『逆流性食道炎薬、ネキシウムカプセル処方』

扁桃を摘出して、味覚障害だったが、それを感じないほどに戻ったようだ。味見に自信はないが、食事で困ることはなくなった。それでも、習慣性の咽頭炎はしっかりやってくる。また過敏性腸症候群も確かにある。

薬をたまに摂っているが、いわゆる下痢と少しの便秘を繰り返す。体質が、大腸を空っぽにしたい意欲を感じる。それが阻害されるようであれば、倍返しで少しの便秘を退治する。体調管理として、腸の中を空っぽにしておくことで安心できる。今週末は土曜の便秘の反動で、お腹が爆発してしまった。

同様に、もうすっかり習慣性というか、日常性吐気が用意されていた。一番強い吐き気止めでも効き目を感じない。とにかく、起きて2時間目から4時間くらい吐気がつづいている状態だ。また食道にカビが生えてしまったのかもしれない。声枯れも常にしている、労働していない時間のほとんどを寝て過ごしているので、胃酸の逆流も止む無しの生活習慣病だ。

・・・吐気は高熱と同じように辛いものだ。ゲップや胸やけとか言われるものなのだろう。

かかり付けの病院で、定期薬の処方を受けた。引張が、これまでと違う逆流性食道炎の薬を処方してくれた。その薬を私は知っていた。しかし値が張るので、5週分を処方するのを、最初だから2週間分にしてもらった。

医院長先生は、多種の薬の処方を驚いていた、かかりつけの先生はなんでも言えばくれるので、常備薬的に処方してもらっているのだが、医院長先生はなんでこれがいるのか?としっかり尋ねるものの、すべて希望通り処方してlしてくれた。・・・・僕は相当な常連さんなのだ。

<今週の処方薬>

・バルサルタン錠80mg

・フェブリク錠20mg

・ラックビー微粒N 1

・エクラーゼ配合錠

・イリボー錠5ug

・レバミビド100mg

・ロキソプロフェンナトリウム錠60mg

・ネキシウムカプセル10mg

『うなぎが嫌いだなんて知らなかった』

気温は35度を下回り、雨まじりの曇り空の日曜日だった。

笑点をつけ、サザエさんでは丑の日、松山千春の声を聞けば、着実な日曜日の夜だ。

今週は数週間ぶりに、吐き気が戻ってきた週でもあった、暇にかまけビールを大量注入したこともあろう。扁桃・咽頭炎による高熱から解放され、休肝日からも自由、フリーになったようだ。

親父の墓石の残金が支払われ、またまらマイルが貯まった。ソウル往復のマイルが加算された。遺骨はまだ家にあり、墓の入るのは来年にしようということになっている。・・・吐気は辛く、精神的なものも含まれているかもしれない、仕事という緊張がそれを助長させているとしたら、・・・

テレビをつけると、脳トレ的な番組が多く、いつも問題がおかしいのではないかと、イライラする。

各方面で行われる世論調査のように、極めて作為的で、脳トレなんかではなく、大喜利のように、台本があるようでならない。そんなテレビの世界だが、最近胸の大きな女性を見入ってしまう自分がある。かつては、苦手というか、引け目を感じていたのかもしれない、胸の大きな女性には苦手だったが、刑事ものでみる、松下由樹さん、倉科カナさんをみると、何か響くものがある、彼女たちがベイビーフェイスで、ロリコン的回帰もあると思うけど・・・

昨日、うなぎを買ってきて、おいしかったので、今夜も買ってきたのだが、お袋はうなぎが嫌いだという。そんなこと初めて知ったことだった。私とは食や味の好みが違うことはわかっていたが、それは意外なことだった。

スーパーで、うなぎの風船のようなのぼりがあり、僕はそれを撫でた、それはうなぎというよりどじょうのように、ひれがはっきりして目が可愛らしい、もしかしたら、母は幼少期どじょうを食べたトラウマか、ヘビと似ている姿がダメなのかもしれないと、想像した。異常にヘビが嫌いな女性がいるが、それではないかと思った。

僕は母が好きなものは、なるべく食べさせてやろうと、常にアイスを数種類を買い置きし、今夜もマグロの寿司にしようとも思ったが、縁起物ってことで、うなぎづくしを買ってきたのだった。

ここのところ体調も気分もよろしくないこともあり、筋トレで筋肉痛など合わなかったが、週末、筋肉痛になった。運動をはじめて2年近く経過しているが、外見からわかるほどマッチョなど程遠く、むしろ、体が重くなったという感覚しかない。数キロ、4日程度断食すれば、体が軽くなろうとは思うが、重い体を持ち上げて暮らしている。

いささか先生はうなぎは好きだが、アナゴさんは丑の日をどうしたのだろう。

『はぐれチタン?』

2020年に向けた財政計画を立案したが、その進捗状況が不確かだった。行ったり来たりの結果だったが、今週少しきっかけとなりそんな手応えを得た、そんな風に感じた。

クレジットカードでチタンで出来たものの広告を見て、いいな~と思った。年間費5万円で、最上位ゴールドは20万円だというクレジットカードだ。年間費5万円くらいのカードがあればと思っていた。経費見直しをしていて、携帯通信費も下げようと検討していて、クレジットカードも3枚から2枚にして、1枚に集中する算段を決め、更新月を待っている状態なのだ。1枚のカードは1年以上使っていない、そのカードを解約すれば、経費は半減されるのだ。でも、どちらもそれなりにサービスには満足してるので、解約を見直そうとは思っていたりもする。

だから、二つのサービスを超えたものがあればな~と思っているのだが、なかなかないようだ。

航空機では、エコノミーの上にプレミアクラスができて、ビジネス・ファーストと四つのクラスがあるが、均等な分け方というか、自分のクラス感覚にはまだ乖離がある。

ある意味、エコノミークラスを更に細分化するクラス分けがあってもいいのかもしれない。

民進党の蓮舫さんが、二重国籍問題の経緯を言明された。蓮舫と名乗っている以上、こころは台湾にあるのだろうことは推察される。台湾は相当の親日だと言われいるが、日本の自治領になってもいいのかもしれない、だとすれば、彼女の行動に合点がいく。

クレジットカードの効力を生かす為にも、ハワイに行ってもいいであろう、なんて考えた。自分の中ではハワイには何も響くものがないのだ。素晴らしい天候や海、それがどうしたっていうのだろう?何よりアメリカに興味も何もない。ハワイで感じるものは、バリ島やプーケットで得られる感覚に過ぎないと思えた。同様に、世界遺産やフランスのパリやローマにも興味はないのだ。・・・私も希求する人生の矛盾を孕んだ、アンビバレントな場所ではないのだ.

退屈しのぎの旅程を、ハワイとフィリピン、そして台湾にしよと思った。僕の中の興味は強いて、アマゾンくらいしかない。行きそびれたスリランカしか出てこない。

言い方を変えれば、こんな自分を引き受けてくれる国はほとんどないと言っていい。

・・・僕はある意味、庶民でも大衆なんかではなく、その他大勢に含まれる範疇にあるのだ。

はぐれメタルのような存在であれば、チタンのような合金を身にまとう必要に駆られるのは必然なのだろうか。


『我がこじ瑠璃』

時間ができ、たくさん寝、たくさんビールを飲んだ週だった。瞼が厚くなるほど眠り切ったようだった、いろんな夢をみた、あまり心地のよろしくないものばかりだった。すっかり真夏の天候で、猛暑日を数え、夕刻や夜になると南国のようなスコールに見舞われた。

前は好きではなかったが、ワイドショーでのコメントなどで、コジ瑠璃さが何かいい印象を受ける。近くにいたとすれば、引き合うような何かを僕は感じている。どうしてか?人生でそんな女性を見ることがごく稀にある。見た目などはタイプではないが、感性というか価値観の底にあるものが似つかわしい、そんな気がするのだ。

母が包丁の切れ味が悪くなったとこぼすようになって少しだった。これまで親父が包丁研ぎの役目を負っていたが、親父がいなくなり、包丁の切れ味が悪い、でも母は力が入らないと砥石で研いでみるものの、切れ味はよくならないようだった。昨日、でっかいスイカをもらってきたらしく、部屋に転がっていた。それを見て、包丁を何とかしようかと、研ぎ器を注文した。・・・それでも、これからは、研ぎ器ではなく、しっかり砥石を使って包丁を研ぎ、磨き切ってみる役割を僕がやってみたいと思った。刃物を研ぐと、何か心が安らぎ、研ぎ澄まされる、そんな気がする。

・・・・世界の渡辺様などと、嫌味を言われぬように、刀を錆びらせてはいけないのだ。

そういう訳ではないが、冬の旅程の予約を入れた。刀を磨いていれば、本物の小島瑠璃子に会えるかもしれない、娘に口をきいてもらえないことは、ちょっとどうだろう?私の娘のイメージは南沢奈央さん。たぶん、間違えないんだろが、・・・・どういう訳か、そんな夢をみたためしがない。

・・・かつて、子供を4人こさえよう計画を妄想したが、今は昔のことになってしまったのだろうか。

『雨が止み、猫が帰ってきた』

稲妻が光り、雷がなって、激しい雨が数十分降った。それから飼い猫が帰ってこない、どこかで雨宿りしているのかもしれない。女性議員が秘書に怒り、松井一代さんは、地響きのような浅くない情念のようなものを示した。

・・・どれも自分をみているかのようだ。きっとあのときの自分もこんな風に映ったのかもしれない。

刑事ドラマの中で、唯一の友人に手紙を宛てた、未来に向けて書かれたものだ。

‘誕生日おめでとう。びっくりしただろう。今頃、俺からこんなもんが届くなんて、どうやら一緒に祝ってやれそうもないから。こうやって未来のお前に手紙を送ることにしたんだ。お前ならわかってくれるよな、・・・・

・・・高1の夏、話しこと、覚えてるか?世の中、いかに下らない人間が多いかってこと。やつらはそこに存在してるだけじゃなくて、自分たちが正しいとなんの疑いもなく、それを回りに押し付ける、俺たちを侵食してくる。俺はもうそんな奴らがはびこる世の中が耐えられなくなったんだ。‘

私は努力や向上心という事柄は好きではない。それでも、過去の情念みたいなものが揺り動かし、突き動かされたことは確かなことだ。時折、雷がなり、右も左もわからぬような感覚にも出くわしたが、情念というのはなかなかしつこくついて回っている。

・・・そんなとき、すごく優しい女性に出くわす。あるいは、気にもしていなかった後輩に、敬いのことばを受ける。人を変えてくれるとすれば、人だろう、劇的ではなく、じっくりとゆっくりと効いてくれる、僕はそんな風に感じる。人が去ってゆくことは、やはり寂しいし、できれば避けたい。

雨は止みようやく、猫が帰ってきた。また帰ってきたものを大切にすることも僕は忘れてはいけない。


『アイスを買いだめ』

身辺整理をしようと思っていて、なかなかできなかったのが、パソコンの処分だった。一部が壊れていて、もう使うこともないであろう古いパソコンの処分に手間取っていた。それは単に捨てればよいという種類のものではなくて、中のデータを消去せねばならかったからだ。1台は初期化のソフトがあったが、もう一台はそれが見当たらなかった。ソフトがなくて、あれこれ調べてみても解決法がなくて、業者さんにお願いすることにした。引き取りにくるとかで、日程の関係で先延ばしにしてきたが、ようやく、それを終えた。

いつものカフェで、これも先延ばしにしている身の振り方を考えてみた。最近、専ら集中力の欠如などで、そういう難しいことを考える頭ではなくなってしまっている。人生の中で作家か学者かのようである、一種異様とも思える集中力とかいわゆるゾーンのような体感を得なくなって久しい。

生きている意味はないが、死んでしまう理由もない、身の回りで起こるなかば絶望的な日本社会を抗するか、見て見ぬふりをして、エゴの殻に閉ざしてしまう、惨めで卑怯者のような選択肢しか、思いつけない。思いついて、考えてみても、結論を先送りするしているだけで、ささやかな抵抗を決意するだけで、でも、それは長続きなんかしない、せめて、嫌われないようにと、ある種八方美人的な返しをするありさま、ありようだ。

サンデーモーニングで張さんが、錦織が悔しさで、ラケットを叩きつける映像を見て、いつから日本人はこんな風になってしまったのか、と嘆いた。作ってくれている人に、対戦相手にも失礼だ、日本人はこういう民族ではなかった。そんなことを言いたかったようで、話はつづき、昨今の風潮で、日本人はなんでもかんでも話し過ぎる、お世話になった人に対し、墓場まで持ってゆくこともある。・・・日本人は落ちぶれてしまった、そんな風に嘆いたと、私はとった。

昨日は二箱、今日も二箱アイスを買った。関東は梅雨明け直後のような猛暑だ。母は父とは異なり長生きする家系ではないと、感じていて、平均寿命には届かないだろうと感じているようで、どっかが痛いとか悪いと、横になっている時間が多い。財力も稼ぐ術も不足している我が子である僕に対して、お金を大切にしなさいと、この年になっても小言を言い続ける。それでも、僕は母の大好きな寿司やアイスをなるべく買ってくる。母の糖尿だが、小豆のアイスが好きなので、それを切らさないようにしている。

・・・もう少し、長生きしていいのかもしれない、張さんをみていて、そんな風に思えてくるのだった。

『ホテルの予約を入れた』

なかなか自分の周りの世界は上手く回らない。どうしてだろう・・・

文句の言いやすい人にそれを集中する。まるで線上降雨帯のような連続的な集中砲火が繰り返される。

仕事という鎧を脱げば、みな同じ一般人となるのだが、・・・・・

先週の都議会議員選挙で、新党の新人議員がたくさん選ばれ、それを危惧していると嘘びてみせる。

選んだ都民はそれを承知で投票したし、そんなことは前からわかりきっていることだった。

確かに既存の議員には問題はあるかもしれない、ある種あぐらをかいている者もあろう、お灸を据えたいなどという気持ちもわからなくない。私の世界でも同様で、上の者はそんなのに手を焼いてあ、あの手この手をみせてはみる。

しかし、それは暇なときの苛立ちに過ぎないように、 僕にはみえる。

最終的には、いざっとなったら、それなりに回してくれるのは彼らのだ、新しい人をほんの最初だけ持ち上げ、次に試すように意地悪をする。多くが人の気持ちを想像できない人たちの嫌がらせで辞める羽目になる。そして、新しい人が入らないと嘆き、それが解消したかと思われるを変化を試みるが、元に戻ってしまう、そんなことを繰り返しているようだ。

録画しておいたアマゾンの番組をみている。

やはり、アマゾンしかないかなと、思った。次の旅程先のベトナムのハノイのホテルに予約を入れた。

江戸は義理・人情の町だと聞いていたが、慇懃無礼なことを日本中に流布しているような気がする。

大きな人を見てみたい、僕の大きな人をフリをしてみようと思う。

『我がセレモニー』

立場が変わると目線も変わるもので、相手側を想像するのはほとんど無理なのかもしれない。

それにしても、与党の議員秘書のリークやその報道は激しいいじめで。こっちがさもしい気分になる。

・・・確かに、代議士の言動は悪い。しかし、政治家を支える立場の秘書がメディアに売り渡し、テレビも連日、そんな3面記事に過ぎないことを喧伝している。相手が反論できない、弱い立場になると徹底的に攻撃する。その手を緩めることなんかあるものか、って感じだ。政治家の秘書という気概や仕事に対する信念はそんなものなのだろうか。そういうこともあり、都議会議員選挙で、またなんとかチルドレンなどど小馬鹿にされる、社会常識や人間関係も構築できていない未熟な人を持ち上げては、叩き落す。・・・社会というのは堂々巡りで、

僕の人生と同じようにみえる。

今週、眠れない日が続いた。立場が変わり、教えられる側となり、少しのいざこざがあり、ほとんど眠れない日もでてきた、久しぶりの感覚だった。私はそんなとき、なるべく筋を通して逃げることにしている。世の中には納得できないことがあり、ことさら私はそういう理不尽さを受け入れることを許したくない。ある意味真正面から受け止めて、闘ってしまうことが少なくない。

日本人のある種の人たちは、やる気があって、人より仕事や決まりを優先してしまう。人を合わせるより仕事を選び、仕事内容ややり方を見直すより、人を替える方になってしまう。人を変える方が容易な社会なのだ。

コンマ数パーセントの改善の為に、人を傷つけ、人生を犠牲に、家族や社会の繋がりを壊してきた。

やるきや責任感、あるいは努力などでのし上がった人間は他者に対して寛容になれない

話せばわかると言うが、僕は、話しても分かり合えることはないと返した。

僕はそれを勝者や成功者の傲慢だと感じている。お互い歩み寄ろうということだとすれば、まず最大限の譲歩は上の者にあるのだが、それはもう勝者の裁判でしかないのだ。・・・・そんなものに参加したくないし、身の安全を保持する為に、私は先手を打ったし、そして、可能な限り筋を通し、義理を果たした。

それが僕の保身も戦術でもあったが、僕なりの開戦か冷戦を防ぐ手立てだった。

それは、今のところ悪くない流れにある、それは僕の立場が割と認められている地位にあったからだろう。

そうでなかったら、大勢に飲み込まれ、退散していっただろう。

僕の見えている世界はやる気のある者で支えられているのではなく、寛容で、許すことのできる安定した人のように見える。相手のわからない理由を懸命に考えることのできる人。

僕はそんな苛立ちと嫌は高揚感を癒す為に、閉店セレモニーを見に行った。

たとえ、かぎかっこ付きだったとしても。セレモニーには大きな意味があると思えた。

・・・・そんな風に6月が幕を閉じた。

もし、僕の存在意義があったとすれば、これからだろう、そんな風に7月がはじまった。

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