壊れた味覚、麦飯石の茹で玉子だけは美味しくいただける。
もうぐうたらでいいだろう。と、せめて、決めていたカジノと以前定宿としている界隈を散策することだけはしようと歩いた。清渓川からみる夜景ネオンはなかなかだ。広蔵市場ももう店じまい。ユッケ通りを覗くと、もうおしまいなのようだった。そこでビールを補給し、パコダ公園に向かった。
定宿としていたチョンノ3ガの夜は賑わっていた。屋台も盛況で、欧米人が目立つ。
古民家を改造して、バーやカフェも建築が進んでいる。淫靡な旅館街もゲストハウスやおしゃれなブチィクホテルへと変わってゆく。
自分のいる界隈は朝昼の賑わいはいいのだが、深夜はさみしくなる。夜行性の自分にはこっちの方がいいな~と思った。それでも、今の快適な宿を捨てるわけにはゆかない。昼飯も安いし、お代わり自由でいい。
その前の定宿としているチョンガクを見てみると、完全に変貌を遂げ、超近代的なビルで、昔の面影は完全に消えてしまった。・・・寂しい・・・いや、そんな風には思わない。
都会なのだから・・・流れなのだ。
母の日の日曜日の夜は早いようで、目星をつけていた食堂が2軒との閉まっている。カムジャータンの店で、24時間だと調べていたのだが、こういうことはソウルではたまにある。店の都合なのだろう。
フロントの女の子にもいつも部屋にいるね、と言われてしまった。
いったいあの日本人は何をしているのだろう。寝て飯食っているだけじゃん、
その通りなのだから、仕方がない。飽きないんだから不思議なものだ。
テレビも全くみない、街で流れてくるのは、加湿器の洗浄剤で死者が出て、社長に食ってかかる映像とか、
その関連の洗剤など、その手のニュースは実は韓国で少なくないようだ。
坂の上の雲を目指しているのだから・・・・
結局、近くの食堂で、豆腐鍋をいただいた。味はしないが、辛味がしっかりあった。でもラー油の辛味のようだ。それでも、ぐんぐん入ってきて、ご飯をキムチをお代わりしてしまった。
昼もギリギリまで眠っていて、起きて、飯屋に入った。キムチチゲと飯2杯。11時半で、店に行列ができ始める
頃にでた。席は20席くらいあるが、自分も合席だったが、4つ席にふたり。韓国の食事はあれこれ小皿がでてくるから、あの席では狭いのだ。4人席で4人座ることしかできない。あれで食事することはできない。
でも、それでいいんだと思う。食堂では昼間っからソジュやマッコリを普通に開けている。
何か気温差で風邪を引いてしまったようだ。
少し長いし過ぎてるのもあろう。
いよいよ、今夜がラストナイト。そんな夜を待つ受けるのだろうか。