マスターのブログ

季節は巡る・・・また新たな出逢いと感動を求めて・・・。

二年ぶりの鮎

CA3I1944今年初めての鮎釣りに行ってきました。昨年は体調を崩して夏に2回も入院してしまったので、鮎釣りに行きませんでした。

二年ぶりの鮎釣りは、四万十川の支流、黒尊川へ。ここの清流の鮎は姿、味とも絶品です。今年はまあまあの数が居るとの前情報でしたが、さてどうでしょう。

雄大な景色と綺麗な渓谷に心が洗われます。




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しかし、カラ梅雨で雨量が少なく、渇水アカ腐れ。3か所ほど釣り歩いて、枝が沈んでいるとこが多く、根がかりや、頭上のブッシュに竿先を絡めてしまったりのトラブル続きで、修復に手間を撮られましたが、何とか10匹のツ抜け。
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型は解禁後にしては、まずまず良型の平均20cmくらい。追いは悪く、顔や腹がかりも多かったです。まとまった雨が欲しいですね。

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俳句は楽しいのか その

IMG_20180611_193115  俳句のことでブログを書いていたら、偶然、昨日サービス配布の電話帳が届いた。

タウンページ南予版、何と、表紙が「俳句特集」となっている。それも「夏井いつきの一句一遊コラボ企画」になっているぢゃないか!\(◎o◎)/!

放送開始からもう18年目になる南海放送ラジオのロングラン番組。月曜から金曜までの毎日、朝10:00から、たったの10分間しかない俳句投句番組だ。ラジオの受信状態が悪いところは、インターネットで聞ける、ラジコがおすすめ。http://radiko.jp/#!/top  img_logo_red_01 生放送を聞き逃しても、アカウント登録すれば、(有料だけど安い!)いつでもネットでラジオが聴けます。

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http://radiko.jp/#!/ts/RNB/20180612100000

ちょっとこの写真は組長だいぶ若いですけど…d(⌒ー⌒)!(笑)
月曜日から初心者の下手な俳句で始まり、だんだん上級俳句が出てきて、金曜日にはその週の兼題での優秀句、そして最優秀句の「天」が披露される。「天」の称号を頂くと、南海放送から「天のノート」が贈呈される。このノートを獲得するには、与えられた兼題で、最優秀句に選ばれなければならない。選者は俳句集団いつき組、俳人の夏井いつき組長。組長の目にかかる俳句をつくらなければいけないのだ。

勿論メールから投句もできます。ku@rnb.co.jp

投句される場合は、必ず俳句のペンネーム、俳号をお忘れなく。


IMG_20180612_173915今回のタウンページの俳句特集には、夏井いつき組長が、番組に関する感想や、俳句の種まきについてのコメントが詳しく載っています。

そしてふるさと愛媛を詠んだ、すばらしい天の俳句が、東中南予別にまとめてあります。

その中でもわが南予を詠んだ、宇和島市津島町の小野更紗さんの俳句は、もう見事というしかない美しい俳句です。

真珠てふ月の涙を賜りぬ   小野更紗

こんなロマンチックな俳句が作れるなんて素晴らしいですねえ!\(◎o◎)/!

IMG_20180612_174008そして今やベストセラー俳句マニュアルともいえる本も、売れ続けているようです。

この本も俳句作りには超おすすめの本です。


人気才能バトル番組、「プレバト」はもうご存知でしょう。

その他、「サワコの朝」にも組長はゲストで出演されてましたよ。有名になってメジャーな存在にこそなられましたが、およそ20年来の、「俳句の種まき」という地道な活動は継続されています。「まさに俳句の伝道師」と言えるでしょう。

番組中、組長が、「いい俳句に出会うと血がきれいになる。」と言われていましたが、そういう作用も確かにあると思います。


https://www.youtube.com/watch?v=3yVAnlbeYFk






俳句は楽しいのか その

CA3I1924我々が暮らす人間社会は、人の数だけの十人十色の主観と、その何倍もの客観とのカオスの中にある。

自分が良かれと思っていることと、他人がそう思っていることには、ズレがある。ゆえに時には、誤解や無理解や争いが生じることもある。また、せっかく感動できる、いい感性を持ち合わせていても、表現の場がないと、埋もれて忘れ去られてしまう。

別に人に評価されなくても、自分独自の世界で満足していれば、それはそれでもいい。


自己満足と他人の評価、主観と客観のズレは、毎日のように繰り返される。有名女流俳人の、夏井いつき組長は、「自分のことを一番客観的に観られないのが自分です。」とも言う。ファッションでも映画でも、音楽でも、料理でも、人の評価や捉え方は様々である。

それを目の当たりにするのが、例えば俳句の句会である。自分ではいい句ができた、と自己満足していても、他人から見るとそうではなかったり。また逆に、これはダメな句だから、ボツにしようか、いや一か八か出してしまえ、と出したら結構気に入ってもらう人がいたりして驚かされる。


34744324_244781229589475_1860478312485224448_n一人で孤独な世界の中で作る俳句もあるが、大勢で一つの兼題や季語や言葉について、様々な感性をぶつけた俳句が出されると、人間の感性や捉え方とは、かくも多種多様なものかと驚かされる。中には自分の心の琴線に触れ、ハッとさせられる表現や、心理描写に出会えて、心を豊かにさせてくれる句に出会えることもある。それは技術や巧拙の差ではなくて、その人が持ちうる本来の優しさや、目線や、観察眼や、物事の捉え方や素直さであったりする。

そういった人の句を鑑賞する楽しさに加えて、反対に自分の作った句が、人に気に入られ、高評価を受けるときもある。自作の句に対して、自己評価では、「これは、拙い句で、誰も認めてもらえないだろうな・・・。」と思っていたら、ところがどっこい、数人もの参加者から選句されることもあるのだ。

34823309_1294074040726028_2984887659517706240_n昨日あった、松野町初心者向け句会、「入口句会」では、そういった現象がおこった。正に主観と客観の違いの妙を味わうことができた。

昨日の句会では、俳句を作る時の基本的な技法。「取り合わせ」のやり方を教わった。主催の川嶋君から、「俳句の元になる12音の言葉を考えてください。」と提示されて、参加者はそれぞれの12音を考えた。そして、「その12音に、夏の季語である、「南風」と「扇風機」の二つを組み合わせてください。」と指示があり、「同じ12音でも季語が変わると、その句の印象ががどう変わるかを鑑賞してみてください。」と、そういう意図だった。
(ぼくはこの意図が始め解らずに、どっちがふさわしいか・・と勘違いして、しっくりくるほうを選んで、短冊に書いてしまったが・・。)


34984984_244781206256144_386206813625778176_n俳句は、5.7.5のたった17音で表現する短詩系の文学である。だから限られた言葉で、自分が描きたい世界を表現しなければならない。具体的な表現も、抽象的な表現も、読み手がどうイメージしてくれるか、にかかっている。

いい句とは、読み手がイメージの中で、リアルな映像が立ち上がったり、感性の捉えどころが共通していて、詞的なロマンの感銘を受けさせられることがひとつのツボの要素になる。

自分ではうまく収まって体裁が整った・・・と思っていても、人から読むと、何処にでもある誰でもすぐに、あ〜そういうことね、と別に何の感動もない状況説明だけで終わってしまう句になっていることの方が多い。よく自然の美しさや、家族間の愛情表現を、小奇麗にそのまま句にされることもあるが、えてして予定調和でおわってしまうことも多い。逆に抽象的過ぎて、捻り過ぎても、意味不明な句になって理解されないこともある。そのバランスが難しい。


集句された全句の中から、自分の句以外の人の句を三句選んで、点数が集計される。そして選者から、選句した理由などの鑑賞した感想、選評が披露される。このときの他人の違った評価が面白く、また作者の意図のツボにはまった鑑賞が寄せられると嬉しいものだ。そう、句会とは、一つの人間コミュニケーションの場でもあるのだ。


ぼくが選んだ句はこの三句。

南風手放したもの呼び起こす   正東風(まごち)

扇風機手繋いで同じ方見て    大蔵

扇風機新居の並ぶ裏通り     えみ


上記正東風さん、大蔵さんの二句は、物語のロマンがあったり、可愛らしさの映像がリアルに立ち上がったりしていい句だと思いました。

で、何故か締切ぎりぎりで余興で出した自分の句が、最多点句に選んでもらって驚き!下手な鉄砲も数撃ちゃ・・方式である。自分の作った12音に、指定された季語をくっつけてみた。

扇風機福島弁の詐欺電話     しょうパパ   6点句

南風そううつ病のジャムの蓋    しょうパパ  4点句

南風アサギマダラに問うてみる   しょうパパ  1点句

CA3I1920CA3I1923今回の句会の参加者で、書家でもある、矢間大蔵氏から、俳句の書の色紙のプレゼントがあり、参加者は大喜びでした。ダイゾー君ありがとう。(^O^)

今回の句会は、主催者は、季語を違えてみると句がどう動くか、がポイントだったようで、実は後から気が付いたボクは、勝手に何句も投句してしまい、申し訳なかったです。m(__)m


俳句は所詮水物。まあ、これは音楽でも料理でもそうだけど・・。人の心模様のように、一瞬で浮かんでは消えていくもの。でも、人生の中の忙しい日々の中で、ほんの一時、一瞬でも気持ちが高揚したり、暖かくなったり・・。その刹那的な小さな感動を味わうことができれば、これもまた佳きかなです。

俳句なんか作ってどうなるの?、言葉組み合わすだけで何が楽しいの?、自分には難しくて無理・・、と言われる方も多いでしょうが、表現する楽しさや、人に自分の感性を理解してもらえることって、日常の中にあってもいいと思いませんか?









俳句は楽しいのか その

CA3I1901森の国松野町で、新たな町づくりの試みが始まっている。

我が松野町には、「いいもの」は沢山ある。これまでにも観光やイベント、特産品、景観や史跡などで、人の誘致への取り組みはなされてきた。

そしてこの度、松野町がこれから取り組もうとしている文化的資産の活用が俳句である。天才俳人、芝不器男を生んだ町として、若い感性での俳句文化の発信と、芝不器男記念館の施設を活かす、という切り口で、町の特性を創ろうとしている。

32703904_1280345308765568_1416472002243330048_n今春、地域おこし協力隊に、川嶋健祐くんという、俳句に特科した俳人協力隊員が着任した。これまでの観光と農業のカテゴリーだけでなく、教育の分野でも若い感性を導入して、町づくりに活かそうと、町のふるさと創生課と教育課が採用したのだ。既存の施設をPRしたり、イベントをするだけでなく、俳句の魅力をもっと多くの年代に発信して、松野町を俳句で盛り上げようという積極的な取り組みである。

そんなきっかけが最近あったものだから、俳句を作りはじめた。約10年前にラジオの俳句番組に投句したことはあったが、それ以来俳句からは離れていた。センスも技術も、ど素人の初心者の目線でみた俳句に対する感想を書いてみようと思う。



以前のブログ記事でも触れたが、そもそも俳句とは、見方によっては優美で風流な世界で、文学に堪能な暇なお年寄りが嗜む高尚な趣味・・。という印象を持っている人も多いだろう。また、やたら捻った表現や、難しい漢字や、知らない季語での訳の分からない描写があったりで難解。というところも確かにある。小説やエッセイなどよりも、作者の表現しようとする世界が読み手に伝わりにくい、という面もあるだろう。

文芸、芸術の領域だけに、作者の感性や意図は、これといった答えがあるわけではない。読み手が勝手に解釈してもそれは構わないのだ。作者も万人に受けようとは思っていないだろう。しかし、解る人だけが解ればいい、という捉え方では一般に普及しないし、町づくりの要素になりうるかどうかは疑問もある。そのあたりが難しいところだろう。

CA3I1900実際、僕もいくつかの俳人の句集を読んでみても、まったく意味不明じゃ!(>_<)という俳句の何と多いことか。発想や鑑賞力がまだ貧困で、自分が持ちうる想像力と、パッシブアンテナを総動員しても、何が言いたいのか、どういう現象なのかが理解できないのである。(T_T)  

普段ネットやTVで、イージーでダイレクトなビジュアルとコピーで、コテコテの予定調和や、イメージ誘導といった大衆嗜好の情報にばかりさらされていると、余計にそのギャップを感じてしまうのだ。

今、世の中に溢れている情報は、おおむね、「誰が見ても解りやすく、唱えやすく、聞き心地のいいフレーズ」に満ち溢れている。一般ピープルに心地よく受け入れられ、取り上げられるものは、特別な個性や、普通の人が読めない漢字ではなく、もっと簡単な言葉で表されて、だれにでもすぐに解る、いわゆる「売れ筋」のフレーズに重きが置かれるのである。

よって、俳句という、短いけどそれ故に一見難解な短詩系の表現方法は、ラインやインスタ慣れした若者からは、興味の対象から外され、敷居の高いものになっていきがちな気がするのだ。

CA3I1903然るに、そこをもっと、俳句というものを、古臭さや、難解さに臆することを排除して、ニューウエイブ的に、もっとポピュラーな楽しみになるようレクチャーし、愛好者を増やしていけるかが問われることになるであろう。

俳句とは、そんなイージーで通俗的なものではない、という愛好家もいるだろうし、何の嗜みでもある程度の技術修練は必要で、それを億劫がっては何も身に付かない、という声も聞こえてきそうだが・・・。

        つづく

このブログは、フェイスブック仲間にもリンクしております。俳句を嗜まれる上級者の方々もいらっしゃいますので、ご意見をお聞かせください。





四万十川鮎釣り解禁

CA3I1924四国高知の四万十川の鮎釣りが本日6月1日、解禁になりました。

静岡から毎年解禁日に遠征される苦楽研人師匠が、今年もご夫婦で四万十川に入釣されています。


御年70ん?歳の大ベテランで、鮎釣りの心髄を知り尽くされています。河原へお弁当を届けると、早速竿を渡されて、鮎釣りをレクチャーしていただきました。

CA3I1925支流目黒川は、渇水と前日からの工事や田植えのニゴリ水が入り、コンディションは良くないです。

でも今年は例年になく遡上量が多いそうなので、期待は持てます。

瀬でしばらくオトリを泳がせていたら、キラッ!っと川底が光ってかかりました!綺麗な鮎がタモに収まりました。


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奥様も鮎釣りをされます。地元のK名人と、午前中で3人で約30匹ほどの天然鮎を釣られていました。

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もっと竿を出したかったのですが、仕事に戻らねば・・。竿を師匠に返し、目黒川を後にしました。

詳しい釣行記は、苦楽研人さんの、ブログ

鮎友釣り街道
https://blog.goo.ne.jp/ayu-3155

をご覧ください。


チコちゃんに叱られる

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 今年、このまま大事件や大きな話題がなければ、年末の清水寺住職書の今年の一字は、おそらく「嘘」になるのではなかろうか。(笑)

そして、昨年の「インスタ映え」につづく今年の流行語大賞候補は、これ、
「ぼ〜っと生きてんじゃねーよ!」になりそうな気がする。

これは、NHKの教養番組、「チコちゃんに叱られる」に出てくる決めセリフ。

普段なにげにスルーしてるけど、実はその真相を知らなかった・・・という話題にスポットを当て、詳しい調査でその理由やしくみを教えてくれる。結構ためになる。

CA3I1907出演者が、知らなくて無知な姿をさらすと、メインキャラのチコちゃんが、「ぼ〜っと生きてんじゃね〜よ!」と一括するとこが痛快。

番組内容はこちら、http://www4.nhk.or.jp/chikochan/

毎週金曜の午後7:57から総合テレビで。

今夜この後です。お楽しみに・・・。


最近、ブログの更新が遅くなってますが、フェイスブックやインスタグラムでは、しょっちゅう更新しているので、まだアカウントを持っていない人はアカウントを取得(無料)して、そちらをごらんください。  マスター

沖釣りも最高!

CA3I1887数か月ぶりの出撃でした。今回は山本船長が、休みがやっと合った、と嬉しいお誘い。仕事、体調不良、身内の葬儀・・などなどが相次いで重なり、潮のニオイをしばらく嗅いでなかったので、メッチャリフレッシュできました。


山本船長の的確なポイント選択のおかげで、食べ頃サイズのマダイ、ヤズ、スリ身用のエソなど、沢山の釣果に恵まれました。

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自作のタイラバ仕掛け。鯛玉オモリに塗装して、ホログラムシールを貼ってあります。100均ショップで買ったキッチン用のシリコンシートを切り抜いたスカート、フックもダイニーマ糸で自作です。エサも付けずに、このヒラヒラゴムルアーに、鯛や青物、ヒラメまで釣れちゃうのです。


今回は宇和島沖。結構沖まで走って、寒グレ釣りの有名磯近くまで出船しました。
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CA3I1879CA3I1864的確な状況判断と、ツボにハマったら鬼のように釣り倒すセミプロ級の山本船長。

船の生け簀はみるみるうちに満員御礼。

また、活け締め、神経締め、血抜きの処理が手早く完璧なので、後で食べるのが非常に期待できます。(^O^)

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で、こうなります。地域おこし協力隊の新人さんたちを呼んで、釣りたての愛媛の魚を味わってもらいました。(^O^)
IMG_20180516_193012IMG_20180516_193020ヤズとは、小型のハマチのことで、普通磯のグレ釣りの外道でもたまに釣れますが、普通はあまり油が乗ってなくてあっさりした魚なんですが、このヤズは栄養状態もよく、まるで寒ブリのようなコクがあってメッチャ旨かったです。刺身、ブリシャブ(ヤズシャブ)、焼き切り(タタキ)にしたら、あっという間に、2本完食!若いっていいなあ・・。(*^^)v

船長の気配りに感謝です。m(__)m
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俳句ワークショップ初参加

神が人間に授けた最も偉大な力は、想像する力であると思う。
他の動物よりもはるかに桁違いの想像力、即ちイメージする能力が人間には備わっている。

地球上、いや宇宙空間にいたるまで、豊かな感性で森羅万象を捉え、五感と想像力を駆使し、作品にして、人は人に多くの感動を与えてきた。

32290019_1628204320629880_4105627163154186240_n画家も、作家も、映画監督も、音楽家も、料理人も、デザイナーも、多くの分野で、クリエーターやアーティストたちが作品を残してきた。優れた作品や共感する作品に触れたとき、人は感動を覚える。そしてその捉え方は千差万別。

季節折々の風景や、複雑な心情や、抱くイメージの印象を、5.7.5のたった17音で表す俳句の世界。小説やエッセイは書けないけど、俳句ならできるかも?というお手軽さと、俳句甲子園の毎年開催や、TV番組「プレバド」の高視聴率効果もあって、近年俳句がクローズアップされている。

えてして、忙しい日常生活に追われていると、俳句なんて嗜む気になれない、という人は多いだろう。また、俳句は、文学に堪能なお年寄りが嗜む、高尚で敷居の高い分野、と先入観を持っている人もいるだろう。あるいは、俳句をただ作っておもしろいん?どうなん?とも感じる人もいるだろう。

ところが、世の中の森羅万象は、捉え方によっては、毎日が驚きと感動に満ち溢れている。自然界や何気ない日常の生活空間にさえ、俳句の種はそこらじゅうに散らばっているのだ。感受性を研ぎ澄まし、五感をシェイプアップさせ、既成概念に囚われず自由な発想で遊んでみたら、突然コロリと瞬時にしていい句が生まれたりする。そんな作者のオリジナリティと、読み手の感受性がマッチングしたとき、えも言われぬ快感や感動を味わうことになる。

32191682_1629383223845323_1126319284629274624_nそんな魅力を持った俳句ゲームの集いが句会だ。今年4月、新たな地域おこし協力隊として、俳句専門の若者が移住してきた。彼の名は、川嶋健佑君。愛媛を代表する俳人の坪内稔典氏の孫弟子で若干24歳。この度、川嶋君が初心者向けの句会兼ワークショップを開催するというので、昨夜参加してみた。

ボクは7〜8年ほど前に、ラジオ俳句投句番組に投句していたこともあったが、句会に参加するのは初めて。句会のルールも進行も解らないまま、ぶっつけで臨んだ。

昨夜の席題は、「どうしよう」  「いちご」  「球(ボール)」

たった30分で、この3題の俳句を作らなければならない。「どうしよう」は、初心者用に用意された席題で、季語が入らなくてもいいからとにかく5.7.5にしなさい、という問題。

句会の流れは、

1.作句できたら短冊に書き、投句する。

2.係が参加者全員の短冊を集句して、まとめてコピーする。

3.参加者はみんなの俳句を鑑賞して、自作以外の句を2句だけチョイスする。

4.一人づつ選句した句を発表する。(このときまだ作者は誰かばらさないこと)

5.集計された一番人気の句から、選者が選評して、選句した理由や、その句のいいところを指摘する。

6.選者のコメントが全て出揃ったら、初めて句の作者を訪ねる。かつ作者の句の意図を話したりもする。

そうやって選句と選評、作者発表を完了する。

CA3I1838基本のルールとしては、自分の句を選ばないことと、仕切り役が「この句の作者はどなたでしょう?」と尋ねるまで、誰の句かは秘密にしておくこと。

句会に初めて参加して感じたことは、まず、どんないい句を詠んでも、それを鑑賞してくれる読み手がいないと面白くない。自分の句を一人でも取り上げて1点もらったら嬉しい。多数の選ばれた点があったらなおさら嬉しいもの。そして作者の意図どおりに感じてくれたり、或いは全然別の観点や印象をもってくれたことの意外性の驚きがある。

ときに、自分ではとてもいい句ができた。と内心自画自賛していても、人にはそう映らなかったりもする。逆にこんな俳句だめやなあ・・と自信がなくても、人は気に入ってくれたりもする。

愛媛を代表する女流俳人の夏井いつき組長は、「自分のことを一番客観的に観られないのが自分です。」とよく言っておられた。まさにその感覚のギャップは、日常生活の中でも感じたり、句会でも感じさせられるものだ。また同組長は、テレビ番組の出演時にこうも言っておられた。「いい俳句に出会えると血液が浄化されるんですよ。」 とも。

また、人の句を鑑賞して、「えっ!この人にこんな感性があったのか!」という驚きや、「この季語からそっちに行きましたか!」という意外性や独特の感性の飛躍が楽しい。誰しもが考え付きそうなありきたりの連想での類想類句や、説明的な表現は俳句ではタブー。また川柳的な陳腐なうけ狙いや、消防団の標語的な句も嫌われる。いかにイメージの中で独創的に遊ばせてくれるかも問われるところ。

CA3I0052我が国の学校教育や社会生活では、ともすれば全体の統一感や、秩序、試験の点数や仕事の実績、運動能力や業務能力の高さのみが優先されることの方が多く、個人の感性やオリジナリティを理解して受け止めてあげることが置き去りにされることも多いことだろう。そんな画一化された価値観の環境の中で、自己を見失い、感受性を踏みにじられ、順応できないデリケートな人たちも多い。周囲から孤立して学校へは不登校になり、ストレス過多でうつ病になり、職場へもなかなか復帰できない。そんな人も激増しているとも聞く。

 そんな現代社会の忙しい流れの中で、物事の多様性を認め、ものの見方をちょっと変えて癒してくれる。あるいは想像の翼を自由に広げることで、生きるエネルギーが湧いてくる。そんなきっかけを作ることも俳句の世界であるような気もしてくる。

選句したお気に入り句は、

匙ひとつ好きを上乗せ苺ジャム (ま東風)

ラムネ飲む白血球の踊り出す  (ツヨシ)


イメージが広がるばかりで、限られた時間の中で拙句しかできなかったが、昨夜の自句です。なんてヘタクソ!!(T_T) これからボチボチ修行します。

野苺や雨粒はじく霊柩車

ヘミングウエイ眉間に被せ苺噛む

チューニングひとつ外れていちごみるく

軟球の雲まで跳ねて青葉風

大飛球5万の瞳追う夏夜

どうしよう課長の腹の揺れて夏 (季語なし席題)

どうしようペペロンチーノまだ来ない(季語なし席題)

以上、しょうパパ



お茶とお菓子をつまみながら、あっという間の2時間が過ぎていきました。

32280221_1629383253845320_9106493779023495168_n今の時代、無機質なデジタルデータや、瞬間の画像だけで表現されることが多い中、人間が持つソフトな感性や、体温、そして自由な発想の奔放さの楽しさを感じた句会でした。



しかし、このチラシ・・・・・。

頭はパンダやけど、体はペンギン????

まあ、これも俳人の自由な発想ということにしときましょうかね。d(⌒ー⌒)!(笑)











妻を産んでくれた義父を偲んで

あっという間に慌ただしいGWが終わった。連休中日の5月1日未明、妻の父が亡くなった。つい前日まで、好きな果物やお菓子をたくさん食べて、問題なく過ごしていたのに、この日の未明に容体が急変して息を引き取った。

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 あまり多くは語らない義父だったが、実家に行くと、いつもにこやかに微笑んで迎えてくれた。葬儀の日取りは、友引もあって、その日の晩にお通夜、翌日葬儀告別式という、タイトなスケジュールだった。

喪主は義母が務めたが、実家の兄弟姉妹の中では僕が一番年上ということで、喪主代行の遺族挨拶の役を仰せつかった。

喪主挨拶というのは、たいがいは定型通りに簡潔に終わらせることが多い。結婚式のスピーチなら、いろいろと話題が盛り込めるが、葬儀の挨拶が長くなるのも参列者に気の毒だ。そう思って簡略な定型通りのシナリオを考えていた。


CA3I1825 (2)まだ参列者の居ないホールの遺族席で、義父が眠る棺を前に一人佇んでいると、様々な想いが湧いてくる。

人は誰しも、家族や身近な人の死に向かい合ったとき、自分の生を考える。一人の人間が命を終えた時にこそ、自分の生き方を問うのである。そして想うのは、いつも、その人が生きて現存しているときよりも、亡くなってからのほうが、より強く存在感を感じるものだ。親ならなおさらである。

当たり前の話だが、この世に存在する生き物で、親のいないものはいない。親が自分と言う生命体を産まなければ、自分はこの世には存在しないのだ。その親ですら、同じように父母がいて、祖父母がいた。たった4代遡っただけでも、2+4+8+16=30で、自分と言う生命体は、30人の人による継続共同合作の最終作品なのである。そして義父は、自分が生涯のパートナーとして決めた女を、この世に出現させてくれた功労者なのである。そしてその伴侶が、子供を産んでくれれば、命のバトンを受け渡すという、生き物の使命として最大の仕事がクリアーできたことになるのだ。

CA3I1824自然界の中に、半ばテリトリー的に作られた現代のこの国の文明社会では、人は死ぬと火葬されて墓地に埋葬されるが、そんな文明が始まる前には、人間の肉体も、他の動物同様に死後には自然界で分解され、その言葉通りに土に還っていった。自然界の小動物や、昆虫や、微生物の餌となり、それらの命を一時でも支えていたのだ。南米大陸アンデス山脈に棲むインディオの風習には、遺体を岩山の棚にさらして、コンドルなどの鳥に食わせる鳥葬があるという。

人間のほか生き物というのは、寿命が尽きるから子孫を残す。弱きものは淘汰されるが、今現在、地球上に生きている者は、凄まじい生存競争の末に残った最強の勝ち組の末裔なのだ。だから、今この世に生きているということは、いわば選ばれし者たちばかりなのだ。自分の力や可能性をいくらでも試せる生命力と、時間と、環境はすでに与えられているのだ。

般若心経の中の有名な一節に、

色即是空 空即是色(しきそくぜくう くうそくぜしき)

という一節がある。

「色」とは、肉体とか物質とか実在するものを表し、「空」とは実体のないもの、目に見えないものを表す。色(しき)即(すなわち)是(これ)空であり、空すなわちこれ色である。と言っている。これは対義語になっており、簡単に言うと、実在するものは空であり、無いものは実はあるのである。ということである。

CA3I1816解りやすく言うと、人は生きているうちは肉体があるが、死ぬとその肉体は雲散霧消する。実在しているうちはあまり大事だと言う実感は湧かないが、死んで肉体が消滅してから、その人の存在感が感じられるものである。とも解釈できる。親なんてともすれば生きている間は、邪険にしたり喧嘩したりするが、死んで肉体は無くなっても、生きた証として子や孫があり、その人の生前の教えや信条、人に与えた影響は残っている、という意味にも捉えられる。

そう、死に方は生き方で、生き方は死に方なのである


そんなことを考えていた。


そして、葬儀開始直前に、あいさつにある一文を加えることにした。

「義父はこの後、程なく灰になり、土に還っていくことと思いますが、義父が生きた証は、私の妻に、兄弟に、そして孫に確実に受け継がれています。人がこの世に生まれ生きていくという事は、辛くて問題との戦いの繰り返しでしょうが、今、この日この時を生きているということを素晴らしいと思い、生かされているということに感謝すれば、有意義な人生が送れるのではないか。そう思います。」

そう付け加えた。

CA3I0037葬儀は程なく出棺を迎えた。

成人して体が大きくなってから、初めて身内の葬儀に参列し、祖父の棺を担いだ孫である息子2人。

その棺の重みと、子孫としての貢献感が、彼らの生きる僅かばかりの糧になれば幸いである。

いまどきのSNS

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最近、画像投稿型SNSのインスタグラムを始めた。自分はまだ頑固にスマホではなく、マイナーなガラケー派である。ネットもSNSもすべてPCでやっていた。メルカリは何とかPCでもやれたが、インスタは、PCでは閲覧のみで投稿ができない。無料で使えるSNSでは、フェイスブックを愛用していたが、若いお客さんに薦められて、今風のSNSも試してみようということで、試行錯誤しながらの投稿をはじめた。

フェイスブック歴は約6年、ブログ歴は始めたのが2006年3月だから12年。それ以前はホームページでBBSを持って、投稿者とやりとりをしていた。

IMG_20180427_085310店のメニューや営業内容の紹介、趣味の釣りの話題や釣行レポート、そして個人的な日常の話題など、自由日記的な記事を書いて公開することはそう嫌なことじゃない。個人的なことを人に知られるのを嫌う人もいるが、自分は、むしろそういう事実を知ってもらったほうが、自分のキャラや好み、信条、身の周りの諸事情を知ってもらって、安心感や親近感をもってもらうことは、プラスになると思っている。

正直、もともと自己顕示欲は強い方で、常に人に認められたい、とか、リアクションが欲しい、とか、評価が欲しい、という承認欲求も強い方だと思っている。感情や情緒の表現を常にしていたい性分で、少々手間暇かけても画像や文章にしてしまう。よってSNSもそんな性分に合っているとも思う。

IMG_20180427_090850手間はかかったが、これまでブログやフェイスブックの投稿は、旧式のガラケーで写真を撮り、ノートパソコンに取り込んで投稿していた。デジタル一眼レフカメラを買って、昨年の流行語にもなった、「インスタ映え」までは写真には凝れないが、ガラケーのカメラよりも、タブレット端末のカメラのほうが画像が数段綺麗なので、インスタ投稿はタブレットで行っている。

ホームページのBBSやメールでやりとりした頃から20年近く経って、今やHPやメールは過去の伝達手段になりつつある。自店のHPは、もう何年も更新せずほったらかし。営業の情報発信は完全にフェイスブックページに移行している。殆どの人がハードもパソコンからスマートホンに移行して、そのフェイスブックですら、今は中高年向けのSNSなのだそうだ。

IMG_20180427_085235それは、文章入力がだんだん簡潔的傾向になり、言葉でのやりとりが減っているのだ。こんなブログでの長文や長いテキストは、発信側も受け取り側も嫌われる傾向にある。ぼくはラインはやらないが、いい例がラインで、自分の意志表示は言葉ではなく、スタンプ一つで済ませていることからも伺える。今どきの若者のコミュケーションは、「集まらない、飲まない、話さない、書かない、」 で、飲み屋さんからすると非常に寂しい傾向になったような気がするのである。

毎日膨大な情報が飛び交っては消え、とにかく何もかもが簡潔にスピーディーに処理されて、反応や対応の遅いおじさんは付いていけない。(>_<)

instagram-howto-guide-001でも、商売をやっていると、少しでも情報発信をしないと、気に留めてもらえないという危機感はある。昔のように信用と義理人情だけでお客さんが来てもらえる、利用してもらえるという時代ではないのだ。特に固定店をもつ事業者は、移動できないので、SNSという無料で発信できるツールがあるのはありがたい。サービス会社に個人情報を差し出し、関心や消費嗜好のデータソースになることは避けられないが・・・。







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