2019年12月28日

『燃えよ スーリヤ!!』(Mard Ko Dard Nahin Hota)

私が映画の感想を書く時に使いたくない言葉が「ヤバい」と「今までになかったインド映画」なのだが、悔しいことに、この2つを合わせ持つような作品だった。

間違いなくインド映画ではある。けれどパンフレットにも書かれてたように、香港のカンフー映画の要素を取り入れつつ、アメコミ風でもある。小籠包の中にカレーを入れて日本のワサビをつけてバドワイザーで流し込んだら美味しかった的な、ミックスしたら思いもよらぬ味が発見できたような作品だった。

無痛症で空手マンに憧れる少年が師匠のために戦うというストーリー。はっきりいって大した意味はない。無痛症という設定は面白い切り口だと思った。常にゴーグルを付け、給水するためのリュックを背負っているという謎の設定もよい。映像映えと発想だけで引っ張った感はある。

タイガー・シュロフが美しく魅せるアクションだとしたら、主人公アビマニュは実際にファイティングするアクション。今のボリウッドにはアクション俳優が不足しているので、彼のような俳優が出てくると面白い。今後が楽しみ。チビスーリヤもかわいかった。
ヒロインのラーディカはアクションの経験がなかったそうだが、なかなかいいキレ味だった。

アクションに注目が集まるが、この作品は音楽の入れ方がとてもセンス良かった。アジアのどこかの国で起きた物語のような演出がなされている。細かな心の機微を表現したかのような音楽が随所に入って必要以上にドラマティックだ。

シリアスなのかコメディなのか意味不明、わかるやつだけついてこい、といういい意味で監督のわがままが全面に出ていて、でも私は結構好きだった。監督の強烈なオタク風味にこの作品に対する熱さを感じたのだ。この監督が本格的にボリウッドに入り込んだらちょっと面白いのではないかと思う。  


2019年12月22日

『ムンナー・マイケル』(Munna Michael)

もうのっけの1990年代ダンスシーンで私のハートは釘付け。
まったく期待しないで観たら、思いの他良かった。好きだ、こういうテイスト。

今ボリウッドで一番ダンスが上手いタイガー・シュロフがギャングのボスでありホテルオーナーでもあるナワーズにダンスを教える。それはなぜならナワーズが若くてきれいなダンサーの女の子に夢中になって気に入られるためという謎のストーリー。

ストーリーは荒いところが目立ったりもするんだけど、もうナワーズがダンスを頑張ってレッスンしているところだけでガンバレ!と応援したくなってしまう。あとこの人が出てくると映像が締まるんだよね。体格は小柄だが、眼光鋭くてボス役は結構はまる。

ボリウッドはしばらくダンスシーンが少ない傾向が続いていたが、それは踊れる役者さんがあまりいなかったせいだとも思っている。あとアクション映画も。演技力という点ではまだ物足りない面もあるが、ダンスとアクションはそれを補って余りあるくらい。普通に走っているだけのシーンなのに無駄にスローモーション使ってポージングしちゃうからね。笑っちゃう。とにかくダンスもアクションも美しくて見映えがする。

作品そのものはともかく、ダンスシーンは・・・これはインド映画全般に言えることだけど、ダンスの衣装、振り付け、映像、ライティング、音楽、カット割、カメラワーク、すべてが駆使されている。これはインド映画が長年つちかってきたノウハウだろう。

劇場は圧倒的に女性が多かったように思えるが、まさか『フライング・ジャット』効果?彼のような役者さんが出てくると、ボリウッドの作品のジャンルが広がる。なお、リティックと共演した『War』は今年ボリウッドで一番のヒットを記録している。  


『ラーンジャナー』(Raanjhanaa)

これも以前観た時と感想が変わった作品。
私はこの作品のテーマを自分の中で消化することができず、結論から言えば好きとは言えない作品だった。というのも誰も幸せになっていないからだ。1つの愛が周りの人すべてを不幸にするなんて辛すぎる。

ではあるが、ストーリーの重さを感じないほどドラマティックできれいな作品となっている。特にヴァラナシの風景が素晴らしく、路地裏の生活感、聖なるガンガーを見渡すガート、ごちゃごちゃした街並みをラフマーンの美しい音楽と共に味わえる。

献身的な愛を貫けることができる喜び・・自己犠牲のうえに成立する愛。
クンダンは幼い時に一目惚れしたゾーヤーへの捧げる愛にのめりすぎるあまり、受け取る愛に対してあまりにも無頓着過ぎる。友人からの、幼馴染の彼女、父からの、どれほどの愛を受けていたのだろうか。もっと周りを見て。あなたの周りにも愛はたくさんあふれているのだから。

最近のインド映画はいろいろなことに寛容で、理想論ではあっても許すことが主流になっている。しかしこの作品はすべての事を拒絶する。宗教も、政治も、実らぬ愛も。そのあたりが以前観た時に辛かったところなのだが、この厳しさもインドなのではないかと思ったのだった。

インドの大学に端を発した学生の政治的活動でクンダンとゾーヤーの力関係が変わってくる。ゾーヤーはクンダンに対して好意を持った瞬間はあっても愛を感じることはなかった。しかしいざクンダンが自分のものだけではなくなった時に嫉妬した。このあたりの彼女の微妙な心の変化はとても興味深かった。特に昨今のインドの情勢を鑑みると、とてもリアリティを持って見られる。

なおシク教徒のことを「ヒンドゥー」と呼ぶシーンがあって、これをある方に尋ねたところ、「シクも一種のヒンドゥーと解釈している人がいるからでは」という答えをもらったのだが、間違っていたらごめんなさい。  


『人生は二度とない』(Zindagi Na Milegi Dobara)

スペインの魅力にあふれたロードムービー。
男友達3人のうちの1人が結婚することになり、3週間の旅に出る。
お金持ちの令嬢と結婚が決まったカビール、やり手金融ブローカーでバツイチのアルジュン、気ままな独身生活を謳歌するが、実の父とひと目会いたいと思っているイムラーン。

旅先でいろいろなハプニングがあり・・・というのはロードムービーの定石通り。お祭りのシーンは迫力があって楽しそうだった。スカイダイビングは確かに人生変わりそうではあるけど、私は遠慮したいw

この作品の一つの見どころは日本人ビジネスマン山本さんとリティックがネット上で日本語で会話をし、お辞儀をするシーン。会場がクスっとなった。

この作品、以前に観たことがあったが、実は今回印象が変わった。
型にはめられることなく、一度しかない人生を自分らしく生きようじゃないか!というテーマで男性たちが生き生きと描かれていて、特にリティックのヒーローっぽさがたまらなくかっこよかったのは変わらないのだが、あれ、男たちちょっとムシが良すぎないか?

美女との出会い、ワンナイトラブ、束縛が強い女性との別離・・・よく考えてみると登場する男性がみなロクなもんじゃなく、男の夢を具現化しているような旅である。監督誰だっけ?男?

・・・って『ガリーボーイ』のゾーヤー・アクタル監督ですよ!
この監督、男性描くのうまいね〜。
客観的に男性の気質、夢を持つこと、女性との距離感、時には自信なく情けないところなんかも多少の皮肉をこめてうまい具合に描いている。人生という旅で男たちはゴールの見えない目標に向けて走り続けているのか?それとも追い立てられて逃げているだけなのか?

2011年作品なので登場人物がみな若い。  


2019年06月22日

『KABIR SINGH』

トレイラーを観て、アル中でヤク中の主人公がどんな酷い人生を歩む話だろうと思っていたのだが、なんとびっくり純愛物語だった。

まず悪いところ。

今の時代、このストーリーはないだろうと。
つまり、主人公がヒロインに一目惚れし、ストーカーまがいのアプローチをしかけ、両想いになるも親の反対にあって・・・という昔のインド映画のラブストーリーで散々観たようなよくある展開だった。

せっかくアル中の有能外科医という面白い設定なんだから、これを生かしてもっと破滅型の人生にしたら良かったのではないかと思う。やってることは自分の思い通りにならなくてグレちゃった少年と同じで、自分語りの青臭い雰囲気に留まってしまっているのがもったいない。

だがこの青臭いクズ男をシャーヒドがとてもうまく演じていた。優しい瞳の奥に潜む狂気みたいな役がとてもいい。甘いシャーヒド、キレたシャーヒド、脱いだシャーヒドなど、ファンなら間違いなく楽しめる。惜しむらくは曲の挿入はあったが、ダンスシーンがなかったこと。恋するあたりで1曲踊って欲しかったなあ。

スピード感あるハードな映像と恋するやわらかな映像との対比、時代の変化を1カットで切り替え、あえてミスマッチさせたBGMや音楽など、「コレかっこいいでしょ」というあざとさとのギリギリのラインをイケてる雰囲気にしているのはやはりシャーヒドのおかげだろう。

インド映画では宗教、身分の違い、親同士の因縁など、必ず何かが起きる。今回は特に障害になる要素が少なかったのでそのあたりも弱いと思った。

例えば『Ishaqzaade』とか、辛口純愛物語っていうのはなかなかいい。まあこの映画はハードなようでいてスイートな話であり、家族は絶対、献身的な友人の存在と、いたってノーマルな内容ではあったが、ラブストーリー大好物の私は決して嫌いではなかった。  


2019年06月16日

『SANJU/サンジュ』

人間は弱いものだ。だからこそ愛すべき存在だ。

ラージクマール・ヒラーニー監督作品を観るといつもそう思う。
この映画も様々な人間愛にあふれていた。

私がサンジャイ・ダット作品を初めて観たのはいつかよく覚えていないが、おそらくマードゥリーと共演した『Khal Nayak』あたりではなかったかと思う。有名俳優と女優の間に生まれた二世ということで、スター街道まっしぐらな人かと思っていたが、映画の中ではかなりエグい内容が含まれていた。

つまり、ドラッグ中毒であったり反社会的勢力とのつながりであったり、銃の所持だったり・・・。これ、今の日本だったら完全にアウトだ。いや、日本じゃなくてもダメだろう。前半などはほぼ薬物中毒患者の更生の話になっていた。

もちろん映画自体はフィクションなので、事実がどの程度反映されているかはわからない。しかもあくまでもサンジュ側からの視点なので、都合よく解釈されている部分もあるのではないかと思っている。

が、もちろん主題はそこではなく、偉大なる父を持つ二世俳優の苦悩と親子愛にスポットがあたっている。サンジュは父に反抗はしない。大人になっても父の前では子犬のようになってしまう。むしろ自分への不甲斐なさと父に認めてほしい強い承認欲求から自滅していく。

サンジュを演じたランビール・カプールも映画一族の出身。生まれたときからすべてを手に入れているという似たような境遇を持つ二人だが、同じようなボンボンでも破滅型のサンジュをモラトリアム型のランビールが演じた。2つがミックスされて、甘ったれた性格ゆえにハードな人生になってしまった、といい具合に仕上がっていた。なんと言ってもちょっとした身のこなしや仕草が本人そっくり。若い時から年配になるまでの年齢別の演じ方もさすがだったし、その上ふけメイクや体型の映像処理?も違和感なく見事な仕事がされていた。

ランビールは日本人からみるとちょっとクセが強い印象を受けるが、演技は本当に素晴らしい。「演技」が見たいために私は彼の作品を観る。『Ae Dil Hai Mushkil』など、孤独と不安を抱えつつもどこか世の中舐めているような役柄はぴったり。

あとは現在赤マル急上昇中のジム・サルブ。『パドマーワト』でランヴィール・シンの「奴隷」を怪しげに演じた彼だ。今回の胡散臭い役も非常によかった。マニーシャは気丈だがどこかはかなげな雰囲気が今回のナルギスの役柄によく合っていた。

親子愛と共に、音信不通になっている友人との友情も描かれており、『きっと、うまくいく』を思い出す。基本的にサンジュの告白で話は進んでいくが、視点はむしろその友人から見た親子になっている。つまりそれはインドで彼らを見てきた一般聴衆、あるいはヒラーニー監督自身であるかもしれない。「みんなおまえのいいところも悪いところも見てきた。これからも見守ってるぞ」そんなメッセージにも思える。

もう一つはライターであるアヌシュカの視点。サンジャイ・ダットって何者?というのは今回の上映で観る日本人の感覚に近いものかもしれない。彼の作品を観たことがない人が、彼を魅力的に思えるかどうかは過去の犯罪歴を見ると手放しでは応援できないかもしれないが、それでもインドでは彼の人気は根強い。イメージ的に私はショーケンこと萩原健一に近いと思っているのだが。女性にモテることを含めて。

実際のサンジャイ・ダットは年齢を重ねて役者としての存在感がさらに増している気がする。悪いニュースでなく、今後は役者としての良いニュースで世間を賑わせてほしい。  


2019年06月08日

『クローゼットに閉じ込められた僕の奇想天外な旅』

この作品はもうタイトルだけで半分くらい“勝ち”という感じ。
インド関係なくても絶対観に行きたくなるような、何が起きるのだろうとワクワクするタイトル。

インドのスラム生まれのアジャが父親を探しにパリへ行き、いろいろなハプニングでイギリス、スペイン、リビアへと旅をしていく中で、人と出会い、見聞を広める。エッフェル塔やトレビの泉など、誰もが知る有名観光スポットにも訪れ、旅気分が上がってくるこういう映画は観ているだけで本当に楽しい。

イギリスの警官が国家関係無視してたり、大ピンチになるまでペンに連絡先が書かれていたことに気づかなかったり、偶然すぎる再会があったりで「え、なんだその展開?!」と観ているこちらのほうがストーリー運びがあまりにも「奇想天外」で困惑した。なんだかとてもアラがあるように感じたのだ。

だからここまでだったら私はこの作品をそれほど評価しなかっただろう。よくあるロードムービー。しかしハチャメチャ過ぎるアジャの旅に、私はある疑念がよぎった。もしかしたら狙いは違うところにあるのでは?


(以下、ネタバレというか私の想像なのだが・・・一応ご注意)
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その疑念が確信に変わったのはラストの3分ほどだろうか。
もっと言えば最後のアジャのひと言かもしれない。


これ、旅映画を装った教育映画だ。

ストーリーは少年院送りの3人の少年たちにアジャの旅を聴かせる形式で始まる。アジャはおそらく彼らにこのことを伝えたかった。

教育さえあれば無限の可能性が広がる

世界共通語の英語を話し、文字が書けるようになり、世界は広いということを知る。アジャが少年時代に学んだように。少年たちは映画の進行上多少の英語は使っていたが、基本的にヒンディー語で話していた。
知恵をつけ、夢を持つんだ。時には多少の嘘も必要。だが夢だけでは食べていけない、お金だって必要。そうすれば世界中どこにでも行けるし、金髪の彼女ができるかもしれない。世界にはいろいろな人種がいる。

夢だけじゃ食べて行けないよ、という私のようなねじまがった性格の人間にもわかるような「お金も大事」というところがなかなかいい。

クローゼットという小さな世界を開けてみよう。
その先へ進むチャンスは多くはないかもしれない。けれど扉が開く瞬間を逃すな。自分の手で何度でも開けようとするんだ。運は自分で掴むもの。そして自分が成功したら困った人にも手を差し伸べよう。

アジャは悪ガキたちに「勉強しろ」と言っても聞かないであろう代わりに、アジャの体験を話して興味を持たせたのだ。

こう考えると奇想天外なハチャメチャな旅物語は、なんてウィットに富んだ素敵な話だったのだろう。私の評価はひっくり返された。

この作品で出てくるイギリスの警官は法律無視するような悪い奴。で、とても素晴らしい曲やダンスシーンがあるのに、この警官の音楽シーンだけはださださ。制作がインド、フランス、(ベルギー)なので共通の敵を皮肉交じりに組み入れたのかな、なんて思ったりして。  


『Bharat』

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毎年恒例、イードのサルマン映画。

ボリウッドってこうだよね、というイメージを更にましましにした、てんこ盛り作品だった。
色鮮やかなダンスシーン、昔の映画のシーン、ベタなギャグ、海外ロケ、もちろんラブロマンスやアクション、家族の絆は言わずもがな。韓国映画のリメイクということらしいが、これでもか!とばかりにオイシイところを詰め込んで、見事なまでにインド色に染まっていた。画像もちょっとひと昔前の雰囲気。

白いスーツに身を包み、バイクに乗ったサルマンが、火のついた輪の中をくぐりぬけてやってくるなんてスターじゃなきゃできないシーンだ。観客のテンションも上がる

サルマンの映画らしく、脇のキャストも良かった。相棒役の俳優さんはいい味出してたし、最初に出てくるアイテムガールの女優さんは全盛期のセクシーマードゥリーをちょっと思い起こさせる。後半のカメオ出演の女優さんはもうね、少ない出番で存在感が素晴らしい。あとインド映画の子役にハズレなし。

ストーリーも決して悪くはない。が、特に印象に残るというほどでもない。でもなぜか満足する。疲れた週末は、何も考えずにかっこいい、楽しい、面白いといったプラスの脳内ドーパミンを出したい。

最近インド映画は「伏線の回収が見事」と言われるが、ほとんどのストーリーが放りっぱなしですがすがしいくらいだ。何かのダイジェストを見ているような・・・あれ?

主人公サルマンの役名はBharat、「インド」という名前だ。
もしかしてこの映画は彼の目を通したインドそのものの歴史物語なのでは?

過去の凄惨な事件、分断された国境、好景気、過酷な労働、有色人種差別、時代の変化と変わらない家族愛。歴史的人物でもなんでもない、いち庶民(といえどサルマンの役はプチヒーローではある)が時代を生き抜いてきた。そしてこれからも生きていく。彼らのパワーがある限り、インドは成長していく。時代は移り変わっていくが、名もなき庶民がインドを支えているのだ。

映画の途中でインド国家が流れるシーンがあったのだが、何人ものインド人観客が起立をし、インド万歳というところでは一緒に拳を振り上げる。観客と映画がシンクロする瞬間だ。

こういうことを書くと「インド右傾化」みたいに勘違いする人がいるかもしれないが、占領され、分断されたという歴史的事実があるインドにとって「国家」に対する思いは私達日本人が思っている以上かもしれない。タイトルを見ると愛国映画のように思いがちだが、インドという国で生きる・・というもっとフラットな印象を受けた。

サルマン演じるBharatにとって、母、父、愛する人、そしてインドという国とは・・・と考えるとお気楽エンターテイメント映画がまた違った目線で見られるような気がした。  


2019年06月01日

『シークレット・スーパースター』

自分が自分の思うように生きること。それは誰にも邪魔できない。

シンプルだがいちばん大切で難しいことを、この映画の主人公、15歳のインシアが教えてくれた。

昨今、日本でも子に対する虐待、ドメスティックバイオレンスなど「家族」という他人が入り込みづらい場所での問題がいくつも起きている。また、インドでは歴史的に女児が生まれることを疎まれるという背景がある。

インド映画でいつも感心させられるのはこのような社会問題や厳しい現実から目を背けずに、かつひとつの娯楽作品として完成させているところだ。「パッドマン」しかり「バジュランギおじさんと、小さな迷子」しかり。重い内容となりがちがこの作品でも、アーミル・カーンのチャラい音楽プロデューサーやかわいらしいラブストーリーが一服の清涼剤となっている。

インシアの行動力と言葉には何回もはっとさせられた。
生きていくことって多かれ少なかれ辛い現実や困難を抱えるものだ。それを乗り越えていくには、第一に勇気を持つこと、第二に知恵をつけること、第三に時には誰かに頼ること。そしてそれを可能にするのは自分で夢や目標を思い描けることなのだ。

でも大人になると、必要以上に我慢してしまったり、新しい環境に飛び込むことを恐れたりする。自分の人生に遠慮してどうするの?怖いのは自分らしく生きることを失ってしまうこと。人生の選択権は自分にしかない。それを邪魔する権利は誰にもない。

インシアの母は娘の人生を切り開き、インシアはまた母の背中を押す。そしてこの二人のキャラクターは誰もが持っている強さと弱さという表裏一体でもある。夢を持つ娘、かすかな希望は持っているが身動きできない母、そしてもうひとりの家族であるすべてを諦めてしまった年老いたおば。彼女も時代の犠牲者なのだ。

この映画では父親役が見事なクズっぷりでよかった。影が暗ければ暗いほど、明かりが輝いて見える。ただこの父親、唯一救われるのは娘には手をあげてない。子供などの弱者を虐待したり切りつけるなんていうニュースを見ると、怒りで震えてくる。もちろん、嫁などの大人を痛めつけていいわけではないけれど。そして娘の教育費にはお金を惜しまない。世の中学歴社会であるということが十分過ぎるほどわかってのことだろう。一応親族の面倒をみるという側面があったりして、この父親は間違った方向性ながらも責任感だけは持ち合わせている。

弟君もよかった。父親は最悪だけど、母親が愛情を持って育てた子どもたちなんだろうということが伺える。

初恋パートはとてもかわいらしかった。特にパスワードの甘酸っぱいくだりは思わずキュンとなってしまう。そしてボーイフレンドのチンタンはほんわかしたキャラでありながらも最大の協力者でありクレバーな少年だ。自分ひとりでは解決できない問題も、誰かの知恵と協力があれば乗り切れることもある。今はネットという武器もある。

そしてなんと言っても歌。変に色がついてない、まっすぐで伸びやかな歌声はインシアのキャラクターとぴったり合っていた。優しくて少し物悲しくて力強い。でもエンドロールで流れるセクシーな歌も大好きだけど。

夢というとスターになるとか大きなことをイメージするが、それと同じくらい"平穏な生活を送ること"が夢であってもいい。「一歩前に足を踏み出してみようよ」とインシアの歌声が手招きしてくれるような作品だった。  


2019年05月11日

『アベンジャーズ/エンドゲーム』

今日は珍しくインド映画以外の作品の感想を。

私がこの映画を観るまで知っていた情報は

・興行収入がめちゃくちゃよい。大ヒットしているようだ。
・シリーズものらしい。
・長い(約3時間。ちなみに最近のインド映画はそんなに長くない。)

ということだけ。ひどいものだ。
既に観た友人に「どうだった?」と話を聞いたところ
「今までのシリーズと違うタイプ」と言う。いや、今まで知らないし(^_^;)

ということで、せっかくなのでIMAX3Dで鑑賞してきた。
まず思ったのは、なんだか人がいっぱい出てくるが、アメリカ映画の面白いところがぎゅーっと詰まって、でもしっかりと筋が通っている、ということ。

これだけキャラがいれば、一人くらいお気に入りが出てくるよね。それが戦隊組んでるんだからそりゃあ面白いよ。私なんてそれぞれのキャラの背景全く知らないけど、知ってる人はたまらんシーンがたくさんあるんだろうな、と思った。それぞれのヒーローがオムニバス形式で活躍するのも楽しい。

人気ヒーローであり戦隊モノ、SFであり、ハリウッド大得意の特殊メイクすごくて、タイムマシンというオイシイ武器を登場させて最先端のVFXで魅せる。映像は細部まで本当に美しく、戦闘シーンは圧巻だった。それを観るだけでも価値があると思わせる。

相変わらず地球を征服した奴は後をたたないな、とかタイムマシンがなぜか車の中に仕込まれてたり、それを扱う機器の故障をたたいて治そうとしたり(昔のブラウン管か!)、ミクロの決死隊に姿を変えたり。

こういうご都合主義は特にSFにありがちなんだけど、謎の掟が不文律のように組み込まれている。「これは◯◯だから〜することしかできない!どうすればいいんだああ!」みたいな独自のルールがいたるところにあって、知らんがな、となるけどまあそれはご愛嬌。

終末思想と使徒、なんていう解釈は詳しくないから書かないけど、キリスト教的な描き方なのかなとも思ったし。

しかし。ヒーローが悪者をやっつけるだけの作品だったら私はこの記事を書こうとは思わなかっただろう。よくあるやつね、で終わってた。この作品は親子の絆の話でもあるのだ。

どんな近未来な設定であろうとも、親子の愛はなんてアナログで時空を超えたものなんだろうと感じた。父と幼い娘のほほえましい愛、図体だけはでかいが"少年"が抜けきれない息子と母、父親と息子の微妙な距離感。デジタルな映像と人間味あるアナログなストーリーの対比が面白かった。

インド映画でも嫌というほど親子愛が出てくるが、いい年した息子が母の膝枕で涙ぐんだりする一方、アメリカはハグはしても独立した人間として歩いていく。親子の愛の描き方は国によってかなり違う。

他には真田広之がかっこよかった。60歳近いのに、キレのあるアクションはさすがJAC出身。西洋の人から見たTOKYOは雑多でミステリアスな雰囲気に満ち溢れていた。

アベンジャーズどころかアメコミヒーロー映画すらろくに観たことがないので、的はずれなことを書いたかもしれない。でもそんな私でも楽しめた。3時間のアトラクション。迫力ある映像と共に、ヒーローも戦闘服を脱げば普通の人、弱いからこそ強くなる、というメッセージだと思った。いろいろな奴らが集まってより強くなるってことも含めて、それはアメリカそのものでもあると感じられた。