに絵のデザインはあるけれど、文字のデザインはあまりない。アルファベットはよく見かけるけれど、日本語は本当に少ない。様にならないのでしょうか。新たなデザインになればいいなと思っています。

詩人の最果タヒさんの言葉たち。
 

最果タヒさんの詩は以前から大好きで、いつか書きたいなあと思っていました。
第四詩集の『夜空はいつでも最高密度の青色だ』は映画化されましたし、詩集も対談集もたくさん出版され、書店でもよく特集されている、今最もホットな詩人さんです。

 

『千年後の百人一首』
著:清川あさみ+最果タヒ 
出版社:株式会社リトル・モア

この本は皆さんの知っている百人一首を最果さんが現代語訳した詩集です。清川あさみさんの刺繍もとっても素敵で、好きな時に好きなページをふと開いて読みたくなる、手元に置いておきたい詩集のひとつです。

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花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり

 

わたしの庭の桜が、嵐に誘われて出て行こうとしていた。

はなびらがさよならさよならと剥がされて、花は壊れる、花は散る、

それでも風のようには浮かぶことはできなくて、

ぱらぱらとめくれながら、あきらめのように地面へ降りる。

花びらは、雪のように、しろく、曖昧に変わっていった。

 

ほんとうは、それがわたしの瞳から溢れていく時間だとわかっていました。

すべては過去になっていく、

わたしのすべてもまたこわれ、散って、残るのは古びた幹だけだ。

雪と、言いたい。

一瞬で溶ける雪になら、過去も未来もないだろう。

降り注ぐわたしだったもの、雪のようで美しいと、今だけでも、言いたかった。

 

 

今回の展示で一番大きな作品になりました。

白い大きな紙3枚に全文を。同じ言葉を黒い紙2枚にも書いています。

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白い紙には指で書きました。黒い紙には白い油絵の具で、筆で。

最果さんの言葉を読んだ時は読みづらかったんですが、書いてみると次々と書いていました。彼女のラジオを聴いた時に、詩を一気に書きあげる、とおっしゃっていたので、そう書いてみたい気持ちが勝ったのかもしれません。
でも、読んだ時よりも言葉が私の中に入ってきやすかった。解釈はもちろんたくさんありますが、私はこの詩が前向きで強い印象を受けました。今を自分が生きていることの、誰かに向けたメッセージだと。過去にとらわれず、未来を悲観せず、ただ今の延長であるからこそ、今を生きたいという、ある日の日記のような感じ。
 

この作品を直視できない、という意見を言ってくれた方がいましたが、もしかしたら私の解釈の反対を見通していたのかもしれません。だから、同じ言葉を白黒反転させて書きました。レイアウトは違いますが、それは感情が逆だから、かも、しれません。

 


もうひとつ。
 

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久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ
 

風よりも露よりもゆっくりと、

ひかりが雲から落ちてきていた。

こんな日に、

どうして桜の花は拍手のように、

ぱらぱら急いで散ってしまうの。

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紀友則の歌です。

百人一首で一番最初に覚えた歌でした。これはどうしても書きたかった。
 

この詩を何度読んでも、片想いの女の子の言葉に読めて、少女のような雰囲気を出したかった。だから淡い油絵の具で書いています。油絵の具だと、水彩絵の具と違って、絵の具の周りにシワができないんです。油染みができて、紙自体はまっすぐになります。その素直さも表わしたくて油絵の具にしました。

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書き終えて作品を離れて見た時、想像以上に可愛くて、毒がなくて、自分で恥ずかしくなりました。「わーっ」って言ってしまいました笑
こんな作品を私が作ったなんて、信じたくないような笑 
新たな一面が見えた作品になりました。

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以前、アーティストの誰かが「不幸でなくても作品はできる」と言っていました。すごく心に止まっています。もしそれが本当なら、優しい感情や素直さを全面に押し出しても、良い作品になるでしょうか。

 
詩って、いいですね。
「詩を書かないの?」とよく言われますが、うーん…書けません。
どうしてその言葉思いつくんだろう、という言葉が、詩集を開くと無数にあって、果てしないな、とくらくらします。叶わないな、と思います。だから、「叶わない」ではなくて、詩ではない自分の言葉というものが何か見つけられたら、それが結果的に詩になっているのかもしれません。でもそれはまだまだ先かな。

うわ、すごい、と思わせてくれる詩人さんたちを尊敬します。最果さんはそのひとり。今回書かせて頂けたこと、心より感謝しています。ご協力頂いた方々、本当にありがとうございました。
 

最果さんが、どこかで見ていてくれたらいいなぁと思います。彼女の小説もとってもおもしろいです。引き「ずり」込まれます。 ぜひ。 

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