2005年05月10日

人間性とマスコミ論。

まずはじめに、今回のブログは批難の的になることを覚悟で書かせていただく事を先に述べておきます。
また、私は今回のJR脱線事故について、JR西日本を擁護するためにこのコメントを書いているわけではありません。そういった諸々の感情を押し込めて、マスコミへの批判をしたいと思い、このコメントを書いています。
正直、文章として纏めるのに時間がかかりすぎた。


まず、今回の事故で犠牲になられた数々の方々へ。
朝、一日の流れを思い描いて、あの列車に乗られた皆様。
どれだけの無念があったか、未熟者の私に、測りきれるものでは、決してないと思います。
両親への思いを抱き、配偶者への愛を抱き、我が子への慈しみを抱き、希望ある未来への夢を抱いていたと思います。
それを、ほんの一瞬で無残にも押しつぶされてしまったやりきれなさ、今も胸に刺さっております。

これから私が書くことは、そういった皆様の無念の情を逆なでする事と思いますが、どうか、"マスコミを志すものがマスコミのあり方を考えた結果"なのだと、お許しください。


黙祷


*この先は、私の意図するところではありませんが、JR擁護とも取れる内容となります。被害者の方に近しい皆様は、あと1年は読まれないことをお勧めします。しかし、そういった方々にも、読んで頂きたい部分があるため、抜粋して以下に貼り付けます。*

マスコミとは、どういうものだろうか。
私は高校のとき、放送部に所属し、未熟ながらアナウンスコンクールで全国の舞台を幾度か踏ませていただいている。
そのときの私の原稿は、甚だ若く、未熟だった。
感情を抑えきれず、ただ主張を繰り返す原稿だった。
それを見て、あるラジオアナウンサーの方はこう仰った。
「アナウンスは、意見を主張するものではない。ただ凪いだ水面のような群集に、一片の投石でもって、波紋を作り出すだけでいいのだ」と。
けして波を起こさなくてもいい、と。
当時の私は、自分の原稿に自信を持っていたし、それなりの矜持もプライドもあった。そのため、指摘の意図もわからず、ただ闇雲に反発していたように思う。今、その原稿を読み返すと、笑いがこみ上げるほど青臭く、アナウンスとは到底いえないシロモノである。
今回の事件の報道を見て、私はアナウンスが"波紋を作り出すだけでいい"のはなぜかという事を、痛感した。


さて、マスコミへの批判を開始します。


今回の事件の報道について、私は明らかに過剰報道だと考えます。
まず、1点。
天王寺乗車区の職員が、事故当日にボーリングを行った件に関する報道について。
・天王寺乗車区職員の行動について、問題があるとすればそれはモラルの問題である。⇒個人的問題
・記者会見においての「二次会へ行った人数は?それは誰か?三次会はあったのか?」「なぜ自主的に発表しなかったのか?」という問い⇒先に述べたとおり、この会合が私的領域での出来事であった事を鑑みるに、会社側が末端部署の指摘会合の詳細人数を把握しているほうが、私はおかしいと思う。また、誰が行ったかという事について、知ったとしても、犯罪者ではないため、実名報道をすれば逆に人権的な問題に抵触する恐れがある。三次会も言わずもがな。
自主的発表について、天王寺乗車区が事故のあった乗車区ではないため、把握する必要性がない。あくまで他部署。
⇒メンタリティに大きく引きずられた報道内容。
はじめの1週間程度はこのテンションでも問題ないと思うが、さすがにそろそろ第三者視点を取り戻してほしいと思います。
また、報道できない内容(誰が参加したか等)を半ば脅迫めいた口調で問い詰め、聞き出すのは、はっきり言ってマスコミではなく野次馬ではないだろうか。いっそ、セクハラなどと同じく、マスコミハラスメントという言葉を作ってもいいかもしれない。
つづいて。
・遺族へのJRの対応
「定期払い戻し事件」
※ご遺族の方に対する批判ではありません。
※感情論では私も理解するところはあります。
ただし、これがJRの不適切な対応であったかを考えたい。
某局は、これを槍玉に挙げJRを激しい論調で罵る番組を放送していました。
しかし、定期券の払い戻しは、果たして不適切な対応だったでしょうか?
わたしは、逆に払い戻しを行わない事のほうが、会社システム的におかしいと考える。
定期券の払い戻しは、契約約款等に記載された正当な法律上の清算行為である以上、この対応を迅速に行ったJRのシステムを評価こそすれ、感情的な問題で槍玉に挙げるのはどうかと思う。
ご遺族同士の話し合いの場なら、全く問題ないと思いますが。
つまり、時期を考えろ、という報道に留めるべきだと思うわけです。

また、垣内氏の辞任問題について、攻撃的報道を行う局は少なくない。
しかし、仮に垣内氏が今すぐに責任を取って辞任したとしよう。
マスコミ各社は、こぞって責任逃れと大々的に報道すると私は考える。
これは、正しいマスコミのあり方なのだろうか?
私は、懸念する。
この報道で、JR福知山線脱線事故の被害者を増やしてしまうのではないか、と。
垣内氏という、責任感ある企業人を喪いかねない事を、私は恐れる。
この一文について、コメントをいただきましたので、半ば言い訳のように加筆させていただきます。
→ただ、私は垣内氏の過去も含めて、擁護しようとした意図で、例のコメントを書いたわけではありません。あくまでも、今回・現時点の記者会見等の対応の限りで、垣内氏の態度を"企業人が当然取るべき責任を全うしている姿"としたものだと捉らえていただければ、有り難いです。
(個人的感情:垣内氏を"喪う"と言う事について、垣内氏がマスコミの過剰反応に耐えかねて死を選ぶのでは……という私個人の懸念から出た言葉であることも、注記いたします。これ以上、この事件に関連して人が死ぬのは、それが誰であっても耐えられないので)
最終的にマスコミ対応・安全対策等が終了した上での辞任は免れないと、私も考えています。
2005.5.10 12:51


また、遺族の皆様に対する対応にも、かなりの疑問を覚える。
マスコミは、情報を集めるのが仕事という。
しかし、現在の取材方法はどうだろうか。
各社こぞって葬式にカメラを持って参列し、遺族の涙をデジタルに記録し、全国へと配信する。
悲しみにくれる遺族にマイクを突きつけ、JRへの呪詛の言葉を引き出そうとする。
本音といえば、本音。
しかし、ご遺族の中には、「運転手に恨みはない、JRの体質改善を強く望みます」とだけ述べた方もいらっしゃる。
奇麗事といえば奇麗事である。
しかし、某局某番組のO氏は、彼女のコメントを聞いた後、「素晴らしい方だと思うが、裡に仕舞い込まず、JRに対する公の怒りとしてほしい」といった概要のコメントを述べた。ご遺族の精一杯のコメントをとっておきながら、敬意の欠片もない言葉だったと思う。
私はマスコミレベルの低さを大いに嘆いた。
彼女は、本当にしまいこんだわけではない。
推測の域をでないが、そう述べることで自分自身を鼓舞し、そして自身の中で処理しようと精一杯だったのだと思う。それを、わざわざJR批判という番組の流れに沿わせるために、根底から覆すコメントをするとは。

マスコミとは、どういうものだろうか。
私は高校のとき、放送部に所属し、未熟ながらアナウンスコンクールで全国の舞台を幾度か踏ませていただいている。
そのときの私の原稿は、甚だ若く、未熟だった。
感情を抑えきれず、ただ主張を繰り返す原稿だった。
それを見て、あるラジオアナウンサーの方はこう仰った。
「アナウンスは、意見を主張するものではない。ただ凪いだ水面のような群集に、一片の投石でもって、波紋を作り出すだけでいいのだ」と。
けして波を起こさなくてもいい、と。
当時の私は、自分の原稿に自信を持っていたし、それなりの矜持もプライドもあった。そのため、指摘の意図もわからず、ただ闇雲に反発していたように思う。今、その原稿を読み返すと、笑いがこみ上げるほど青臭く、アナウンスとは到底いえないシロモノである。
今回の事件の報道を見て、私はアナウンスが"波紋を作り出すだけでいい"のはなぜかという事を、痛感した。

imitationgrace at 03:25│Comments(2)TrackBack(7)単なる日記 

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この記事へのコメント

1. Posted by d_d-   2005年05月10日 07:01
ご意見の主旨に同意見です。しかし,

> 垣内氏という、責任感ある企業人を喪いかねない事を、私は恐れる。

これだけは余計だった。
信楽高原鉄道の正面衝突事故でJR西日本が10年も責任を認めず謝罪を拒否,つい2年前にようやく非を認め再発防止に努めると会見したのが(当時副社長だったかな?)垣内氏だと言うことは周知のことですから,その約束を全く守らず安全対策を蔑ろにした経営をしていたトップを擁護するのは,たとえ一言でも,文章全体をぶちこわしにしてしまいますよ。
私は,“前科"ありの会長・社長の退陣は当然で,安全担当役員のクビを切るだけで済む問題ではないと思っています。
2. Posted by みさきとも   2005年05月10日 12:04
>>d-d_さん
コメントありがとうございます。
また、私の配慮不足ををお許しください。

ただ、私は垣内氏の過去も含めて、擁護しようとした意図で、例のコメントを書いたわけではありません。あくまでも、今回の対応の限りで、垣内氏の態度を"企業人が当然取るべき責任を全うしている姿"としたものだと捉らえていただければ有り難いです。(最終的に辞任は免れないと、私も考えています)

充分な配慮が行き届かなかったこと、あらためてお詫びいたします。また、ご指摘ありがとうございました。

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