『辛い時間のはじまり』

ここ数日、関節痛や芯から冷える寒気を感じていた。

ふつか続けて、激しい下痢の症状で、お腹の中を空っぽにした。ふつかつづくのは珍しい。

今朝になり、微熱が出て、ロキソニンを飲んだ。薬局でイブプロフェンを購入した。

少し眠ると、激しい吐き気がやってきた、それは逆流性食道炎的なものではなく本物の吐き気だった。

たいてい数時間苦しみ抜くことが多いのだが、今回は20分ほどで何度か嘔吐した。

胃の中を空っぽにしてしまうと吐き気はいったんなくなるのだが、少し眠ると、ゆるやかな吐き気はつづいている。

もしかしたらインフルエンザかもしれないと思った。それでも、熱はまだ出ていない。

苦しい週がはじまりそうだ。

久しぶりの飲み会に参加したり、孤独感を味わったりした。思わぬ休みができて、旅行で埋めようとあれこれ調べ上げるものの、なかなかよい条件や気持ちがわくわくするのがない。

さて、布団にもぐろう、辛い時間はまだまだ続きそうだ。

『今年最後の処方箋』

今年最後になるだろう、かかりつけの病院へ、時間ができたので到着した。担当医に会うのは数ヶ月ぶりだ。2度か3回、違う曜日、違う医師に診察してもらった。もう5年以上も診てもらっているので、なんとく僕は理解している医師で、希望した薬を希望通り処方してくれる。違う医師だと、ああだ、こうだと言って渋るのだ。粘れば最終的は処方してくれるのが、そんなやり取りは面倒で仕方ない。医者には自分の見解がしっかりあるのだとう思う。僕は希望しているのは、医学というより、不安抑制の為の年の為の薬で、持っているだけで安心できるのだ。そんな医療的には不健全な性格に浸ってしまっていて、それを抜け出るのは困難で、次から次に不安因子が出てくるのだ。一つの不安が薄まれば、違うのがやってくるのだ。それが、体が衰えているという意味なのだろう、にも関わらず、節制という基本的なことまったくしていない。怠惰な生活を薬の助けを感じている。何度も何度もゲップが出る。数日に1度起きてから数時間、辛い吐き気がやってくる。

健康診断で、尿酸値が基準値から悪化している。コレステロール値は高い。肝臓もお酒で基準オーバー。一方で血は薄い。完全が見られるのは血圧くらいだろうか。

旅程を控え、薬は8週以上の備蓄完了。

<今週の処方箋>

・ネキシウムカプセル10mg

・フェブリク錠20mg

・バルサルタン錠80mg

・ラックビー微粒N 1%

・エクラーゼ配合錠

・イリボー錠5ug

・レバミビド錠100mg

・ロキソプロフェンナトリウム錠60mg

・ナウゼリンOD10mg


『次のベトナム』

ニュースで留学生の労働が問題になっているとNHKが報じた。ベトナム人の留学生のブローカーやらピンハネなどが起こっているという。これまで、中国人留学とか技能研修生が多かったが、チャイナリスクや中国の経済成長に伴い、チャイナプラスワンとかで、ベトナムやミャンマーに日本の工場は進出していると聞く。ベトナムやミャンマーの直行便の数も増えている。

日本人が例えば、留学などして就労などすることができる国など聞いたことがない。しかし、ベトナム人は週28時間までの労働が許可されている。

・・・きっとそれは、体のいい労働力の確保と思える。人気のない仕事では人手不足が起こっているようで、本来の経済学ではそれが賃金を上げたり、労働の移転が行われ、経済は計算通りに進み、経済は安定するはずということを聞いたことがある。しかし、異国の短期労働者で穴埋めし続ける限り、デフレなどの問題はいっこうに改善に向かうことはない。僕の好きな国では外国人労働者など入れたりなど決してしない。私は労働と仕事は違うと思っている。

 我が職場にそんなベトナム人が来るという。ベトナムに何度も行っているのでベトナム語はできるのですか?と聞かれる。一つも知らないんですよと、答える。単語の一つも知らない、料理名や地名くらいは知っている。物価感覚やバスやタクシーの乗り方、ボラれないとか治安などは理解しているのだが・・・

僕の体感では、ベトナムと行ったと言えば、アウンサンスーチーさんと返す人が少なくなく、ベトナムとミャンマーの混同しているようだ。日本人にとってベトナムとはベトナム戦争、フォーってところなのだろう。

僕が語学に興味を失って久しい。・・・

思えば、私は超国際人だと言ってもいいだろう。アフリカ大陸以外の国々でホームステイをして、それらの国々を感じてきた。こんな人間は日本でそんなに多くはないだろう。しかし、そんな思い出か経験か体験は身になっているとか役に立っているとも思えない。そんなことは自慢話なんかになることはない。ただの暇つぶしに過ぎない。だれでも時間とお金があったらできること。

アメリカ大統領がエルサレムをイスラエルの首都を認めるなどニュースになっている。確かイスラエルはエルサレムを首都としているが、他国が配慮して、首都に置くべきものをテルアビブに置いている。

首都とはここでは大きい存在なのだ。ベトナムは最大の都市サイゴンではなく、ハノイだし、ミャンマーはラングーンからネーピードーに遷都してしまった。

国際化は人を幸福にしない。

日本に留学した外国の方々は日本を素晴らしいとは思わないだろう、しかし、自国よりはマシだと思うかもしれない。でも、来てよかったとは言ってくれないと、僕は思う。

『喪中はがきから』

母は喪中のはがきを送った。すると、年賀状だけのつきあいだった方から連絡がくる。

ここに引っ越して来る前の近所の人から電話があり、それをきっかけとしてつきあいが再開したりしていた。僕の友人の母親から電話がきた。友人は同級生と簡単には言えない、親友と呼ぶにも腰が引ける、若くして死んでしまったからだ。それ以来、年賀状だけのつきあいがつづいている。兄弟構成が我が家と同じで、兄も弟も同級生だった。・・・友人の母が僕に、よろしくと言伝があった。せめて、僕には闊達に生きていて欲しいと、思っているだろうと、僕は想像した。

人が死に、社会との漣々たるつながりはこうなっているのだろうと、思えば何か人間社会の底力を覚えずにはいられなかった。

テレビを付けたらM1がやっていて、他に観るのはないので、みていると、訴えかける漫才はない。漫才の為の漫才のようで、彼らの人間性や人生観、感性や知性など感じることは私にはできない。テクニックとも思えないが、他人の顔色を伺ったような漫才や審査に思えた。僕は漫才が好きで、ふたりの世間話から話が発展していって、とんでもないが、何か人生の深い何かをほんの少しだけ残してくれる笑いだと思っている。そして、なるべく自分も他人との会話にそれを求めていないときを除いて、努めてきたこともあったくらいだった。知性や批判的精神など感じない。強いて、当世風な大相撲騒動や北朝鮮を揶揄したくらいで、人の心を僕の心を揺さぶるものなどなく、夜の散歩に出向いた。

今度は白鵬の態度が批判されている。万歳がどうだとか発言がどうだとか、大相撲ファンはあれでいいと思っている。野球やサッカーとは違う大横綱には相当相応の何ものかがある。だいたい貴ノ花親方は親や兄弟関係も円滑にでできない、そんな人物が国体の為などと言って説得力があるのだろうか?たいてい、親子関係が上手く言っていない人はどこかおかしい。

大相撲には観るものにも品格・知性が要求されていることを忘れてはなるまい。

たくさん眠った。いろんな夢をみた。色っぽいのをみたのはバイアグラのせいかもしれない。それでも色気のある夢はいい。たいてい、うなされるものが大半を占めてくるからだ。韓国の見知らぬところでホテルに入るシーンで、寒い韓国では露天にビニールシートをかけるそんな準備をしている画像が頭に残っている。どこかで韓国が呼んでいるのかもしれない。僕の韓国好き度は、ミサイル騒動なんかでは沈静化しない。大相撲ファンであれば、日馬富士を土俵に戻して欲しいと思う。ガチンコ相撲など、僕は見たくない。忖度なんて普通のことだし、事態をもみ消すなんて生きていてはみな行っていることだ。

M1CM中、ジャパネットタカタの通販をみた。僕は、商品説明する女性をみる為に、タカタの番組をみている。みな明るく、健康的で魅力的になるのだ。男性も清潔感があり、好印象なのだが、僕はオトコで、女性をみてしまう。テレビだから演じてはいるものの、僕にとっては官能的にも健康的にも魅力的にみえる。

そんなすべてに際して、僕は劣化している、それを感じてしまうくらい劣化が加速しているようだ。冗談を言っている人に対しての返しが、真剣なのだ。数週で体脂肪率は下がり、筋力は付いたが、髪の毛のハリが落ちることを実感するごとに、僕の敗者復活は遠くなったのかもしれない。


『アマゾンには行きたい』

咽頭の腫れが治まると、お腹があれこれ精算するように、ごろごろと音を立てる。

そして、お腹にあるものすべてを吐き出すのだった。

私はいくつかの人間関係に齟齬なのか、疎外感を感じた。筋を通したつもりが、裏目にでた。あるいは、期待したものが得られなくて、いわゆるやる気みたいなものが失せた。

・・・人生には定期的に何もかも嫌になることがある、そんなことが体調の回復と共に訪れた。

人生を振り返れば、極めて体が丈夫な人や細かい人とは馬が合わない。彼らに寛容さは全体をみる目がない、そんな自己中心的人間だと思ってはいる。しかし、よくよく考え、鑑みれば、自分自身に徳が足りないことが不徳の積み上げの面があることはむろん否定できない。

・・・社会はそもそもそういうもので、自分の思うようにはなかなかいくものではない。それをなんとか知恵を絞りなんとかできるのではないかと、行動してきたりもしたが、いざ自分が当事者になれはコトは違ってくる、・・・

これまで、自分の曖昧な態度はそういうことを誘発して面が大きい。核開発やミサイルなど持ってない、友好や対話って姿勢をみせてきた。ある意味それが相手につけこむ隙を作っていたのだ。つまり、いい人ぶってきたということに過ぎない。

僕はいい人になる徳が足りないのだ。時折、曖昧な愛嬌をみせその場をごましてしまってきたのだ。

それはたいてい、相手が公式というより非公式で強い相手の時だった。

この世は、いじめている立場が優位なものがいじめられている者を裁く定めにあり、弱い者は泣き寝入りってことになるか?相手に取り入られるふりをするしかないようだ。

僕はそんな世界がいやで外にでたことを忘れてはいけない。

クレジットカードも明細をみると、アマゾンの会費が引かれている。詳しいことは知らないが、無料期間を過ぎてプライム会員になり月額が計上されていた、せっかくなので、買わねばいけないものがあり、注文を入れ、そして会員を脱会した。私はアマゾンという会社は好きではない。使ってみて良いとも思えなかった。僕は偏見で、アマゾンとかアップルとかグーグルと距離をとってきたし、今もそんな気分でもある。自分に対して不誠実だと思われたクレジットカードも解約してしまった。

そんな私が命懸けで脱北でもすれば、何かが変わるかも、いや少しくらいはとささやかな欲望もあったが、そんなことは問屋が卸すはずがない。

僕はこんなことを感じられる、幸運な人生を送っていると思う。

私が感じているように、あの世界を想像することはそれほど苦痛なことなんかではない。

『赤いペンキ』

隣の家に赤ペンキが塗られた。橋桁に書かれたようなスプレー缶で放たれた、下北沢などのガレージに描かれていたアート的なものではないようで、JRの終電を終え、近隣で眠りについているときや、デンマークのコペンハーゲンからフランフルトへの国際列車の車窓から見られた都会に近づくに向けて増えてくるペンキの落書きに近いような種類の赤ペンキだ。

母に、なんで表に面した家<我が家>に書かなかったのだろう?と尋ねれば、隣の家は恨まれていると言う。

飼い犬の鳴き声や路上駐車など、図々しいと少し吐き捨てるように、呆れるように応えた。

・・・今週、警察が来て、周辺に聞き込みをしていたと聞いていた。これがそれかと思った。

確かに近隣に恨まれているとはいえ、こんなことをしたら、近隣住民が疑われるから犯行は難しいように思えるが、母の口ぶりから、やられて当然って風だった。

近所付き合いは難しいと思う。父も母も人間関係を決して得意だと思えないタイプで、それは社交性とか人との駆け引きとか愛嬌とかある種の才能的なことが含まれていると想像する。

我が実家の四方八方の関係性は父が亡くなったときの儀式で垣間みることができた。私にとって以外な人が駆けつけ、顔さえ見せなかった。それでも母にはある種の社交性があり、採りた野菜や土産物を持ってきては世間話に花を咲かせたりもする。弟もそんな社交性とか親父の少しだけの愛嬌を引き継いでいるように見える。表向きの社交性は極めて高いようだ。

・・・嫌われるのは自分だって思ったところもあり、ペンキの落書きをするならここだろって感じた。

私は人に嫌われたり、恨まれたりすることも平気でしていると思っているからだ。

中学の頃、テニスのラケットのガットを黒に張り替えた。当時黒にすることは調子に乗っていると思うこともようだったと思う。だからか、即日ハサミで切られたような切れ方をして、切られたしまった。中学生ながら、そんな意図をくむ、すぐに地味な白のガットに張替え、事を公にしなかった。

目立ってはいけない、迷彩服のように隠れようと中学入学時に決めたことは間違いのないものだったと今にして思う。

近隣トラブルの回避は極めて難易度の高いことで、自分も仕事上のことで悩まされ、解決できたかといえば、失態を見せたり、事なきを得る為に距離を取っただけに過ぎない。しかし、近隣との距離は置くことは簡単ではない。・・最終的には引越すしかないように思える。

隣の家には防犯ライトが取り付けられた。それでも、引っ越すことになるだろうと思う。

こんなことを見てしまうと、愛とか対話とか、論理や理性、法に道徳、みな役に立たないようにみえる。こんな事態に際して、寛容さ自由はどういった意味を持つのだろう、と。・・・

僕はもし、自分がこんな目に遭わされたとすれば、どうしようと考えてきている。

一方で、僕には両親から受け継いでいると思われる社交性や愛嬌がある。孤独を生きてはいるが、そのバリアの効力を感じることはできる。

・・・生きるに値しない人生を送っているが、人生を賭してみることに遭遇する定めにあったとすれば、それは望むところと言っても良いか、少し自信はない。




『火球的速やかに・・・・』

逆流性食道炎の薬も効いていないようだし、抗生物質のせいで、お腹も下しているので、過敏性腸症候群の薬も飲んだ。更に、喉の痛みか、私の救世主か守護神であるかのようなロキソニンまで投入させ、それこそベンチメンバー総動員で向けた夜、右手に閃光が走った。

この時期、この時間に花火かって思った。しかしその閃光は下に向かって緑色に大きく光った。失敗し落下してゆく花火にして明るくなるのはどうもおかしい。・・・

・・・そんな風にたった1秒にも充たない時間で思考したのかもしれない。

もし花火なら音がなるだろうが、ドカンと来ない。もしや北からのミサイルかと思った。

でもあの辺りで、UFO騒動がありそれが夜間飛行だったことが後でわかった。そんなことかも・・

いや薬で幻覚でも見たこともありうる。

数分後、スマートフォンでニュースをみれど、そんなのは載っていないし、周りの人たちの会話の普段通りだった。あれはなんだったのだろうか?

万全投入の結果、吐き気や咽頭痛は事なきを得た。今週の吐き気は普段以上だったのだ。

多分、1年ぶりの深くて強い咽頭痛が来て、体の免疫機能やらを麻痺させた。地底深くで起きる大きな地震のように思える。しかし痛みはピンポイントで示せるほどだ。もし扁桃を摘出していなかったとすれば、395分以上の高熱だったろう。私の喉は地球にあるプレートを二つ無くしてしまったようなもので、プレート付近で起きる複合的に起ころ巨大地震を回避していて、局地的な断層による地震だけになったようなもので、マグニチュードは7以上には理論的にはならない、そんなことになっていると思っている。巨大地震をたとえ回避したとしても、震度5以上の揺れにはたまったものではない。

数時間後、その閃光は火球ではないかとニュースで知った。久しぶりの流れ星をみて、こんな大きな火球をみたことははじめてのことだった。

薬のせいで短時間の睡眠サイクルを繰り返している。だからいろんな夢をみる。楽しいのもあれば、はっと目を覚ましてしまう、面白くないものまである。

テレビでは大相撲のことで持ちきりだ。貴ノ花は僕は好きではないが、今回の騒動をみていると自分のしてきたことと似ている。伏魔殿などに乗り込んで言ったなどと、声を上げたあのときの自分と、義はこちらにある。外野に口をつぐんで、事を大きくする。小池知事の作った希望の党のイメージビデオにあった、しがらみと闘う姿勢。私の望んだものはもっとちっぽけなものだったが、話が大きくなると引くに引けなくなってしまう。

・・・転職面接などのときに、そんな会社に行きたいのなら、自分で作ったらどうだと、拒絶させてしまうような。僕はけっして綺麗事を言って来たのではないが、だから世の中の感覚とは違うのだろうと想像する。

僕のいる世界はそんなに上等な世界ではなかった。それほど期待してよくない世界だった。

社会には、そこを目指してきた選抜された世界がある。しかし、日本人は相撲取りになりたいとは思っていない。学校の先生の化けの皮が剥がれてしまったより以前から、むしろ差別的な領域にあり、それにスポーツの要素を入れ、異国の運動能力の卓越した者が入れば、勝つのは自然なことだ。

その辺りのさじ加減をしている協会やマスコミメディアと闘おうとしても、・・・勝つことはないだろう。

世の中は間違いなく腐っている。ろくでもない人格などない輩や保身党に属するものがいて、その他は無関心党か、見て見ぬふり党に属してる。

有機物は最終的に腐ってゆく。薬を飲んでもバイアグラでもどうしようもない。

そんな諦めムードだはあるが、ベンチ総出で戦い、少ししか見ることができなかった火球を見られたとすれば、それでヨシとしてよい、と僕は思う。


『OneNightCarnival』
https://www.youtube.com/watch?v=3fpI821FfUM


『38度5分、咽頭炎の処方箋』

急激に寒気がやってきて、吐き気も催した。

熱は385分まで上がった。記憶は曖昧だが、昨年1月、アジアから帰国したとき以上に

高熱が出たように感じられた。扁桃を摘出してから久しぶりの熱だ。

熱の有無とは関係なく、咽頭が腫れると辛い、それはそれほど変わっていない。

確か、健康診断の日に突然、体がだるくなった。採血を迷ったくらいだった。

かかりつけの病院で薬を処方してもらった。


<今日の処方箋>

・ネジシウムカプセル10mg

・フェブリク錠20mg

・バルサルタン錠80mg

・ラックビー微粒N 1%

・エクラーゼ配合錠

・リカバリンカプセル250mg

・混合薬<トーワズレ配合薬・ペレックス配合薬>

・セフジニルカプセル100mg

・ネオヨジンガーグル7%






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