今子青佳

2018年05月

書の作品を作るときに自分の言葉ではなくて、誰かの言葉を書くのは、
「自分の気持ちや考えていることを知られたくない、わかってもらいたくないと思っているのでは」と言われました。
 

そうなのかもしれない。
きっと、そうなんだと思う。
 

どうせわからないでしょう、と思っているからだと思う。
わかられたら、陳腐になってしまうと思っているからだと思う。

前はすごくおしゃべりだったんだけどなぁ
よく自分のことを話して、よく笑って、よく怒って、暑苦しい元気印だったんだけれど。
いつのまにか自分のことを話したくなくなって、にこっとしていればいいかなって思って、それが楽しかった。もちろん、今もそれが楽しいんだけれど。

だって真面目にばかり生きていられないし。
乱れたっていいじゃないと思うけれど、それを考える時点で真面目ではあるけれど。

唐突ですが、私は普段公共図書館で働いています。図書館員はやはり本好きな人が多くて、文学者が多いです。
「子どもの頃どんな本を読んでたの?」と聞かれますが
「辞書が好きでした。」
と言ったり言えなかったり。

あんなに文字が書いてあって、さわり心地がとってもいい書物他にあります?!
漢字ドリルの中に「時間」が出てきたから辞書で調べてみたら
「(まぁいろんなことが書いてあるのに結局)とき(と同じ)。」
って書いてある。
じゃあ「時(とき)」を調べたら
「(同上すなわち) 時間に同じ。」なんて書いてある。
もう「は?」としかならないし、
同時に「時間」と「とき」の仲の良さをぎゅっと知れた気がしてドキッとする。
それが楽しくてずうっと辞書をぺらぺらしていました。
そのうち調べたい項目と見返すための挟んでいた自分の指が足りなくなってきて断念するんだけれど。

だから、辞書が好きです。

それなのに、最近
「今子は言葉足らず(=説明不足)だ」
とよく言われます。
どうしたもんでしょう。

自分のことになると分からなくなる。
し、言いたくなくなる。し、
結局は分かりたくないんだと思う。

おかしいなぁ

 

思っているより、苦しい真っ只中の時に助けてくれる人が多いことに、最近になって気付きました。思い悩んでいる時、なかなか人に打ち明けられないタイプ。です。

でも、あまりにも、今後どうしたらいいのかわからなくて、微量としてあった自信を削がれたことがあって、人と会いたくないし、電車も乗るのが怖かったり、もはや朝お布団から起きるのも億劫だったり。五月病とかいうやつでしょうか。GWの休みは無かったけどね。そんな風に鬱鬱していた時、あまり人に言えないタイプなんですが、言ってもいいのかな、助けを求めてもいいのかな、と思って、えいっと話してみました。怖かったけど。

拙い私の言葉をどうにか汲み取ろうとしてくれる人たちがたくさんいました。
すごい。

どうして。

こんなにも優しい人が、元気をくれる人が世の中にいるんだと、心底驚きました。26歳だけれど、まだ26歳だけれど、もう26歳という自覚があって、これまでの時間が長かったなと感じています。10代の過ごす時間は長いもの。(『Short Term 12』みたいに、あの時の記憶は、大人になっても、ある。)

悩みを打ち明けるにしても、直接会うことが苦しくて、言葉のやりとりだけで、救ってもらいました。言葉の力。伝わるんですね。助けてもらえるんですね。何度も読み返すたびに、慰められて、涙が出たりして、その時、元気になったりして。言葉だけれど、言葉じゃない部分もきっとあったんでしょうけれど。でも、言葉の力をひしひしと感じました。胸がふくらんだり、しぼんだり、膨らんだり。今は、膨らんだままです。

話は少し飛んで、「生きる意味はなんですか」と聞かれたことがあります。
そんなこと知らないよ、と思いながら、何年かかけてみつけたその答えは「一緒に生きた人たちの、その時間を虚無にしたくないから」でした。
誰かの、私と一緒に生きた時間は、その誰かの記憶の中に「私」がいて、「あなたに生きていてほしい」と言った張本人の私が死んでしまったら、その言葉が虚構となってしまうから。
だから、その時間が全てだから、今まで生きてきた時間が、道のりが、私の証です。私ではない人がいて、初めて生かされています。

今が苦しくても今が一番幸せだろうなと思うし、本当にそうなんだと信じています。生まれてきてしまったから、何か残したくて、生きているわけですけれど、みなさんはどうでしょうか。 

人はどこまでも一人かな、と思うけれど、背中合わせで誰かと繋がれていたら幸せだろうな、と感じます。暖かい気持ちとともに、作品を作っていけたり、発表出来たり、皆さんにお会いできればと思っています。 

2018-05-01-17-26-12

黒部市にあるたいまつのデザインの灯台。岡本太郎の絵のような炎でした。
このたいまつには由来があるそうな。日本でない場所で生きる人の希望となり、命も救った生地(いくじ)の灯台。シルエットもかっこいいんですけれど、朱色がとってもかっこいいんですよ。

私のまわりにはこのたいまつがたくさん、たくさんあります。

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