うちの奥さんは昔のことを結構覚えていて、すごいなと思うことがよくある。

例えば、自分のお母さんが子供の頃に作ってくれていたお弁当だとか、死んだばあちゃんのこととか、昔の友達のこととか。

かなり詳細に覚えているらしく、時々、細かく描写して話をする。

そんな、おれの知らん昔のこととか、友達のこととか色々言われても興味ないわ!とか思うこともあるけど、その記憶の豊富さは正直羨ましくもある。

きっと幸せなんだろうなと思う。

 

 

自分の場合はどうかと言うと、ほとんど昔のこと、子供の頃の記憶がない。

なんだろうこれは??

 

しかし、今日なんとなく目を閉じて、自らの意識の中にもぐりこむようにタイムスリップしてみた。

意識を集中すると、思い出そうとする時代や場面にそのまま入っていける感覚になることに気がついた。

 

 

例えば、自分の子供時代。

和風の家の玄関から入ると最初に左手に死んだばあちゃんの部屋があり、嫌なことがあると時々その部屋で一緒に寝ていた。

その奥にテレビの部屋があり、食事をするテーブルがある。

神棚もあり、食事の時はテレビを消すことが我が家のルールだった。

その奥に、台所や、もう一つの玄関があったり、両親の部屋があった。

さらに二階にはぼくら3人兄弟の部屋があった。

弟、妹、ぼくの順番の並びの部屋。この文章を書きながら昔の我が家を探検した感じになった。

 

 

記憶はあまりないけれど、まるでその空間に入っていけるかのような感覚がある。

それはそれで、大切な宝物だ。

そのことに気がついて少し嬉しくなった。

 

 

自分に過去の記憶があまりないことが少しだけ寂しくもあり、情けなくもあった。

記憶をどこかにストックして時々アクセスして、心を温めることができるのは人間の特権だろう。

そして、どんな記憶にアクセスするかはある程度選べる。それが自分にもできるんだと嬉しくなった。

 

記憶は宝。それは今の心を強くするのだ。