怖い話まとめ「やだなぁ~…怖いなぁ~…」

ネット上の不思議な話、怖い体験、そんな話をまとめています。

インドネシア

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171 :本当にあった怖い名無し:2006/10/26(木) 05:11:25 ID:cQYTHW9f0

4~5年ほど前に、取引先の人から聞いた話。
その人が言うに、もうだいぶ前の出来事とのことだから、少なくとも10年以上前のことと思われる。


インドネシアにA氏(話してくれた人)、B氏、C氏の3人で仕事に行った。
仕事といっても、半分は遊びを兼ねたような旅行だったらしい。
そんなわけなので、仕事が終わってから10日近い暇ができ、最初の2~3日はのんびりと観光を楽しんでいた。
3人とも現地は初めてではないので、なんとなく退屈さを感じていたところ、
B氏が「ラフレシアを見てみないか?」と言い出した。

ジャングルに入るには、やはりガイドが要る。
C氏が伝をたどってガイドをさがしたところ、幸いにも引き受けてくれる人が見つかった。
翌日、3人はガイドのいる町へ向かった。
そしてガイドと落ち合い、装備を調達すると、その町の安ホテルで1泊した翌早朝、ガイドを含めた4人はジャングルへと分け入った。

念のためにラフレシアについて書いておくと、巨大な寄生花であるこの植物は、数が少ない上に開花する時間も僅かで、なかなかお目にかかることは困難である。
ガイドにも「期待はしないほうがいい」と予め念を押された。
まずは蕾を探し出し、その蕾が開花するまで待って花を見るというのが普通だが、日帰りで何日かジャングルに分け入っても、まず無理だろうとのことだ。
それでも、偶にはジャングル探検も悪くない、何かの話の種になるだろう。
3人はそんな気分であったということだ。
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311 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2013/01/25(金) 06:58:15.09 ID:4Hf0Iatx0
大学の夏休みに短期ボランティアで東南アジアに行った時の話です

俺たちのグループはベトナム、カンボジアときて最後にインドネシアへ向かった。
滞在は2週間ほどで、最初は市街地で活動していたんだが、ラスト5日ほどは地方で学校の手伝いをすることになった。
そこはジャングルの中の凸凹道を車で3時間以上走ったところにある集落で、人口は1000人ほど。
でも学校は思ったより立派だった。
近隣の集落からも子供たちが通ってくるかららしい。
学校に隣接している宿舎が俺たちの寝床で、そこには欧米のボランティア団体も滞在していた。
部屋割は2人1部屋になるんだが、折角だからと言うので欧米人たちとペアを組もうということになった。

俺と相部屋になったのはジョージというオランダ人だった。
背が高くがっしりとした体格で顔つきも何かゴツゴツして怖そうでとっつきにくいかなと思ったけど、
話してみたらフレンドリーだったので一安心した。
AKB話で盛り上がったw

ちなみに部屋はベッドが2つ並んでいるだけの殺風景なシロモノ。
そして怪異はその夜から始まった。

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250 :1/2:2012/03/03(土) 16:10:07.74 ID:M4bPxmiN0
太平洋戦争末期、インドネシアを占領していた日本軍は、戦況の悪化に伴って過酷な徴発を何度も繰り返した
そのせいで、戦争末期には友好的であったインドネシア人たちの間にもかなり反日的な意識が芽生えていたという
この抗日的意識と民族団結の機運は日本の降伏後、インドネシア独立戦争とスカルノの登場につながってゆくのである

ひょっとしたらそのことが関係しているかも知れない、戦時中のちょっと不思議な話

戦時中、体験者はインドネシアのとある島のインドネシア義勇軍の捕虜収容所に収監されることになった
海のすぐ側に建てられた収容所であったという

いざ収監室に入ってみると、収監されている日本兵たちの顔はひどく憔悴し、何かに怯えるように肩を寄せ合っていたという
ただでさえ生きて虜囚の辱めを受けずの戦陣訓が幅を利かせていた時代。しかも連合軍ではなく義勇軍の捕虜収容所である
ここの捕虜の待遇はそんなにひどいものか、とその人が驚くと、先輩の捕虜日本兵は「そうじゃないんだ……」とぽつりと呟いた

その日の夜、体験者がその捕虜収容所で迎えた最初の夜の事だった
突然、海の方角からドンドンドンドンという太鼓の音が聞こえたかと思うと、あっという間に音が近づいてきた

瞬間、部屋にいた日本兵たちは「来たぁー」と悲鳴を上げ、パニックを起こしたように一斉に壁の方へ逃げたという

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712 : 本当にあった怖い名無し[sage] : 2013/12/10(火) 14:45:56.15 ID:VkcpJfVFi
十年くらい前、俺の親父がインドネシアに出張した時の話
親父は語学堪能な方だから、現地のガイド、中国支社の人、日本の同僚の三者通訳みたいな感じで行ってた
郊外の工場行った帰り、夜になってきた頃にスコールにあって、街灯もガードレールもなく舗装もされてない山路を車で走ってたらしい
二台に分乗してて、親父は後続の方に乗ってた

すると前の車がスリップ、親父の乗ってた車もそれ避けようとして横転
前の車は山肌を回転しながらズルズル落ちて
みんな骨折してたり手足ザックリ切ってたり
死人はいないけどかなり酷い状態だったそう
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