あまり見た夢の話を記録しても意味はないと思うが、

そこでの感情と目が覚めてから引きずった思いは、

非現実の夢とは切り離されたものとして記録考察することはできるかもしれない


昼に用事を済ませた僕は大きな駅ビルのホテルの一室に戻り夕食に向かう準備をする

ホテルを出るときフロントで「いってらっしゃいませ」と笑顔で声をかけられ、

駅のホームで(今の)友人と合流する

エレベーターで気持ち悪くなった僕を友人は心配して電車を一本遅らせてくれる

電車に乗ると小学校の時の友人とばったり会って、彼も一緒に夕食に行くらしい

なぜだか僕は誰が来るのか把握していない

電車は並行して何本も走っており、この規模だとここは東京だろうかと思う

新型コロナのせいで自宅待機している友人は夕食に誘えなかったらしい

(この部分だけ妙に現実世界とリンクしている)

しばらく走ると人気も少ない小さな駅で電車は止まり降りることになる

ここを利用するのは付近に住んでる数人だけらしいが、それでも駅は潰さずにいるらしい

駅には到着が遅れたことを心配した親戚のおばさんが迎えに来てくれていた

薄暗い路地を抜けるとまぁまぁ大きな居酒屋みたいな店の明かりが見え、中に入る

店員は忙しそうにしていて来なかったが、代わりに父親が来てくれて、

靴箱があることや店内用のスリッパがあることを説明してくれた

僕の靴には泥が少しついているのを見て、父親はそれを落として少し洗ってくれた

食事前だから後でいいじゃんと思ったが口には出さなかった

店の奥に進むと、広い座敷の右側の2列の長いテーブルに十数人座っていて僕を招き入れてくれた

母親、親戚、中学高校時代の友人、大学の時の友人、今現在親交のある人たちがいる

真ん中の席が空いており、そこに座れという

どうやら僕のことで嬉しい出来事があったらしく、それを祝うために集まってくれてるようだ

既にテーブルに料理は運ばれており、なぜかシメであるはずのご飯ものを店員が器によそっている

店員はぶっきらぼうで愛想がなく、ご飯もべちょべちょで美味しくなさそうだが、

そんな状況でも誰一人として文句を言わず、ただただ楽しそうに談笑している光景を見て、


僕は今朝目が覚めた


幼い時から現在までの親戚、友人を総動員して祝われて初めて、自分の存在意義を確認しないと満たされないという、

一種の大きな欠如を自分の中に見出した

そこまでしても心の穴が少し埋まるか少し温まる程度なのは、なかなかのものである

何かにつけて僕のことを心配してくれる彼ら彼女らの心遣いをどう受け取っていいかわからない

それだけじゃなく、

ホテルのフロントや潰れない駅は、

それがビジネスだとしても、誰かの思いで自分の行動が成り立たせられていることも感じる

コミュニティーとして社会が成り立つための優しさも普段は気がつきにくい

また、店の雰囲気で皆が機嫌が悪くならず乗り越えているということは、

僕にとっては安心できる平和な空間として捉えられる


顔色ばかり伺い機嫌を損ねないように振る舞い、自分の成果物でしか自分を見てくれていないという感覚

そういったものと隣り合わせで過ごしてきた期間が長かったので、

欠如したもの育まれなかったものが自分の中にあって、未だにそれに苦しめられている

古い友人とは連絡を取っていないし、もう連絡先も知らない

可愛がってくれた親戚とは諸事情で連絡を取ることができない

両親とも別の諸事情で最低限の連絡を取るだけでしばらく会えていない

今つながっているのは友人数人である

だからあのような夕食会は完全な夢の中の世界の話で、絶対に起こりえない

やはり孤独感がある

誰かに良かったと言ってもらえなければ感じられないのはもう嫌だ

別の何かを見つけなくてはいけない

ここ数年そう同じことを唱え続けている気がするが、まだ見つかっていない


薄暗い路地を抜けてたどり着いた店に一人でも、喜べるようになりたい