若い頃は、人生これから、まだまだ限りなく時間はあって、夢と希望と無限の可能性に満ち溢れている、と無意識にも思い込んでいたものである。

けれども、中学生、高校生、大学生、社会人へと年を重ねるにつれて、人生の幅は確かに狭まっていくように思われる。のっぴきならない現実という壁が眼前にのしかかり、少しでも気を抜くとその重圧に押し潰されそうになる。

挑戦してきた夢は打ち砕かれ、トライはすれど、「これもダメ、あれもダメ」。人生の選択肢は一つずつ消えていく。

幸いにも税理士という職業に就いて、それが天職であると自覚をもって日々を送っている私も、ふと人生を省みることがある。


人生はいつからでもやり直せる。それは確かだ。でも、時間には限りがある。

今やれることを今精一杯やらない人間に一体何を成し遂げられるか?

でも、今、目先の単調な日々をひたすら耐えて些末な課題を繰り返すだけで人生何が変わるというのか?

そんなふうに思ってしまうのも確かだ。

でも、今の若者たちを見ていると、今しかできないことに気付かず、スマホに膨大な時間を奪われ、Lineのやり取りに翻弄されて自分一人の貴重な時間を無駄に浪費しているように思えて仕方がない。

技術の進歩は確かに人や社会を豊かにするし、幸福にする。けれども、パソコンに始まり、携帯電話、スマホ、SNSといった技術は本当に人を幸せにするのか?本当に社会を豊かにするのか?技術を否定しはしない。しかし電車の中でも、せっかくの食事時間でも、スマホを手放せない人がいかに多いことか。

世の中格差社会というし、格差が広がっているというけれど、いつの時代もそうである。持てる者はさらに富み、持たざる者はそのまま取り残される。

スマホ依存症となり廃人のような人生を送る人たちを多数生み出すIT技術、依存症とまではいかなくてもそこに多額のお金と時間を費やす人たちがいる一方で、そのIT技術を駆使する企業経営者やその大企業に属する人たちだけはおいしい思いをしている。

そういった構図に早く気付いて今やるべきことをやらなくては這い上がれない人たちこそが、また悲しいことにこうした構図に一向に気付かない。いや、残念なことに気付いても、結局、自分に負けてしまう。今やらなければならないことを後回しにして時間とお金を浪費してしまう。

本当にせっぱ詰まって思い腰を上げようとしたときにはもう手遅れになってしまう。

時間は有限である。それを自覚して日々を懸命に生きる人のみが本当の意味で自由に豊かに生きられるのだ。