『人生の歩き方』  ~思い出に間に合いたくて~

・・・人生に働く力について・・・

『久しぶり、ラウンジ掛け持ち』

蒸し暑いプサン、昼寝から目を覚ますと、カジノや有象無象の欲望やら誘惑やらなどどうでも良くなっている。それでも、カジノに入った。昨日はたいへんな混雑で席を見つけることができないほど日本人観光客が大量に来ていた。かなりの割合がはじめてで、クーポンを手にしていた。たいてい複数で来ている。家族や夫婦、恋人が多い。ひとりで来る人は目だったりしない。昨日の分析結果からほんの少し勝った。無料の焼き魚と白粥定食とビールを2杯飲んだ。帰りにツイスト揚げパンを買って帰った。ここは24時間営業していて、このパンがどういう訳かすこぶる美味しい。宿に戻り、うとうとしながら、始発電車を待った。スイスイと電車を乗り継ぎ、イミグレーションをすいすい通過し、今、スカイハブラウンジが開くのを待っているのだ。

5分ほど待って入ることができた。食事はホットミールは確かにあるが、狭いし、待たせるってことで、少しだけ食べて、そそくさとKALラウンジにも入った。こちらはホットミールはないが、カードラウンジと客層が違う、こちらも混雑し始めたが、圧迫感がない。まあ、旅行会社の特典で頂いたクーポンを試しに使ってみたが、上級会員とは待つことを避けることが最大のメリットなので、それがないので、プサンのこの便ではもう使うことはないだろう。

それにしてもぐーたらは凄まじい。カジノと飯以外、一日20時間くらい宿でゴロゴロ動画を見たり、検索活動をしているだけで、な~んにも考えることもない。冷たい水を飲んで、コーヒー入れて、残っている揚げパンを食べて過ごす。これから成田に向かう。日本は猛暑日が復活しそうな予報、まあ、今年の残りもどうやるこちやら・・・

『50回を超えるベット』

胃は重く、お酒もあまり受け付けない。蒸し暑いプサン、新しいやり方でのカジノ、50回の実験は上手くいったが、100回のテストは大きな負けを追った。それが今後のベットにどういう影響を与えてるのだろうか。それにしても100回のベットは1時間を超える長丁場だった。そして、よくも見事に負けたものだった。カジノで、中華ビビンパブを食べ、ツイスト揚げパンを買って帰った。昼はいつものキムチチゲ屋さんだ。何か量が減った気がした。味は今一だった。ようやく眠れた昼寝だった。ようやく眠ると、二度寝、三度寝が心地いい。いよいよ最後の夜のベットに向かうのだ。

『胃もカジノも停滞・低迷』

何か胃が重い。カジノは帝石をやぶり、やりたい放題で大きな負け越しをしては、少し取り返す、そんなことの繰り返しで、心臓バクバクで、体によくないストレスを感じてい。更に、リアルな資産も大きく減らしてる金融相場で、胃の重さが余計に気分を害している。

カジノをして、繁華街をビール片手に歩く、胃が重くて飲めない。繁華街で若い女性を見ると、少しエネルギーをいただくが、体調は悪化の一途だ。カジノで余計にストレスを貯める。ビールを飲める体調ではない。カジノで貯まったクーポンで、食事をする。おいしく感じない。少しカジノをしては来たく。揚げいパンを買うとおまけをつけてくれた、そのパンがモチモチで美味しい。

なんとなく眠れない夜を過ごした。

朝からカジノで同じことの繰り返し、昼はあれこれ迷ったが、名物であるミルミョンとミニビビンパブをいただした。あまり美味しく感じない。宿に戻り長い昼寝をした。

人生と同じように、停滞している、やる気がない。徹底した巣ごもりだ。

『ホットクがない』

西面の繁華街はとこかしこで工事をしていた。いろんな店がなくなっていた。コロナが過ぎ、どの街も業態業種を替えつつあるようだ、あるいは化けの皮が剥がれ、実態経済を表しているのかもしれない。韓国経済も大きな衰退に入っているのはもう疑う予知はないようだ。

まずカジノで、右往左往し、大きな流れで勝ち、散策に入った。連日の熱帯夜は海の街のせいだろう、昼間は蒸し暑い、不快指数が高い。夜も22時を過ぎて、歩けるようになる。私は暑さにはすこぶる弱いのだ。お腹が減らないがビールを飲むと少し元気が出る。再びカジノ、今度は負け、田浦カフェ通りを歩く、若者の活気も少し穏やかな気がする。もう一杯ビールを飲むと、もう〆ようと、いつものテジクッパ屋さんに入る。しかし、今回は大外れ、カクテキや白菜キムチはこの上なく、味がない、ひどい代物だった。久しぶりに辛い青唐辛子に当たった。40点のテジクッパだった。帰りに揚げパンを買って帰った。これは美味しい。

9時にカジノ、大きく負けたが、それを取り返した。お腹は空かないが、はじめてミルミョンを食べた。ジャージャー麺のタレをかけた小ライス付、私は冷麺は好きではないので、麺が中華麺に変わっただけだった。それでもご飯は美味しいし、ミルミョンの氷入りスープはしっかり味がついていて美味しくいただいた。いつものホットク屋さんを探したが、再開発で消えてなくなっていた。一番食べたいのがホットクだったので、すこぶる残念だ。とにかく朝から腸が韓国飯大忙しだ。

『今年7回目の異国へ』

迷走台風がゆき、少し秋が感じられるようになった朝、成田空港に到着した。オフシーズンで閑散としている。会社の休みができ、予約を入れた。スマートフォンでチェックインを済ませ、それで、プライオリティレーンを通過し、イミグレーション手続きを済ませ、大韓航空ラウンジに入った。私が最初の客だった。クレジットカードの利用を断り、過ごし安い環境になった。楽しみにしていた日高昆布おにぎりやシーフードヌードルはなくっていた。全体から見れば、少し食事のバリエーションが増えた。フルーツやチーズにサンドウィッチ、デザートも充実してきた。まあそれでもホットミールはないのがこのラウンジだ。今年7回目の海外、そして2回目かな?プサンに向かう。このところカジノで負けが込むようになっている。カジノの興味は薄れてしまっているが、今後の人生について考えたい。

 搭乗は6割くらいで、前方は真ん中の席を空けているようだった。定刻通り離陸し、2時間で釜山ッ金海国際空港に到着した。コロナで検疫システムのQコードがあったが、廃止されたようだ。荷物検査も無くなった。手荷物を預けていなかったので、ほとんど待つことなく、空港鉄道に乗った。思った以上にプサンを暑く感じた。電車に乗り込むと、ああ涼しい。地下鉄に乗り換えにいつもの街に辿り着いた。今回は頃よいホテルがなかったので、最初に泊まったゲストハウスに決めた。あまりおすすめできないが、価格がこの界隈で安定して安いのだ。しかし、問題は多々あるのだ。チェックインで10分ほど待たされた。あれこれ決まりがある、ここはホテルではなくゲストハウスだとか、読んで署名しないといけないのだ。なにか面倒臭い。やっと部屋に入った、やはり狭い、韓国が規制か何かでバスタオルがない。さて、少し休んで夜に備えよう。

『快適だった座席、そして病』

ハノイ、ノイバイ空港を定刻通り離陸した。

搭乗券をかざすと、ピーと音がなり、プレミアムエコノミーの通路側へのアップグレードだった。久しぶりに座席は快適だった。機内ではほとんど眠っていた。座席はすごく快適だった。足元も広い。これまでに乗った中で一番ではないかと思うほど、中距離便の中でストレスを感じることなく、過ごした。飛行機は定刻より早い到着だった。機内からでると、怪我人が出て、数名で救助に当たっていた。スイスイとイミグレーション・税関抜けた。お腹が痛くなりトイレへ。完全に下痢だ、食べると出すの繰り返した。スカイアクセス線などで予定通り、帰宅した。2日ぶりにビールを飲んだ。

しかし、それから体調の悪い状態が続いた。吐き気が辛い。過敏性腸症候群やら胃腸が弱っていることとか、喉が腫れていることもあろう。吐き気は少しずつ引いてくるものの、5.6時間は辛い。翌日からは本格的に喉が腫れてきた。くしゃみや鼻水、深い倦怠感が襲ってくる。翌日、声が枯れ、倦怠感や喉も痛みは飲み込むのも辛いレベルで、ロキソニンを飲んでなんとか凌ぐ。寝返りを打たない大汗をかき、シャツを何枚も替えた。くしゃみは咳も混じるようになり、去年罹ったコビット19に似てきた。それでもなんとか、喉の腫れは消えてきた。

私の旅行はこういう病も回復を待ってピリオドを打っている。

『人生、今から』 

薬のせいでよく眠れる。朝、買い出しに向かう。カレーピラフがあり食べたかったが、お腹がおかしいので我慢し、セブンイレブンでチーズハムサンドとカップ麺を朝食にした。どういう訳かこのところ、スイカを美味しく感じている。スイカは日本で苦手な果物だったが、最近美味しくいただいている。バンコクでもスイカばかり食べている。サラダやシーザードレッシングも好物になっている。

お腹の薬を飲んだからか?お腹が痛い。何度もトイレに駆け込むがでることはない、そんなことを何度も繰り返し、マッサージを終え預けていた荷物をピックアップした。

それにしてもタイは豊かだと思った。食文化は関心する。しかし、日本同様デフレを感じる。タイという国に来ると、私が考える本物の豊かや多様性を感じる。時折外国人が揉めている姿を見かけるが、タイ人の方が外国人より格が上だと僕は思う。外国人はせこい、計算高い、合理的だとか論理とか面倒臭い、豊かさや幸せはそんな次元にないことを体感でタイ人は知っている、そんな風に見える。微笑みの国とはそういうことだ。日本は救いようのないカネ・カネ・カネで嫉妬や劣等感の塊のような国で、同じデフレでなんでだろうか?タイで世界でもっとも豊かな国のひとつであること、考えてみようと思う。

どうように私の人生もどうしようもないものだった。やり直せるすれば、ノーベル賞級の科学的何かを見つけ、心に残る音楽か小説を書き、市長か知事になり、神社で立て、野垂れ死にする、そんな人生にしたいと思った。今からでもできることをはじめようと思う。

なんとかスワンナプーム国際空港に辿りつき、ラウンジでカルボナーラとサラダを食べ、ストロベリーアイスを食べた。これからハノイ経由で成田へ向かうところだ。

搭乗ゲートに向かう道すがら、お腹が痛くなる。DからE10分くらい歩き、トイレに

入った。もう最終案内レベルで、トイレにまで探しにきた。席に着くと、中華系の男たちが、席を替わってくれと、同じ通路側の変更なので応じた。おかげで横が誰もいなく快適だった。機内では食事をパスし、ほとんど眠っていた。ハノイノイバイ国際空港でトランジット、大行列だ。無秩序な保安検査の大行列。バンコクではほとんど並ぶことがなくなったので、ここでの行列は堪える。そもそもX線検査機材が足りなかったり、イミグレーションゲートも不足している。改善の方向は見込めない。かつてのような社会主義的冷たい態度こそ薄れたが、観光客を呼び込もうとしているのだがら、電子化など、あるいは仕切る人を入れるとかしてなんとかしてもらいたいものだ。往復2時間近い時間のロスはこの時代、さすがに取り残されてしまうだろう、更に、フライトスケジュールが集中しているのも問題だ。同じ時間帯に集中している。夜の22時から24時台に集中しているのだ。ハノイ便もホーチミン発もこの時間に集中している。行列で目まいがしてきたし、お腹も痛み始めた。アイヤーって感じだ。

ラウンジは満席状態、シャワールームが空いていたのでシャワーを浴び、髪も洗った。気分が落ち着いた。ピラフとサラダ、揚げ春巻き、かに玉スープ、そしてあんみつをいただく、あんみつと言うか、チェーの中身のような色とりどりの寒天と甘い汁、3倍食べた。スワンナプームのラウンジアイスを三つ食べた。甘いモノが美味しい。

さて、日本に戻る。ふやけた体をなんとかして、次の旅程のプサンはすぐやってくる。

『吐き気とだるさ、そしてスコール』

朝の粥屋台は週末でなし、揚げパン屋台もどうようで、好物の豚肉の唐揚げ弁当を食べた。喉も舌根扁桃も腫れていて、体もだるい。表に出るより飯を食ってまったりなどと思っていると、ルームクリーニングが来て、迷いが消えマッサージを決めた。

アソークの激安マッサージ屋さんもいくつか潰れ、残った店舗も大幅値上げをしていて、デフレ経済の日本的感覚では激安とは呼べない価格設定に変貌していた。どうように日本人観光客も大幅に激減し、韓国人やシンガポール人などの中華系を多く見かけるようになっている。激安マッサージ屋さんは来る度に質というか、態度対応が劣化している。もう下がりようもないレベルと言える。それはここタイ人の元来持っているホスピタリティから考えればありえない不愛想ぶりだ。たぶん地方から連れて来られ、奴隷的に搾取しているのではないかと思える。ほとんど言葉を交わすことなく、時間も聞かれることもなく、1時間もマッサージを終えた。この時期繁盛し、待ち時間が発生するレベルだったが客は数えるくらいしかいない。

午後2時からお酒が買えないタイで、ワインクーラーを買い、フルーツを買い宿に戻る。曇天のスクンビットだが、汗はしっかりかく。数本ワインクーラーを買い足し、ようやく見つけた弁当屋で、とろけるように煮込んだ豚肉弁当を買って帰った。

昼寝から目を覚ますと辛い時間がはじまった。吐き気とだるさ、ネキシウムやイブプロフェンを飲んでもなかなか治まらない。何度もトイレに行く。胃腸の調子もおかしい。動画さえ観るの苦痛だ。うとうとすること数回、夕刻5時を過ぎ、確かな夢を見る睡眠を終えるとようやく吐き気やだるさがいっそうされた。さあ~て飯でもと思ったら、スコール、激しい雨が降ってくる。ようやく雨季らしき天候だ。1時間ほど待ち、雨が弱まるのを見極めて、いつもの屋台で弁当を買い、セブンイレブンで、ホットサンドを焼いてもらった。たまに食べるチーズハムサンドはすこぶる美味しい。たっぷり眠ったので、弁当を食べ、フルーツを齧り、ハチミツ入りお茶を飲んで夜明けを待とう。

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