2017年08月14日

お盆の原型は「斎会」

祖先を敬い供養する心を忘れずに!

お盆‐先祖を迎える

 甲子園球場では、球児たちが日頃の練習の成果を競い、白球を追う。

 そして、大型連休に次ぐ連休を里帰りや避暑地で過ごそうと民族大移動になるのが、お盆で、高速道路の渋滞のピークは14日になるとニュースが報じられている。

 お盆をとなる13日朝、先祖の霊を迎えるための精霊棚を作る。台の上に真菰で編んだゴザを敷いて、精霊棚の奥中央に先祖たちの位牌を安置し、位牌の前に、茄子や胡瓜で作った牛や馬を供える。

 茄子や胡瓜の牛馬には、先祖の霊が「きゅうりの馬」に乗って早く来れるように、そして、茄子の牛に乗ってゆっくり帰るようにとの願いを込めるとされている。

お盆‐茄子の牛と胡瓜の馬

 そして、14日か15日には、お経をあげ、飲食の供養をする。

 お供えものだが元は13日に「お迎え団子(あんこのついた団子)、14日は「おはぎ」、15日は「そうめん」、16日は「送り団子(白い団子)」と変わっていたという。

 日本では、仏教が伝来する以前から「御霊祭り」など、祖先の霊を迎える儀式が存在していた。

 推古天皇(606年)の時代には、僧と尼を招き食事や様々な仏事を行う「斎会」が設けら、この斎家が「お盆」の原型になったと考えられている。

 朝廷から始まったお盆は後に、武家・貴族・僧侶・宮廷などの上層階級で催されていたものだが、江戸時代に入り、一般庶民に広まったとされているのだが、それは、江戸時代に入って町人がある程度の財政力を持つようになって、仏壇や盆提灯に使われるロウソクが大量生産されるようになって、お盆の行事が広く根付くようになったもので、元々、日本人が持ち合わせていた「祖先を供養する心」と「お盆行事」が、結びついて、「お盆」が今日まで受け継がれている。

 そもそも、「お盆」とは、「盂蘭盆会」を略した言葉で、盂蘭盆会とはサンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したものであり、その意味は、転じて「逆さまに釣り下げられるような苦しみにあっている人を救う法要」を意味している。

 お盆には、先祖や亡くなった人たちの精霊が灯かりを頼りに帰ってくるといわれていたことから、祖先の魂を迎えることを目的としている。

 さて、お盆の儀式をみてみよう。

 お盆は精霊を家に迎え入れる事から始まる。

お盆‐迎え火

・13日=迎え盆(お盆の入り)
 夕方、仏壇や精霊棚(精霊を迎えるために、お盆の間だけ臨時に設ける祭棚)の前に灯りを灯した盆提灯を置いて、庭先や門口に皮をはぎ取った麻の茎(麻幹)を焚く。この灯りと炎が「迎え火」で、精霊に戻る家の場所を伝えるもので、先祖の墓が家の近くにある場合には、お墓の前で盆提灯や盆灯籠を灯して、お墓から家まで精霊を案内する。

・14日〜15日
 精霊が家に留まっている期間で、仏壇にお供え物をして迎え入れた精霊の供養をする。

・16日=送り盆(お盆の明け)
 16日の夜、精霊は再びあの世へ帰っていく。この時、迎え火と同じ位置に今度は「送り火」を焚いて、再び帰り道を照らして霊を送り出す。

 最近はお盆の暦に拘らず、僧侶を招いて供養する家も増えているが、それでもご先祖様の靈を13日に迎え、16日に送る家が殆どであるのは、やはり、風習を大切にし、ご先祖様を敬い、自分たちの健康と将来を、そして、行く末を願う心の表れであるのは言うまでもない。

 「神も仏もない」と言う人もいるが、信ずるものは救われる。

 心の拠り所としての神や仏。そして、今の自分があるのはご先祖様のお蔭と考え、感謝の心を持って日々、過ごすと、少しでも愚痴や我儘が減るのではないだろうか。

inakakisya at 13:50コメント(0) |   

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