今子青佳

2019年06月

この間読んだヴァレリーの『テスト氏』の中に衝撃的な一文がありました。
「・・・わたしが、わたしの身体と呼んでいるものは、たくさんの発見が生み出した果実なのだ!」(エンマの日記より)

フランス人との魂をテーマにしたコラボレーションや、先日聞いた最上和子さんと押井守さんのトークイベントから、魂や身体の区別について考えているのですが、なんとなく、このヴァレリーの一文で納得がいきました。

私は大学生の頃に哲学科を専攻していたこともあり、卒業論文が新興宗教だったのですが、魂だとか意識についてかなり外側の、現代に生きている私たちの生き方といった部分で、以前から興味がありました。でも、やはり納得はいっていなくて、生きながら、それが何なのかを自分で悩みながら考えるしかないのだと思っていました。

それ以降はそのままでいたのですが、このヴァレリーの一文は、衝撃的であり、魅力的でした。

身体が果実であるのなら、魂のような種子は切り離せないし、まったく違うものでもなくて、近しいものであって、でも結局は別物。種子があるから果実はあって、果実があるから種子もできて、にわとりとたまごのような関係。どちらが先でもないから、結局はわからないのだけれど。

私は鏡で自分の姿を見ることが苦痛です。なるべく、見たくない。夜の電車の中ですら、車窓に映ってしまう自分の姿を、読んでいる本で隠しています。でも、他人の身体は別。素敵な姿だな、と見とれることもあります。

そこで出会ったこの「身体は果実」という言葉は、救われる思いでした。自分の体も、果実だと思うと、少しだけ前より愛せる気がする。愛してもらえる気がする。
他人の体を(たまに)「食べてみたい」と思う。それも合点がいく。
おかしいのかもしれないけどね。そういう人、きっとほかにもいるはず。
 
体を大事にしてあげようかな、と思った日の日記でした。 


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瀬戸夏子×吉田隼人
早稲田から眺める現代短歌クロニクル〜「早稲田短歌」「町」「率」から現在まで〜
を拝聴してきました。

とってもおもしろかった!短歌は好きだけれど、というか好きな歌人さんがたくさんいるのだけれど、全然ちゃんと詳しくないので、現代短歌の特に2000年代のお二人が選んだ20首はすごく勉強になりました。
それと、瀬戸さんが今は短歌を作られていないことが私自身は淋しいけれど、それは、たぶん彼女が短歌で「やりたかったこと」は、やりきっているから、というお話だったと思います。作り続けなくても、ある短歌がふと誰かの心にたまに浮かぶような歌が一つでもあれば、それは素晴らしいことだし、彼女の目指していたところなんだということ。

このお話から、彼女の生き方と短歌は本当に近い場所なんだなと思いましたし、それは私の生き方や姿勢とは違っているんだろうなとも感じました。私はきっと、どんなに駄作でも書き続けるんだろうと思います。代表作のようなものがあればとても嬉しいけれど、そもそもまだないし、今私が生きているということが何かを発信していくことと近いと思っているからです。

でも、それでも 、私と違っていても、瀬戸さんの短歌はいつ読んでも好き。
わくわくするし、鋭いし、怖いし、ゾクゾクするんだけど、可愛い。



てのひらにそれから汗にふたつから星のかたちの血が溢れてる

わたしを信じていて ゆめをみて 絶望を斡旋するのがわたしのよろこび

オフィーリアすなわちオフィーリアの行方しれずの黒髪の姉

窓から感情がポテトチップスとして降ってくる 夜というよりも昼

もてあますセックスの香りにくりかえす遺言と預言、扉が裸足

ひとりずつ血液と唾液でしましまの真夜中の霜の声を頼りに

とにかく世界が半分まわっていくときの痛い微熱がポップ

恋よりももっと次第に飢えていくきみはどんな遺書より素敵だ 

(『かわいい海とかわいくない海 end.』(書肆侃侃房)より)


もう、大好き。こんなに全身で好きと思える言葉があるなんて奇跡!ってくらい好きです。

瀬戸さんの短歌だけで個展をやらせてもらえて、よかった。対談もさせて頂いて、人生初の個展が、瀬戸夏子さんに関することで、本当によかった。 ありがとうございました。
そして私はこれからもずっとファンです。 

『身体のリアル』2017 押井 守 、最上 和子
を読みました。凄く面白かった。押井守がもともと大好きなのですが、『HIRUKO』の上演会のアフタートークを聞いて、彼の言葉を読んでみたくて、手に取りました。

たまにコアすぎて分からない所もあったけど、『天使のたまご』を知って、観て、もう、さらに好きになってしまいました。なんでしょうね、このアニメーションは。意味は考えない。それでもこんなに惹きこまれるんだなぁと、いちいち感動してしまいました。

本書の中で本当に納得した部分は「動かないとわからない」ということ。
書もやってみないと分からない所が多いと思います。師匠からリズムで書くのだと言われてきましたが、それはなんとなく言葉で分かった気がしたけれど、実際にやってみると、ピキっと止まって固まってしまう。それが訓練と言うか慣れだったりするのかもしれませんが。
私は作品を作る前の段階、考える段階がすごく長いから、といっても、こう書こう、ではなくて、こんな内容にしてみたいな、だけなんだけれど、いざ筆を持って書いてみると、あれ、こうなるんだっけ、こうしたかったんだっけ、となる。でも、それが面白くて、いつの間にか凄い時間が過ぎてしまっている、ことがいつもです。 

それと、左耳がずっと聞こえづらくて、日によってはほぼ聞こえなかったのだけれど、ようやっと最近調子が戻ってきました。体が不調だと本当に苦しい。
体は不思議です。自分の目で見える体は、自分のものなのに、目で見えてしまうから違うものにも感じる。手なんて特に。今年数多くさせてもらっているパフォーマンスは、体を見せることに等しい気がしています。
作品を作る上で精神は大きく関わるんだろうけれど、触れている部分がないと作品を作ることすらできないから。
 
体が死んだら、それは「死」だと私は思っています。その「体」という定義も難しいけれど。
だから今生きている時に、今生きている人に、たくさん出会いたいと思っています。 

先日、誕生日を迎えました。

28歳です。
なんだか、ちょっと切羽詰まっている感じがします笑

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写真はお姉ちゃんからもらったお花。ありがとうー!




この間、勤めている図書館の仕事のひとつとして、近隣の小学校で本を使った調べ方の授業をしてきました。小学2年生だったかな?今度は3年生にも授業をしてきます。

そこで、調べ方の話をする時に、調べ物のテーマを決めましょう、という話があるんです。(そもそも、自由研究とかもそうだけれど、「調べたいものはありますか?さあ、決めましょう!」とかいう流れが嫌いなのですが、教える立場だから、何かしらのテーマを持ってもらうようにもっていかなきゃいけないのです。それが嫌なことが子どもたちに伝わりそうでどきどきしています。)

そのテーマを決めてもらうときに、私自身だったらこんなテーマにします、と興味のあることを話します。
そこで話すのが、小学生のときに没頭していた水泳と、今でも通っているんだよ、という習字。そうすると、書写の授業は3年生だから2年生は喰いつかないと思ったのですが、何人か、目を光らせてこっちを見てくれるんです。私もやってるよ!って。わぁ、嬉しい、と思って話を広げたくなるんだけれど、ここは、図書館員としての時間なので我慢。

でも、習字って年齢制限ないですもんね。筆を持っている子どもたちがいる。それがなんとも嬉しい発見でした。
去年ある学童教室で書道の先生として出張授業のようなことをしたのですが、子どもたちと「字を書く」ことだけの繋がりで関わる機会が本当に楽しくて、またできないかなと思っていました。幸い、またその機会があって、今度伺うのですが、今からとっても楽しみです。

いつかは書道教室を開きたいと思っているので 、本当に楽しいし、有難い機会です。うまくなってほしいという気持ちではなくて、学校や家以外にも、逃げられるような場所のひとつとして作ることが出来たらなと思っています。

それは大義名分であって、本心は子どもたちがたくさんいて一緒に楽しく過ごせたら幸せだろうな、というだけなのですが笑

死ぬまでに、この夢がかなえられたらと思っています。

また1つ年をとってしまって、 死に近づいているけれど、この夢はどうしても叶えたいのです。でもその間にも、その跡にもやりたいことはたくさんあります。ひとつずつ、叶えていけたらと思っています。
それをみなさんに見て頂けたら嬉しい限りです。
ひとつずつ、頑張ります。
また1年、よろしくお願いします。 

Collective exhibition “Stories of Ghosts, Spirits and Souls” (霊的なものを巡って)でのパフォーマンスが無事に終わりました。

12:00~
 Armelle Kergall(写真家)
https://www.instagram.com/armellekergall/

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シャトーブリアンの「アタラ」の一部を彼女が朗読、私が彼女の写真に仮名で書きました。
訳文は、なんと、平岡敦さん!!が今回の為だけに訳して下さいました。本当に心から感謝致します。ありがとうございます。翻訳されたチェン・ジャンホン『ウェン王子とトラ』と、シャンサ『碁を打つ女』が大好きです。っていつかお伝えしたい…

Armelleのお嬢さんのアタラちゃんも見に来てくれました。フランス人の子どもたちに囲まれながら書を書く時間は、特別で貴重な時間でした。

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Armelleのお美しさといったら…!

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14:00~ with Christèle Guérard(彫刻家)
https://www.christeleguerard-sculptures.com/


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Nervalの黄金詩編をChristèleが読み、その中の印象的な単語を、彼女の作った卵型の彫刻に刻んで行きました。

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誰かの作った作品に文字を刻む行為は、本当に神聖な行為だと思いました。それだけで手が震えるし、緊張もするけれど、見てくれる皆さんがいてくれたお陰で、見守られている感じがして、独りきりで書くよりも安心しました。

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主催者であり、私にこんな素晴らしい機会を与えてくれたChristèle。
本当にありがとうございます。感謝してもしきれないけれど、本当に本当にありがとうございます。
フランスへ帰る時は気を付けて。遠くからいつも応援しています。


16:00~ with 角谷啓男(陶芸家)

http://www.time-crossing.com/fumio-kadoya/ 
 
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角谷さんが作った詩を聞きながら、聞きとった言葉の漢字のみをこのプレート状の土に書いていきました。それを時間を掛けながら、角谷さんがカラスの形に作り上げて行きました。

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パフォーマンスとしての最後の形はこの写真のカラスの姿ですが、この後、焼いて下さるそうです。そこが本当の完成。人の視線が私たちの動きに集中していたので、3回のパフォーマンスで一番熱い時間になりました。

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どの時間も本当に素晴らしい時間でした。楽しかった。
ギャラリーの方たちもとても優しくて、良くしてくださいました。

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お昼ごはんに、と作って下さったおにぎり…!おいしかった涙

そして、まさかのギャラリーに忘れ物をしてしまって…なんてどんくさいのでしょうか…
それをギャラリーの方は送って下さって、そして書をやってらっしゃる方からはこんなに素敵なお手紙まで頂いてしまった。。。

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最近良い人が多すぎて、驚愕しています。
世の中にはいろんな人がいるはずなのに、私は本当に恵まれていると思います。問題が起きても、なんだかんだとってもうまくいっている。それは、うまくしてくださっている人がたくさんいるんだと思います。
その人たちに、何らかの形で、私なりに返して行きたいと思っています。

いつも支えてくれる人たちがいます。

パフォーマンスを見に来てくれた皆さん、ありがとうございます。

今後も徐々に企画しています。楽しみにしていてください。



 

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