マスターのブログ

季節は巡る・・・また新たな出逢いと感動を求めて・・・。

セルフリフォーム日記



DSC_0673 今年1月に、南予地方を襲った暴風雨。台風よりも強烈で、宇和島市などでもかなりの被害が出た。うちの親の古い実家も、屋根に被害があって、ひどい雨漏り がしだしたので修理が必要になった。プロの左官さんに頼める人はなく、聞くところによると、宇和島市の屋根修理業者は、依頼が数十件待ちだというので、思い切って自分で修理することにした。

 CA3I2328高いところはあまり好きじゃないし、素人が無理すると怪我してもいけない懸念もあったが、注意して始めた。なんせ、築およそ80年以上。長年の風雨で瓦はズレまくり、隙間だらけ。これじゃ漏るわな。

ホームセンターでセメントを買ってきて、セメントパレットも板で自作して、足元は地下足袋のにわか左官職人。4面ある寄棟の瓦屋根を毎日2〜3時間ずつ、こつこつと目地を塗っていった。安全ロープを縛るところがないので、てっぺんの向こう側にコンクリートブロックを置いて、それを重りにして、磯釣り用のロープとカラビナで体を固定した。

CA3I2322CA3I2324約一月半ほどかかって、やっと修理完了。ハシゴをかけるベランダ横の屋根を貸してくれた、お隣さんに感謝。



CA3I2337修理や掃除は一ヶ所やりだすと、作業中、他にも修繕箇所がありこち見つかって、追加工事。外階段のフェンスやドアもグラグラのバラバラだったのを復旧。




CA3I2399屋内では、キッチンの床が2カ所ほど、表板が踏んだらベコベコ。グラインダーで周りを切り取り、胴縁の下地を入れ込む。さすがに同じ柄の床板は手に入らないので、ラワン合板を埋め込む。CA3I2404継ぎ接ぎだが、フロアマットで覆えばOK。
CA3I2405これを2カ所クリアー。




CA3I2415そして、最後の難関は玄関ポーチの天井と壁の貼り替え。最初は剥がれていた1枚分だけ貼り替えるつもりだったが、結局全部剥がした。シーリングライトが3カ所あって、電気屋さんに頼まなければ・・・と心配したが、コードの引き込み口さえ逃げれば、貼り替え可能と判断。CA3I2421しかし、天井は脚立に上り、上向きに作業しなくてならないし、寸法が3X6尺の板の横幅では歩留まりが悪い。繋ぎ目もピッタリ収まるようにカットして貼らなくては、かっこ悪い。採寸とカット、打ち込みに神経が要る。仮押さえ用の角材も作った。

CA3I2450CA3I2434ツバメの巣で泥だらけになっていたランプシェードも外して磨き、新しいLEDランプに取り替え、無事点灯。

何とか天井が貼り上がった。














そういった諸々の作業で胴縁や、垂木や、ラワン合板がちょっぴり余った。
CA3I2428せっかく玄関ポーチの天井がきれいになったので、土間もちょこっとグレードアップしたい。・・と思って、余り材をぶっつけ作業で、プランタースタンドを作ってみた。水やりをしょちゅうするので、棚板ではなくスノコ状に。
防腐塗装して、お花を置いて出来上がり。


全ての工程が、未熟な素人の発想と作業。あるのは実行するやる気だけ。道具や材料も最小限で、とてもプロの職人作業と比べると、不細工でかっこ悪いが、機能だけは回復したとは実感している。ありあわせや最小限の材料と道具で、何とか修繕するのが我が家の流儀。草葉の陰から、継続するパワーを送ってくれて応援してくれた、亡き親父に感謝である。

コロナ感染症対策で店の営業はままならず、経営は大変だが、こういったタイミングで時間を与えられたのだ、と思えば、やりがいも感じた次第。普段の仕事が止っているが、自分の日役を何とか稼げたかな? 幸い今年は体調がいいので、体も動いたことにも感謝。
何とか奥方様に貢献度を認めてもらいたいのが一番の願いでもあるのだが、さてどうでしょうか?
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永昌寺東屋改修


CA3I2322 松丸の永昌寺境内にある東屋。 松丸地区、延野々地区を一望に見下ろす絶景が楽しめる、メディアなども多く取材に来るスポット。

この東屋は築約40年といったところか。毎年ぼけ封じ観音や、三世観音のご縁日、そして大晦日の除夜の鐘のイベントなどでの休憩や飲食スペースとして重宝な建物。ここのベンチで早朝に座禅をさせてもらったりしている。


IMG_20190925_094109数年前から気になっていたのだが、この東屋のベンチや手すり、柱などが長年の風雨にさらされて、腐りかけていた。その修理をいつかやろうやろうとは思っていたが、ここ数年の体調不良で先送りになっていた。でも、今やっとけば、今後10年20年と持ちが違うのだ。

永昌寺には、檀家有志数人で作った座禅サークル、「遊禅倶楽部」というグループがある。毎月一回、本堂で座禅を組み、和尚さんの説法を聞いて、一時の精神修養をする。先日あった今年最初の座禅会の説法で、和尚さんから、「寒暖自知」という言葉の意味を教わった。

えてして、人間というものは、やる前からやらなくていい理由を探しがちで、なかなか行動に移さないものだ。器の中の水が冷たいか、暑いかは、自分の手を突っ込んでみて解ればいい。やれるかやれないかは実行してみてから判断すればいい。何もしないうちにあーだこーだと予断するのは馬鹿げている。

そういう意味のお話だった。

仕事も、家庭も、地域活動も、先入観や、忙しさの言い訳で、実行しなかったり、しなくていい言い訳を先に用意していることの何と多いことか。結果や人目を気にして、行動できないでいることの何と多いことか。

CA3I2378頭の中でゴチャゴチャ考えて、いい答えが出るわけでも無い。だったらいっそのこと、とりあえずやってみてから判断しよう。とりあえず今日、この日この時にできることを精一杯してみよう。そんな気が起こってきた。

このふるさとで34年間も店を維持させてもらって、家庭も持てて、子供を育てて、多くのお客様や、すばらしい仲間に恵まれて、自分は本当に幸せ者だ。ありがたいなあ。「ミスタースポークスマンオブ松野」の矢間大蔵風に言えば、「ありがてえなあ。」笑。それもご先祖様のお導きや仏縁をいただいているおかげかもしれない。そう思えるときが多くなった。

7年前に大病で死にかけてはいたが、こうやってまた元気に復帰させてもらった。だったら自分のできることは精一杯やろう。やる前から諦めずに、とりあえずベストを尽くそう。問題や困難に遭う度に、そう思えるときがあるようになった。ゴチャゴチャ頭で考えるだけでななくて、行動しよう。


誰かが言ってたな。


知恵のある者は知恵を出せ

金のある者は金を出せ

どちらもない者は汗を出せ


・・・・うん、オレは汗を出すしかないな・・・。そうだそうしよう。



ということで、一週間前から、毎朝東屋の改修に一人で着手。若干早起きをして、仕事までの早朝1時間半くらいで少しづつ作業を始めた。

CA3I2315雨に打たれて腐りかけていたベンチの座板や手すり、柱をディスクグラインダーのサンダーで研磨していく。広い面だけだったら平形サンダーでいけるけど、丸い円柱や角材の裏側なども研磨するんで、手持ちのディスクサンダーで少しづつ磨いていく。カビやコケ、木の粉まみれになるので、防塵マスクとゴーグルは必着。

CA3I2400電気カンナでやったら、早いんだろうが、削り過ぎてもいけないし、座板には釘が打ってあるので、釘の頭をはねてもいけない。円柱にもかけられないので、手持ちのディスクグラインダーでこまめに削っていくしかない。自前のある道具でなんとかするのだ。

CA3I2387気を抜くとディスクサンダーが別のところに傷をつけてしまう。手に当たると手袋のゴムごと皮膚がこそげ取られて怪我をする。均等にむらなく、ひたすら塗り絵のように磨き進んでいく。黙々と修行にも似た、集中力を維持した単調作業が続く。モーター音と研削音と木の匂いだけの空間に包まれる。

CA3I2403もともと木材や金属を削ったり、磨いたりするのは嫌いじゃないので、作業前と作業後の違いにときに自己満足する。ビフォア、アフターの差が楽しい。


CA3I2407一見、作り替えた方が早いかな?とも思っていたが、磨いてみると、なんのなんの、きれいな木の下地が出てきたじゃないですか。古いものでも磨けば若返るんですよ。人間もそうありたいものだねえ・・。なんて一人でご満悦。

ああ、このベンチで座禅したり、ストレッチ体操するのが楽しみになってきたなあ。



後は、マスキングして防腐塗料塗れば完成だ。参拝者や寺の護持会役員さんも気持ちよく休めるなあ。

CA3I2321初めは途方も無い思いつきをしたもんだ。と若干後悔したが、何とか出来上がってきたな。千里の道も一歩からだよな。

昨年からお寺の副総代を拝命したけど、手術や入院続きで、何も貢献できてなかったんで、少しは役に立てたかな。

塗装と掃除が終わったら、一度訪れてみてください。眺め最高の場所ですよ。






そういう時代ですかね。


82846322_1525006220985266_6452375788787335168_n あのね、ちょっと聞いてよ。ガキの頃から質素倹約志向の親に育てられたせいか、なんかこう貧乏性というか、最低限の事足りてたら満足な性分というか、未だにスマホじゃなくてガラケーなのね。そもそも携帯電話なんて、電話と写真とたまにメールさえできればそれでいい、と思ってたんで、まだスマホにしようと思わないガラパゴス人種なわけ。充電や画像取り出しのプラグカバーが外れかけやけど、マスキングテープで止めて使ってるんよね。

で、なんで待ち受け画面が、かみさんなのかは置いといて(笑)、最近その「まだガラケーでいいポリシー」が揺らいじゃってるんよね。

82839006_121244269136325_2547775441800790016_nそれはね、以前からお客さんや友達から、「マスターラインやってないけん、連絡がめんどくさい。」とは」言われてたんよね。今や連絡は殆どがラインで、Eメールなんかやらないそうなんよね。返事もスタンプ押すだけで、「はい。」の二文字すら打たないんだそうだ。



83365246_2826016227455577_686950937771638784_nそれとね、もうひとつ。だんだんキャッシュレスな消費の仕方になりつつあるよね。遅ればせながら、最近クレジットカードやQR決済のシステム導入したんよね。まだタブレットでの受付のやり方しどろもどろやけど。昨日初めてペイペイとD払いってやつでのお客さんがいて、それで決済できた。

うちのレジ、昭和46年に先代が始めて買ったレジやんやけど、機能的にはただの金庫。レシートも出ない骨董品。メーカーはとうに消滅してて修理なんかもできない。インテリアとしては雰囲気あるんで、ボクの代になっても34年間未だに使ってた。そんな思いっきり昭和な現金主義の店がやね、いきなり複数のクレジットカードやQR決済対応せんといけんなったんよね。

82863764_172066004072616_3388196672138903552_nうちの女房の大きな財布には、各種クレジットカードやスーパーのカードやキャッシュカードでパンパン。自分はコテコテの昭和のオッサンやけん、そんなものは必要ないし、信用されてないのか、クレジットカードはおろか、銀行のキャッシュカードすら、かみさんに持たしてもらえない。でも不便さを感じたことはない。そう、持ち合わせの現金がなけりゃ、買わない派なのだ。つい最近、コンビニで使うTカードと、ガソリンスタンドで使う出光のRカード、釣具屋のメンバーズカードしか財布に入っていない。それもめんどくさくて、レジの店員に言われないと使わないこともある。

そもそも「ポイントなんてめんどくさい派」。先日フジに行って、レジ待ちしてる間にパン屋でパン現金で買ったら、かみさんに、「なんでカード持っていかんの!ポイント付くのに!」と怒られた。そんなにポイント欲しいんか。そもそもこういうのって、「ポイントで釣られて買わされている感」を払拭できないでいる自分。あれは店側の囲い込み戦略にまんまとハメられている、という思いを捨てきれないオッサン。某地元スーパーのカードなんて、ポイントをエサに、「チャージ」などという言わば客から現金で売り上げ先取りして店側の運転資金を調達させられている、店の囲い込み戦略にハメられている。」と思ってた。でもかみさんに言わせると、「そのポイントで買い物ができるならお得じゃん。」というコメント。一体どっちが得なんだかわからんなあ。

確かにネット通販でも、ポイントで欲しいものが買えると何だか嬉しいけど・・・。

83002370_190090242385173_7506919753219309568_n去年の10月に、クソ自民党がややこしい税制にしてエライ余計な手間かけさせられて、今度の決算時間と手間がかかりそうやし。そういった国民の不満をかわそうと、5%還元なんてサービスもやってるけど、結局最後はソフトバンクの孫さんの懐に入るようになってるんかな?とも思ったり。

でも、以前TVのCMで、確かエアペイだったか?「使えないならいいです。」とお客さん逃したCMは説得力あったな。こんなアナログなオッサンでも、QR決済ができる店なら行くけど、現金だけなら行かない。といったその店の利用動機や来店動機になるんだったら、導入しないとな。なんて思ったんよね。

82933798_3085837738112675_8197045513636282368_n消費動向データがAIによって分析されて、次の商業戦略のネタにされてる、ってことぐらいは予想つくけど、不正アクセスとかハッキングで売り上げパクられたりしないのかな?とか、管理会社や政府、税務署に売り上げや顧客情報ガラス張りになってるよな、なんても思う。

まあ、ブログやSNSやってるだけでもそういうとこ観られてると思うんで、今の時代、しょうがねえか。

ちゃんとQR決済できるかどうか、練習しようとしても、オイラのガラケーではできないじゃん!

でも何でもかんでもスマホに頼ってちゃ、落としたり無くしたりしたらどうすんだ?っつうの。

あとね、銀行が優しくなくなってきてるよね。両替は手数料取るし、ATMに通帳持って、タッチパネルの操作ミスると後ろで待ってる兄ちゃんが露骨に嫌な顔されるし、そのうち窓口業務も無くなるって話だよ。昔は窓口の可愛い女子行員と話しするために、両替行くのが楽しみだったのになあ。(あれ?笑)

なんか、モノも、お金も、情報も、瞬時に処理されて、スピーディーになったのはいいけど、人間の血の通った温かみ、なんてのを求めちゃいけねえんですかねえ・・。

久々の更新やけどオッサンのつぶやきになってしまった。






寂しくなった秋祭り


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日曜日に松丸の秋祭りあったけど、年々人出が少なくなって寂しい。特に今年は日程が1週間早くなって、露店も他の地域に散ってしまい、からあげとくじ引きのたった2店。うちもフライドポテトとソフトドリンクで外売りしたけど、子供たちは、お小遣いの使いどころが少なくて、寂しそうだったよ。


ほんの20年前は、獅子舞や五つ鹿おどりもあって、松丸駅前のメインストリートは、多くの観客で賑わっていたのにね。

IMG_20191021_201352その五つ鹿おどりも、踊り手の小学生や、指導員不足で、途絶えてしまってもはや10数年経ってしまった。(この五つ鹿踊りの画像は20年前のです)

四つ太鼓や、牛鬼の担ぎ手も慢性の人手不足で、半数は松丸地区外から雇ってこないといけないのが現実なんですね。
IMG_20191021_200828このままでは、ほんの数年後は、お練り自体が消滅してしまいそうです。

昔の賑わっていた頃は、祭りといえば、各家で川かにを炊いて、山芋を擦って、松茸を焼いて、豪勢な刺身やオードブルの皿鉢料理構えて、沢山のお客さん呼んで、担ぎ手の若いしも、お練り終わってから、各家を飲み歩いたもんやった。どの家でも夜も更けるまで飲み倒してたんよね。近所の魚屋は、仕出しの準備で二日前から徹夜、なんてこともあったのにね。今じゃそんなお賄いしてお客さん呼ぶ家なんて殆ど無くなったね。町の魚屋さんが廃業するわけよね。


IMG_20191021_200755そもそも秋祭りを楽しみにしている人自体が激減しちゃったんじゃないかな。とも思うね。昔は普段は娯楽が無かったから、年に一回の秋祭りは、楽しみでしょうが無かったよね。この日ばかりは、親も小遣いくれるから、プラモデルや、ゴム動力飛行機や、紙火薬ピストル買って、露店でイカ焼きや、たこ焼きや、綿菓子買うんが、何よりの楽しみやったよね。

今じゃ、たこ焼きなんてエブリデイ売ってるし、毎日ゲームやビデオも楽しめるし、部屋に居ながらSNSやラインで友だちとコミュニケーション取れるし、ワンポチでアマゾンで買い物できるし、普段から娯楽には困ってないから、お祭りのお練りなんか面白くないんやろね。

IMG_20191021_200118子供が御輿担いだり、稚児行列に出るんで、お母さんか、じいちゃん、ばあちゃんが見に来たりするだけ。

昔みたいに、人並みを押し分け押し分け、牛鬼や四つ太鼓が練り歩く、なんてことがあったなんて信じられないくらい。

露天商も、人出がないからそんなに売れない。だから次の年にはよその祭りに行ってしまう。子供たちも、どうせ店なんてチョッピリだから行かない。そんな負のスパイラルになってしまうんよね。

お祭りで四つ太鼓に乗った、とか、お化粧してお稚児行列に出た、とか小さい頃の想い出が途絶えても、ただ寂しくなった・・・と感じるだけなんだろうね。

ふるさとの祭りが無くなっても、別に困らないんだろうね。当たり前だろうけど、そんなことより都会に出て、仕事でお金稼ぐことが大事やもんね。自分の仕事と家庭さえ整えば、地域が衰退していってもいたしかたないもんね。
昨今は、お墓まで都会のロッカー墓に移して、引き払ってしまって、墓参りにすら帰ってこない人も出てきたけど、日本の田舎からそういった伝統や風習も消滅していってもしょうがない、で済んでいくのかな。

そんなつぶやきばかりしてる自分は、一体何ができるんだろう・・・。



今さらギター その6



 
Hannya_shingyo
もうこのシリーズも、たいがいで嫌になっているだろうが、取り掛かったことを続けていく自己サポートの意味として書かせてもらっている。


5〜6年程前に、般若心経の経典を覚えた。これは覚えなくても目で経典を読むだけでもいいともされているのだが、地元菩提寺の檀家総代を拝命したときから、お寺の法要行事に参加することが多かったので、覚えておいてもいいかなと思った。

はじめは途方も無い漢字の羅列に、投げ出したくなったが、自分で切りのいいところでパートに分けて、毎日風呂や布団の中で唱えて少しずつ覚えていった。

そのとき感じたのが、言葉のリズムや前後の流れで唱えたほうが覚えやすいことに気がついた。知り合いの和尚さんに言わせると、この経典は、立て板に水が流れるかのごとく、抑揚をつけずにストレートに唱えるのが本筋らしい。しかし、たまに失念してど忘れしたとき、その箇所を断片的に思い出そうとするよりも、前後の言葉のつながりや流れで思い出すことが多かった。一語一語で記憶しているのではなく、音の流れや前後のつながりで記憶しているような気がする。

何週間後かにやっと全部暗記できたが、かなり繰り返しの唱和が続いたように記憶している。脳の記憶データと声がすぐに連動する神経伝達回路ができたようだ。



IMG_20190917_195632ギターの練習もまたしかりなのだろう。練習を始めて約一ヶ月。平均して一日ほんの10分足らずだが、何とか押さえられ出した簡単なコードや小節が、だんだんとつながっていくような感じがやっと掴めだした。

まだ楽譜や、TAB譜は読めないので、You-Tubeの教室チャンネルで、例題の伴奏やフレーズを、小刻みにPlay&Pauseで繰り返している。

コードやスケール理論なんてよく解らないから、音が外れると、耳で感じた音の雰囲気で探し当てている。

音楽はほんの何分の1拍や、半音違っただけで、全然違って曲にならない。また、断片的に小節を繋げても、流れがないとスムースに曲として聞こえてこない。


 IMG_20190917_211002IMG_20190917_210912[1]ずいぶん前に趣味で絵手紙を描いていた。この世界は、キャッチフレーズが、「下手でいい、下手がいい。」という楽な世界だったが、それでも色の微妙な濃淡や、余白の取り方、線の強弱で、違った作風になってしまう。

ギターも同じで、同じコード、同じフレットを押さえても、チョーキングやビブラート、ハンマリングなどの技法を使うと、別の曲のように違って聞こえる。



つくずく人間の五感というものは、繊細で鋭く、かつ豊かなものだなと感心させられる。微妙な違いの素材の組み合わせで人を感動させる、それは見事な作品に仕上げる力を持っている。


IMG_20190918_092307IMG_20190918_092358IMG_20190918_092355嫁さんが好きで毎朝観ている連ドラの1シーンに、アニメ作家が卵が焼けるシーンをいかにリアルに描けるか、手間暇惜しまず、その一コマ一コマを作り上げるアニメーターのプロ意識を描いたところがあった。人を感動させる作品を作るのは、妥協無く、作り手の細かいこだわりの熱意なのだ、とうなずかされるシーンだった。


耳で感じる音も、目で感じる色も形も、肌で感じる感触も、そして口で感じる味覚や食感も。古来より人類は、そのセンシティブな感性を駆使して、心地よさや楽しさを作り上げてきた。音楽、美術、工芸、生活文化、料理、各分野のアーティストたちは、豊かな独創性と、ほんの僅かな違いの組み合わせで、人々に感動を与えることができる。昔のコーヒーのCMのように、「違いがわかる」生き物なのだ。

 ちょっと大げさだが、そんなことを漠然と想いながら、ギターという一つの楽器に対峙することがある。この楽器を発明した人は、一体どんな音感や、技術を持っていたのだろう。

 前述した般若心経は、経文に「無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法。無眼界乃至、無意識界」という箇所がある。人間が本来持つ、そういった感性や感情ゆえに、こだわりを作り、生きていくことの苦悩や迷いを生じる。それに囚われない境地に達すると、楽に生きられる。という意味にも説いてある。

しかし、そんな無味無臭で、無機質な生き方よりも、悩みや迷いに苛まれながらも、欲や煩悩にまみれて、もがきながらも楽しむことの連続でいたい、とも思う。


IMG_20190927_163320おっと、何やらすぐに蘊蓄めいた理屈っぽくなってしまっていけない。

未だ、ネックの弦が、まるで数学の連立方程式のように、視覚的な威圧感で迫っている。
一つずつ切り崩していくしかない。img_0


道は遠いが、とにかく、フライパンを振るように、手の癖がつくように毎日いじくり倒すしかないのである。

一曲いきましょう。
クラプトンのブルースはええなあ。














今さらギター その5


 
IMG_20190913_185228 先週、長年の懸案だった自宅の風呂の改修を、素人のぶっつけ仕事だが、一人で三日間かけて終了した。水垢とカビだらけで、見るもおぞましい汚い風呂を、高圧洗浄機で天井と壁を洗い、乾いてから、十数カ所もボロボロの壁をボードやアルミテープで補修して、浴室パテでコーキング。ペンキが垂れないようにバスタブやアルミドアのフレームをマスキングした後、浴室専用塗料で2回塗りで塗装。窓枠下にグリーンやワイヤレス防水スピーカーが置ける棚も取り付けた。自画自賛だが、ちょっとリゾート感覚な明るい風呂になったと自負している。


IMG_20190420_142552 IMG_20190622_133401IMG_20190607_152653
IMG_20190524_163825
IMG_20190521_135834オープンカフェのカウンターや看板類、メニュー、ラベルなど、DIYや 諸々のグラフィック作業も、出来映えやお客さんの反応はどうかわからないが、何とかそれらしく見られて、実用に足るレベルのものはできたと思っている。

なんか自慢げで、承認欲求強くて恐縮だが、全て素人のぶっつけ現場合わせ的な作業。




IMG_20190911_080118 (2)そして、今季は長年の課題であったギターを覚えようと、取りかかっている。フリマサイトの中古で買ったエレアコギターが届いて約三週間。そして、ネックが折れて使い物にならなかった息子の友人のエレキギターを、息子がリペアしたものを一時借りて、ちょこちょこ練習をしてはいるが、一向に上達しない。前述のモノ作りの作業は、練習しなくてもいきなり形になっていったが、音楽はそうもいかないのだ。

自分では、音感はそう悪くない方だと思っていたが、これがなかなか手強い。何度も同じ箇所でつまずく。偶然一回できてもすぐに忘れる。

今覚えようとしているのが、ブルースのバッキング(伴奏)とアドリブのソロフレーズ。
簡単なEコードキーのパワーコードバッキングは、しどろもどろながら、それっぽくはなったが、アドリブのペンタトニック(ブルースの定番5音階)は、全然形にもならない。練習の仕方が解らないので、You Tubeのギター教本チャンネルを何度も繰り返しなぞっている。その中の先生には、「どうだオレはこんなに弾けるよ、」的な態度で少々ムカつくが、独学では画像や教本で覚えるしか無い。

IMG_20190911_080408もともと短気でせっかち。すぐに結果が出ないと気に入らない性分だから、ちょっと取りかかってできないと、すぐにいやになる。何度も同じフレーズを聞いても、その通りに指が押さえられないし、違った弦をひいてしまったりして、全然フレーズにならない。

楽器が弾けるようになるには、こんなに大変なのか?

IMG_20190904_205715まあ、ミュージシャンでも、スポーツ選手でも、それなりの形になるには、基礎的なトレーニングから地道に積み上げて、やっと人に見せられるようになるんだから・・・と思えば、今の自分にできなくても当たり前のことか、とも思う。

実際、ギターが弾けるうちの三男坊は、魚を三枚に下ろすのがヘタクソ。彼にそれを教えるときにボクは、「何匹も捌いていたら、そのうち手が慣れてコツが判るようになるから。」と言っている。

YouTubeの教官のコメントに、「ギターを覚えるのには時間がかかります。」と言ってくれていたのがささやかな慰めだ。演奏の思考をまとめるよりも、手が動く訓練を、脳が指令して指がその通りに動いてくれる神経回路ができるまで、ひたすら続けるしかないようだ。

IMG_20190911_080101 (2)高い山の山頂を麓から眺めるだけでは、いつまで経っても登頂はできない。一歩ずつ気長に足を進めるしか無い。



 和歌山県の那智勝浦に、濱口祐自さんという、粋なブルースギタリストのおっちゃんがいる。元マグロ猟師だというが、このおっちゃん、めちゃくちゃカッコイイ!!漁師小屋に住み、どこの地方にでもある日本の原風景と、そこに生きる人間臭さを、ブルースギターで見事に表現している。





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いつか自分も、地元の風景を、モチーフにした、松丸パチンコ屋ブルースや、酒蔵ブルースとか、滑床ブルースとか、オリジナルで作って弾けて歌えるようになりたいなあ・・。

一曲できたら地元の風景でPV作って、アップロードしたいなあ・・・。

イメージばっかり膨らんで、腕がいっこうについていかない・・・。






 

今さらギター その4



images 初めてブルースを生で聞いたのが、18か19歳の頃、東京は渋谷の「屋根裏」という、客が20人も入ればギチギチになってしまうような、小さな汚いライブハウスだった。たまたま渋谷の街をブラついていたら、ライブハウスの看板が目に止まり、ワンドリンク付き¥500くらいで、暇つぶしにと、入ってみた。

そこは場末な感じの、小便臭い、文字通り屋根裏部屋のような狭いライブハウスだった。その日の演者は、確か、「リバーサイドボーイズ」という若い日本人ブルースデュオユニットだった。歌詞は日本語で、楽器はツインアコースティックギターで、すべてオリジナル曲のブルースだった。アマチュアだったが、テクニックやメロデイー、歌詞などは、渋くて粋だったように記憶している。

images (2)640.v1536775045当時、ボクは、ハードロックフリークだった。貧乏で、反抗的で、世の中がもてはやすソフトな路線のトレンドや、おしゃれなブームなどという流れとは縁が無かった。反社会的なスタイルを気取り、攻撃的なハードロック(今はヘヴィメタルというジャンル)という音楽こそが、自分を奮い立たせてくれるカンフル剤のようなものだった。またあえてそういったアウトサイダー的な立ち位置でいることを、青臭い美学としていた。


その他の音楽のカテゴリーについても殆ど無知で、「ブルース」というものがどういう音楽なのかも知らなかった。ここでいうブルースは、クールファイブや青江三奈といった、ムード演歌調のブルースではなくて、黒人音楽をルーツとする、デルタブルースやシカゴブルースなどのカテゴリーのブルースである。

81nGeDsbHYL._SL1500_-300x300ブルースは、もともと黒人の労働歌や、教会で歌われていたゴスペルなどを根源として、貧困や人種差別と戦いながらも、彼らに娯楽と生きる力を与えた音楽である。アフリカ系米人の持つ優れたリズム感や、独特のコード進行で、後にロックンロールやジャズ、ソウル、R&B、レゲエ、ハードロックなどにも大いに影響を与えて、それらの根源になったとも言える音楽なのである。

詳しくは参考サイトを・・。

https://eranderu.exblog.jp/28186811/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9


IMG_20190904_205904この40年間、ハードロックやヘヴィメタルは、たくさん聞いてきたが、齢58のアラカン世代になってくると、人生の悲哀もそこそこ噛みしめてきた。音楽の趣味も若干変わってきたのかもしれない。

今まで生きてきた時間よりも、遙かに短い残された時間をどうするか、ばかり考えるようになった。終活とまではいかないが、何だかやり残したことをやっておこう、というような気持ちもある。自分の中で、何かこう・・さび付いた魂が小声で呼んでいるような、はるか昔に忘れていた宿題を思い出したような・・・そして埃をかぶって眠っていたものを再びほじくり出したい・・そんな気になってきた。

IMG_20190901_210226間違いなく、記憶や反応する脳の劣化のスピードが増してきた。腕の上達のスピードは20年前の半分以下だろうが、ボケ防止効果を期待することもあって、楽器を手にすることにした。

仕事との兼ね合いもあって、マスターが、ブルースの弾き語りでもできたら・・・、もしも人に聞かせるくらい上達したら・・・、 飲み客のツマミの一品にでもなれるかな・・・。などと欲も若干出てきた。



いつか、いつかだが、こんなカンジで、ふるさとの風景や人々のことを歌詞にした、「フォレスト&スカイブルース」とか、「駅前ブルース」とかが演れたらいいだろうなあ・・。

夢は大きく持とう。

はてさて60の手習い、どこまで続くのか・・・。






クラブパーティー


滑床英語キャンプ2019。

(画像は一部スタッフさんサイトからお借りしました。)

68852221_2894088530606750_5114909808738172928_n多くのボランティアスタッフと、松野町、(株)フォレストキャニオンなどの有志たちによって、今年見事に復活を遂げました。

英会話のトレーニングだけではなく、大自然の中での国際交流や、青少年の生き方に大きなヒントを与えるふれあいなどが体験できる、長い歴史を持つセミナーキャンプです。



69304382_10159537947063499_807249686082617344_n当初は、私も実行委員会のメンバーとしてオファーをいただいていたのですが、今夏は、仕事が多忙なのと、体調が不安定で心配だったので、勘弁してもらいました。案の定、先月、今月と2回も入院してしまって、予想どおりでしたが・・。



すべての日程を終え、関わったスタッフが、当店で打ち上げ&フェアウェルパーティーに集まりました。


食事とお話が一段落したら、早やガマンできないメンバーは、BGMに体が動き始めました。そしてみんなで2Fのパーティールームに移動して、クラブタイム!


IMG_20190823_205808マスターの実弟で、元DJ・UNEこと、プロ絵手紙作家でもある松浦明郎が,、PC音源とDJミキサーマシンを駆使して、ゴキゲンなダンスナンバーをチョイスしてくれました。

選曲が、今回のお客さんの好みのツボにハマったのか、アンコールもかかり、皆さんヘトヘトになるまで、踊りまくりましたよ。

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久々に点滅するディスコライト。南予地区各地に赴任しているALTたちも、ゴキゲンでノリノリ!

全館貸し切りのTOMMYは、そのポテンシャルを余すこと無く発揮できた1日でした。



 是非また来年もこのキャンプが開催されることを祈っています。



クラブ(ディスコ)パーティー、楽しいですよ。打ち上げや、パーティーなど、10名様以上、会費@¥5.000以上(料理、飲み物込み)のご予約で、ご希望なら準備できます。もちろん、カラオケもパッキングできます。

お問い合わせください。

カフェレストラン・カラオケルーム トミー

0895(42)0143

毎週水曜日定休日、予約の都合で営業時間など変更あり。

今さらギター その3



自前のギターを持ってなかったので、とにかくまずは一本揃えないと。

IMG_20190820_195943フリマサイトで、中古だがきれいで程度が良かったので、お手頃な練習用ギターを一万円台の格安でゲット。

モーリスのエレアコ。IMG_20190820_200041アンプ内蔵なので、シールドでアンプにつなげば大きな音も出る。定価6万ほどのギターらしいが、今の自分にとっては、30万円のギターだろうが、5000円のギターだろうが同じ。笑。カッタウエイタイプの形とカラーリングで殆ど決めたようなもの。だって他の機能はわかりませんから・・・。
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IMG_20190820_194843You-Tubeで初心者向けの教則サイトをいろいろ探すけど、それぞれ違うこと言っててチンプンカンプン。息子に聞いても高度すぎて訳わからん。練習のしかたがわからん。泣。


IMG_20190821_151743誰か助けて〜!ということで、丁度本日休みだった、ミスターダンディ:W氏にご指南を願うと、快諾してもらった。
W氏はロック、ブルース、ジプシージャズなど、幅広くギターを嗜まれるナイスガイ。




とりあえず基本のブルースコードの資料をコピーしてもらって、実技指導が始まった。初心者のブサイクおやじに親切丁寧に細やかに教えてもらった。

IMG_20190821_202040何より嬉しかったのは、難しい音楽理論より、楽しく弾けるきっかけを作ってもらったことだ。

目下、一番弾きたいのが、ブルースギター。バッキングやらリードやら、基本のペンタトニックスケール、ってやつをゆっくりなぞっていたら、何と!何とか形っぽくなったような気がする?じゃあありませんか。

これなら楽しく遊べそうな気がしてきた。

もちろん、練習初日なんで、指先が痛くなったり、手首がつったり、前腕がしびれたりしましたが、毎日少しづつでも慣れていかねば。



 バッキング練習に被せられるAコード進行のブルース曲を探していたら、こんなん見つけた。

まだ音が十分出ないけど。曲に合わせてバッキングを思いっきりかき鳴らしたら、なんだか楽しくなってきたみたい。

指先が痛くてしびれてるが、続けていこう。

目下、目標は、W氏と、オープンカフェで、ブルースセッションをすること。

はてさて、いつになることやら・・・・。


今さらギター その2

子供の頃から音楽は洋楽が好きで、親父がステレオでよく聞いていた映画音楽や、ポール・モーリア、パーシー・フェイスなどのアレンジポピュラーが門前の小僧よろしく耳に入っていた。

20161108115741でもどちらかというと、フルオーケストラの名作映画や、アメリカン西部劇のテーマよりも、ちょっとニヒルでアウトローなマカロニウエスタンの、エンニオ・モリコーネのエレキギターサウンドに惹かれた。

ちなみこのクリント・イーストウッド主演の映画「夕陽のガンマン」、墓地広場での決闘クライマックスシーンのBGMは、「エクスタシーオブゴールド」。後にLAスラッシュメタルの旗手、メタリカのコンサートのオープニングテーマに使われているのは、誠に嬉しいかぎりだ。


従兄弟の兄ちゃんが聞いていたベンチャーズにも憧れたが、ちょっと大人しくてオッサン臭いと感じていた。勿論その頃には、ジャズやブルースやロックの洗礼はまだ受けていないが、幼い弟がもっていたテレビヒーローシリーズのアルバムの中に、「マッハバロン」のテーマソングがあった。ロックンロール調のイントロや、ドラムのリズムがえらい気に入って、弟よりも何度も聞き入ったような記憶がある。自分にとってのロックンロールの最初の刷り込みになった曲であったかもしれない。




小学校の頃は、楽器はそこそここなせる方だった。リコーダーやハーモニカのテストは、たいてい一発で合格していた。

5年生のときに、ある日突然音楽室に呼ばれて、いきなり初めてのトランペットを吹かされた。すんなり音が出て、学校で初めて創設されたトランペット鼓隊の第一期メンバーに選ばれた。高音が出せたので主旋律のパートの班になった。

20180127-trumpet_score02しかし、楽譜なんて読めないので、配られた課題曲譜面に、ドとかレとか、カタカナで音階を書いた。松山市民会館のステージでトランペットドリルフェスティバルがあって、当時小学生ではハイレベルな、アルゼンチンタンゴの「ラ、クンパルシータ」や、「タイガーマスクのテーマ」を演奏した。

トランペットは、バルブが3つあるだけで、メロディーが解ればあとは唇の閉め具合で何とか思った音が出せた。


初めてギターを手に入れたのは高1の時。YAMAHAのフォークギターだった。当時はフォークソングブームで、拓郎や陽水、かぐや姫や風などを、上手な友人は弾きこなしていたが、自分はいっこうに上達せず、ギターは単なる部屋の置物になっていた。

 今思えば、自分には若干の偏執的視覚障害、あるいは適応障害みたいなものがあるようにも感じている。楽譜が読めないのは、記号や音符が理解できないのに加えて、五線譜上にある音符の位置が、2列目なのか3列目なのか混同して瞬時に読み取れないのだ。

コピーしたい曲のTAB譜から、押さえるべき弦とフレットの位置を探し出すのにとても時間がかかって、すぐに根負けしてしまう。耳コピは絶対音感がないので、原曲と音がずれたりして程なくギブアップの繰り返し。

ピアノの鍵盤もそうだし、列車に乗って電柱間の電線が何本も上下したり、横断歩道の縞しまや、エスカレーターのステップの凸凹の溝、道路側溝のグレーチングのスリットの連続、音楽室の壁材の穴の列を目で追ったり、マッチ棒や爪楊枝を数えて並べたりするとき、何故か若干の視覚的混乱とストレスに苛まれるのだ。

AcousticGuitarギターは、ネックに6本の弦がタイトに並んでいて、20を越えるフレットに交差している。これが難敵なのだ。練習しようと、弦の張ったネックにフレットの列を見ると、まるでどこまでも同じデザインの建物が何十ブロックも続く集合住宅団地迷路にはまってしまう。それだけで若干の緊張と混乱に包まれてしまうのだ。

原因は判らないが、例えば名優トム・クルーズが、セリフを台本を読んでも覚えれない障害を持っているというような、ごく個人的な障害特性みたいなものというか。そういったことになるのを信じられない人もいるだろうが。

そしてもうひとつ。松野町でアコースティックバンドで活動されているS先生に、以前ギターのことを尋ねた。S先生は、「ギターは数学なんですよ。」言われた。そう、S先生は中学校の数学の先生だった。自分が最も苦手だったのが数学であった。ギター用語にはやたらとコードやらスケールやら度数やらルートやらと数学的なもんが出てくる。ペンタトニックって確か五角形のことだろ?  的確な表現かどうか解らないが、ギターってもしかして数列か関数かも?とも感じたこともある。だったらこれはさらに難易度は高くなるぢゃないか💘😭


指が短い、開かない。ハイコードのFが瞬時に押さえられない。指先が痛くて辛い。押さえているつもりでも音がでない。など、およそギターに挫折したことのある人がみんな言う壁に加えて、そういったアレルギー反応がもう一つの壁になっていた。

そんなかんなで、言わば大げさな苦手意識の先入観が増幅されて、余計にそうさせるのかも知れないが。

しかし、音楽は理屈や頭ではなくて、魂で、解放された心で楽しむものだ。それは解っている。楽器を弾ける人が全て楽譜が読めるとも限らない。ギター好きな息子は殆ど耳コピと動画の位置コピが多いらしい。

そんな息子がある時こう言った。


「父ちゃん、ギターはね、考えるより感じるほうが楽しいよ。」


まるで「燃えよドラゴン」のブルース・リーのセリフではないか。

出来ない言い訳ばかり四の五の言ってないで、いつかそんな境地に辿り着きたいものである。



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