インド映画通信

インド映画を中心に、映画全般、旅行、カレーなどについてつづっています。

『女神たちよ』

脚本が秀逸。
シリアスなフェミものかと思ったら、「僕が監督した映画が公開されないよ〜」とアルコールに溺れ、嫁に呆れられてアルコール依存から立ち直る話‥というわけでもなかった。前半は軽めだが、中盤あたりから話がエグくなってきて、展開が読めなくなっていく。

インド映画(特に南)にありがちだが、とにかく人と人との距離が近すぎるというか、人の人生に関わり過ぎるがために、悲喜劇を生む。それが面白いんだけど。

雨がモチーフになっているが、日本には雨降って地固まるという諺がある。登場人物の男たちは地を固めようとして余計にぐしゃぐしゃにして元に戻せなくしまった。ならば雨に打たれ、ジタバタせずに成り行きに任せておいた方がいいのかもね、という悟ったような女性たちが印象的だった。

男性全否定的なメッセージは一種の自虐なのかエクスキューズなのか。女は強くならざるを得ない。

『SANJU/サンジュ』


この作品のモデルとなっているサンジャイ・ダットを知っていると、仕草や喋り方が本当にそっくり。主演のランビール・カプールは彼もまたサンジュ同様、大物芸能一家の育ちであり、境遇は似てる。その後は全然違うが。

映画なので同然多くの部分が脚本だろうが、それにしても一言で言ってしまえば親の七光に甘ったれたお坊ちゃんの破滅的人生を描いている。しかしこのどうしようもない男の半生をこれほど面白く描けるのは大スターサンジュ本人の魅力とランビール・カプールの演技力、そして監督の力によるものだと思う。この監督の手にかかると作風が軽快になり、とても見やすい。

ラージクマール・ヒラーニー監督は主題と共に友情を描くのがとても上手いと思う。「きっと、うまくいく」はもちろんのこと、MBBSシリーズでサンジュと子分役のサーキットとの関係など。この「サンジュ」も何があっても飛んできてくれる友人カムレーシュの存在が大きい。カムリ訛りと言われていたが、グジャラート州のカムリで合ってるかな。

悪友役のジム・サルブの胡散臭さがいい。この人は「パドマーワト」でも謎めいて怪しげな魅力を持つ奴隷役を演じていた。
出番は多くなかったが、マニーシャーは美人で儚げで意思の強さを感じさせるのは「Dil Se..」の頃と変わらない。
劇中出てきた映画のタイトルは「Chalti Ka Naam Gaadi」メモメモ。

ラストの曲がまさにこの作品の総決算とも言うべきシーン。マスコミへ強烈なパンチを効かせてる。

『俺だって極道さ』

「その方向性はおかしくないか?」と思うような行動を登場人物達が普通にとっていく。
まず警官の子がまったく警察を信用してない。かと言って極道になりたいって?彼女の父親に対するすぐバレる嘘、彼女の彼に対するお願いなどなど。意図して脚本を作ってるとしたらなかなかの策士。

ナヤンターラのスタイルがめちゃくちゃよかった。

『マスター 先⽣が来る!』

ヴィジャイ作品の楽しみはまずどうやって登場するか。
足だけ見せて、次は背中、スローモーションからじらしにじらてジャーン!おおー!みたいな。

欧米映画だとすぐ銃を出してズキュンで終わりってのが多い。インド映画はアクションシーンを見せたいってのもあるけど、銃は反則みたいなところがあって、タイマン上等、身体のぶつかり合いでガチ勝負っていうのが人間くさくてよい。

強い怒りからの正義感に燃える制裁はスカッとする。

しかしタミルはラジニ、ヴィジャイというキラーコンテンツがあって素晴らしい。

『イングリッシュ・ミディアム』

IMWキネカ大森にて鑑賞

イングリッシュ・ミディアムというよりはオヤジたちのロンドン行き珍道中、もしくはハチャメチャ滞在記といった感じ。脇のエピソードが多くてちょっととっ散らかってるが、娘のためになりふり構ってられない父の姿は悪くない。

ある意味、典型的な保守映画でもあった。インドが1番、ロンドンは憧れ。外国人は風紀が乱れてる、パキスタン嫌い。ウルドゥー語がわからないと右往左往してるシーンに興味をひかれた。

カリーナが現れた瞬間に雰囲気がガラッと変わるのがすごい。存在感はさすがです。なんならカリーナの母娘のエピソードで1本撮れそうな勢い。

コメディもシリアスも、主役も脇役もオールマイティにこなし、世界をまたにかけて活躍していたイルファーンの早すぎる死は本当に残念でならない。歳をとるごとに深みと味が出てきてますますカッコよくなっていた。ラスト近くの彼のアップは本当にいい顔だった。

『グレート・インディアン・キッチン』

IMWキネカ大森にて鑑賞

美味しそうなインド料理と食べ散らかした食後の光景。
エンドレスに続く日常と家事を余計なセリフは入れず、映像で語る。でもそれですべてを察することができる。

夫の家族は決して悪い人たちではない。嫁を虐待してるわけではないし、ただ伝統と慣習を重んじているだけだ。だから余計に根が深い。その人たちにとっての常識を変えることは人生そのものを変えることでもあるから。

この映画のテーマとも言うべきシーンがラストのバラタの踊りで表現されている。つまり伝統的なものの中に新しさを取り入れて一層輝かせる。インド映画のうまさはこういうところにある。

『めぐり逢わせのお弁当』を思い出した。色彩、音、スクリーン越しに漂ってきそうな香り。でも本当に美味しい料理はみんなで楽しく食べること。

『タゴール・ソングス』

タゴールがノーベル文学賞を取った人だということは知っていたし、ギーターンジャリを日本語訳された本も持ってはいるが、こんなにも皆に歌として愛されているとは思わなかった。

まずこの題材を選んだセンスがすごいなと思った。そして丁寧に作られているな、と。
作品はタゴール・ソングスについて、インタビューを中心としたドキュメンタリー。インタビューする人たちに対して、カメラがとても近い。それは物理的にもそうだし、気持ち的にも近づいてるようだった。

上映後のトークで監督が言っていたが、それぞれの人達に対して事前にいろいろ話をしていたとのこと。あまりにも自然な表情や語り口なので、偶然得られたコメントのように勘違いしてしまいそうだが、カメラが回っていないところで監督がこの映画の思いを伝えたり、人として心を通い合わせたからこそ、このような貴重な映像が得られたのだと思う。

インタビューした人たちも老若男女、街角で、家で、プロ、アマチュア、現代風アレンジ、伝統を守っていく姿などなど、よくぞこれほどバランスよく見つけてきたなと思う。しかも抜群に歌がうまい。素人さんの鼻歌っぽい歌も味わい深いし、プロの歌を聞けたのもよかった。カメラがまわるまでには相当な準備をしたと思うが、監督の熱い思いは感じるのに、押し付けがましくない感じがいい。

私が好きなインドの街、コルカタの映像では香辛料のスパイシーな香り、街角で売るフルーツの甘い香り、むせかえるような土埃、車のガスなど匂いが感じられた。人々の歌であると同時に、街に根付いた歌でもある。

正直言って、タゴールの詩はざっと目をとおした程度では漠然としていて何だかふわふわして掴みどころがない。だからこそどんな人にも自分なりの解釈ができる。「神」という言葉が何回か出てきたが、森羅万象の創造物たる神の言葉をタゴールに託されたのではないかと思ってしまう。
私などはどの曲も同じようなメロディーに聞こえてしまうのだが、歌う人たちは当然ながらきっちりわけて歌っている。インドの旋律や音階、発声法はなぜああいう風に独特なのだろう。神の言葉がメロディーによって人々の心に深く刻まれる。

国歌と共に、インド・バングラデシュ人の心の核になっている言葉なのかなと思う。何百時間かを費やしてうち100分の映像としてタゴール・ソングスとそれを愛する人たちの心に触れ、とても豊かでいい時間をが過ごすことが出来た。

『燃えよ スーリヤ!!』(Mard Ko Dard Nahin Hota)

私が映画の感想を書く時に使いたくない言葉が「ヤバい」と「今までになかったインド映画」なのだが、悔しいことに、この2つを合わせ持つような作品だった。

間違いなくインド映画ではある。けれどパンフレットにも書かれてたように、香港のカンフー映画の要素を取り入れつつ、アメコミ風でもある。小籠包の中にカレーを入れて日本のワサビをつけてバドワイザーで流し込んだら美味しかった的な、ミックスしたら思いもよらぬ味が発見できたような作品だった。

無痛症で空手マンに憧れる少年が師匠のために戦うというストーリー。はっきりいって大した意味はない。無痛症という設定は面白い切り口だと思った。常にゴーグルを付け、給水するためのリュックを背負っているという謎の設定もよい。映像映えと発想だけで引っ張った感はある。

タイガー・シュロフが美しく魅せるアクションだとしたら、主人公アビマニュは実際にファイティングするアクション。今のボリウッドにはアクション俳優が不足しているので、彼のような俳優が出てくると面白い。今後が楽しみ。チビスーリヤもかわいかった。
ヒロインのラーディカはアクションの経験がなかったそうだが、なかなかいいキレ味だった。

アクションに注目が集まるが、この作品は音楽の入れ方がとてもセンス良かった。アジアのどこかの国で起きた物語のような演出がなされている。細かな心の機微を表現したかのような音楽が随所に入って必要以上にドラマティックだ。

シリアスなのかコメディなのか意味不明、わかるやつだけついてこい、といういい意味で監督のわがままが全面に出ていて、でも私は結構好きだった。監督の強烈なオタク風味にこの作品に対する熱さを感じたのだ。この監督が本格的にボリウッドに入り込んだらちょっと面白いのではないかと思う。

『ムンナー・マイケル』(Munna Michael)

もうのっけの1990年代ダンスシーンで私のハートは釘付け。
まったく期待しないで観たら、思いの他良かった。好きだ、こういうテイスト。

今ボリウッドで一番ダンスが上手いタイガー・シュロフがギャングのボスでありホテルオーナーでもあるナワーズにダンスを教える。それはなぜならナワーズが若くてきれいなダンサーの女の子に夢中になって気に入られるためという謎のストーリー。

ストーリーは荒いところが目立ったりもするんだけど、もうナワーズがダンスを頑張ってレッスンしているところだけでガンバレ!と応援したくなってしまう。あとこの人が出てくると映像が締まるんだよね。体格は小柄だが、眼光鋭くてボス役は結構はまる。

ボリウッドはしばらくダンスシーンが少ない傾向が続いていたが、それは踊れる役者さんがあまりいなかったせいだとも思っている。あとアクション映画も。演技力という点ではまだ物足りない面もあるが、ダンスとアクションはそれを補って余りあるくらい。普通に走っているだけのシーンなのに無駄にスローモーション使ってポージングしちゃうからね。笑っちゃう。とにかくダンスもアクションも美しくて見映えがする。

作品そのものはともかく、ダンスシーンは・・・これはインド映画全般に言えることだけど、ダンスの衣装、振り付け、映像、ライティング、音楽、カット割、カメラワーク、すべてが駆使されている。これはインド映画が長年つちかってきたノウハウだろう。

劇場は圧倒的に女性が多かったように思えるが、まさか『フライング・ジャット』効果?彼のような役者さんが出てくると、ボリウッドの作品のジャンルが広がる。なお、リティックと共演した『War』は今年ボリウッドで一番のヒットを記録している。

『ラーンジャナー』(Raanjhanaa)

これも以前観た時と感想が変わった作品。
私はこの作品のテーマを自分の中で消化することができず、結論から言えば好きとは言えない作品だった。というのも誰も幸せになっていないからだ。1つの愛が周りの人すべてを不幸にするなんて辛すぎる。

ではあるが、ストーリーの重さを感じないほどドラマティックできれいな作品となっている。特にヴァラナシの風景が素晴らしく、路地裏の生活感、聖なるガンガーを見渡すガート、ごちゃごちゃした街並みをラフマーンの美しい音楽と共に味わえる。

献身的な愛を貫けることができる喜び・・自己犠牲のうえに成立する愛。
クンダンは幼い時に一目惚れしたゾーヤーへの捧げる愛にのめりすぎるあまり、受け取る愛に対してあまりにも無頓着過ぎる。友人からの、幼馴染の彼女、父からの、どれほどの愛を受けていたのだろうか。もっと周りを見て。あなたの周りにも愛はたくさんあふれているのだから。

最近のインド映画はいろいろなことに寛容で、理想論ではあっても許すことが主流になっている。しかしこの作品はすべての事を拒絶する。宗教も、政治も、実らぬ愛も。そのあたりが以前観た時に辛かったところなのだが、この厳しさもインドなのではないかと思ったのだった。

インドの大学に端を発した学生の政治的活動でクンダンとゾーヤーの力関係が変わってくる。ゾーヤーはクンダンに対して好意を持った瞬間はあっても愛を感じることはなかった。しかしいざクンダンが自分のものだけではなくなった時に嫉妬した。このあたりの彼女の微妙な心の変化はとても興味深かった。特に昨今のインドの情勢を鑑みると、とてもリアリティを持って見られる。

なおシク教徒のことを「ヒンドゥー」と呼ぶシーンがあって、これをある方に尋ねたところ、「シクも一種のヒンドゥーと解釈している人がいるからでは」という答えをもらったのだが、間違っていたらごめんなさい。
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インド映画を中心に映画やカレーや日常の思いつきをつぶやいています。ブログ   の他に映画の感想はフィルマークスで書いてます。Filmarks:SONIA(@indoeigatushin)
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